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桃源の乙女たち  作者: 星乃 流
二章「燃ゆる」
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第一話(第五話)

 「なーんにも納得いかねーしわけわかんねーけど、実際にこんなもんあったら現実として受け入れるしかねーじゃねーか、畜生」

 カルナは煙管(きせる)の先に視線を向け、それ以上の何の動作もなく火をつける。

 「姐さん、そんなくだらないことにその力を使わないでください。ただでさえ危険な力なのですから」

 セラは呆れ顔だった。

 一昨日施され、奪い合えと言われたこの刻印とかいう謎の紋様。争奪戦とか以前に、これそのものがとんでもない代物だった。

 あの後、カルナはハルキに小さな火を灯して欲しいと言われ、その場で庭に向かって本当に小さな、蝋燭程度の火をつけようとしたところ……大きな火柱があがった。カルナ本人が一番驚いた。本当に最小限の加減にしたはずなのに。もし屋内であったら天井ごと燃やしているところだった。この刻印には手にした当人の巫術の効力を大幅に強める力があった。

 昨日、セラがきちんと力を理解しないと取り返しのつかないことを起こしてしまうと言うので、カルナは朝から彼女と一緒に色々と術を試した。やはり、これは便利なんて次元ではなく、もはや危険な、凶器とも言える存在だった。

 カルナの能力は対象を急激に熱することと、それによって火を作り出すこと。例えば、対象に触れる、指差すなどして作用させる位置を絞り込み、巫力を送って発火させる。最初は本当に小さな、とても小さな火を点してからその勢いを増幅させていく。

 だが、この刻印の力があれば、即座に宙に拳大以上の火球を作り出すことも容易だった。

 ――あの日、結局あの場にいた十二人全員が刻印を受け取った。

 ハルキの口から語られた「里が滅ぶ」の意味の説明を受けて、全員が全員、事態を受け止められずにいた。先にカルナの実演で刻印という常識外の存在を目の当たりにしてしまっているので、馬鹿なほら話として切って捨てることもできなかった。

 そして最初にセラが「姐さんが既に押し付けられたのだから」と刻印を受け取った。これ以上カルナだけが良くも悪くも特別な存在にされてしまうことを彼女は許容できなかった。

 次に熟考した後、一番皆の信頼の厚いナルザが腹を括って受け取ったため、その後は全員が続いた。

 そしてこの強力な力を包含する刻印を十二人と「あと一人」が持っている。

 「なぁ、リサってどんな奴だった? あたし覚えてねーんだけど」

 「私よりも綺麗な銀髪の子ですよ。見たことぐらいはあるはずです」

 あー……とカルナは一応思い出したようなリアクションをとった。

 リサ・ウ・エル。――あの場に居なかったが、既に刻印を受け取っていたという齢十四の少女。彼女は元より体が弱く、床に臥せて家に引き篭もっていることが多かった。むしろほとんど外に出ることがなかった。

 だからカルナもあまり会ったことがなく、容姿を思い出すのに時間がかかった。……それでも他人への興味が薄いカルナが思い出せたことは褒めるべきかもしれない。

 リサは体の関係でアル家まで赴くのが厳しかったため、予め前日にハルキのほうから訪ねて刻印を施してきたらしい。

 「あとさあ、あたしたちが結婚させてもらえなかった理由もわかったけどさー、結局その決め手ってのがやっぱりピンとこないというか納得できないというかさー」

 この里では齢十五になり次第婚姻を行い、子を成すことが一般的だ。大体の男子が十五になるより前に正妻となる相手を見出し、十五になり次第婚姻を行い、その後、幾人か側妻を娶るという流れだ。だが、カルナやあの場に集った十二人は全員が未婚だった。

 十五に満たない者はともかく、齢十八のカルナなんて婚姻できていないのは完全な行き遅れだった。

 ――あたしがこれまでみじめな思いをしてきたのが、こんな訳の分からない理由だったなんて。

 呪い師とやらが提示した刻印を奪い合う少女の条件は、アルトが産まれた時のその上四つまでの年齢の各家の長女、及びその後四年以内に産まれる各家の長女だった。呪い師の見立てだとそれでちょうど数が揃うとかなんとか。時期に関係なく次女以降は何故か含まれない。

 「やってらんねぇ……」

 カルナは別に婚姻できないこと自体が嫌なわけではなかった。それほど結婚に対し興味や願望は元より持っていない。――ただ、この家から早く出たかった。

 普段の言動から粗暴で粗忽な不良娘と呼ばれるのは、自分でやってきたことだから仕方ないとしても、だから婚姻できないとか、誰も引き取ってくれないとか、こそこそと言われるのは正直なところ腹が立った。――いや、実際引き取り手いねーかもしれねーけど、それ以前に家が婚姻を許してくれねーんだよ、と。

 「で、姐さんはどうします?」

 「ん、どうするって言われても……」

 どうしろって言うんだ、こんな突拍子もない事態の中で。

 「先に状況おさらいしますよ」

 頼んでもいないのに、セラは教師のように昨夜説明された「刻印の争奪方法」のおさらいを始めた。

 「まず私たち十三人の手に施されたこの刻印、これは一つ一つは一本の折れ曲がった線でできていて、全員に二本――二画ずつ配られました。このうち一画は譲渡することも強奪されることも不可。どうなろうと最初に貰い受けた本人の手に残り続ける。

 そしてもう一画は自分の意思で誰かに譲り渡すことができ、逆に他人から強奪されることもある。

 刻印を強奪するには、刻印持ち同士で何かしらの『手合い』を行いそれに勝利して相手を『屈服』させる。それができれば相手の手に触れただけで奪うことができる。

 ……姐さん聞いてますか」

 カルナはふぁーいと気の抜けた返事をする。

 正直、今はもう何も考えたくなかった。もう既に事態が自身の受け止められる容量を超えていた。わけがわからん。

 「ここからが大事なんです、本当によく聞いていてください」

 「はーい、先生」

 「……まぁいいです。刻印の奪取の条件である『手合いに勝利して屈服させる』というところ。問題はここなんです」

 「ん、どういうこと?」

 ちらりとセラのほうを見ると、いつになく険しい顔をしていた。普段、カルナが他所で問題起こしてきたときでさえ、こんな顔はしない。

 「言い方が曖昧すぎるんです。どうも彼女も言葉を濁している節がありました。それに……」

 一息ついてからセラは続けた。

 「……『手合い』を『勝負』、そしてさらに『戦い』と言い換えたらどうなります?」

 ……ん?

 確かに、なんとなくそのほうがピンとくるけれど、それはつまり……。

 「えーっと、手合いとか言わず単に喧嘩でもして、本当にそのまんま力尽くでもいけるってことか?」

 セラはこくりと頷いた。正直なところこの時「そのほうがわかりやすくていいや」と思ったが、続く彼女の言葉で自分の馬鹿さ加減を改めて痛感することとなった。

 「そうです。そして今、この刻印で強化された巫術を扱える私たちが、本気でルールも無用にぶつかったらどうなると思います?」

 ――あぁ、わかってしまった。それ以上はもう考えたくない。

 昨日色々試してきたが、あの火力の術を人にぶつけたら、なんて考えるだけで恐ろしくて堪らない。

 「――最悪、人が死にます」

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