第三話(第五十一話)
さて、今のところ有力な勝者の候補はエリンとカナミの二人。
エリンは既に八画集めたが、カナミもどうやら上手く立ち回って着々と刻印を回収しているようだ。全く小賢しい女だ。
だが、単純にこの二人をぶつけてもつまらない。結局どちらが勝っても一気に儀式の終わりに近づくだけ。
これを引っ掻き回したければ、他の人間を巻き込むか、さらなるイレギュラーを発生させるか……。
「さーて、どうしたものかなー」
今のところ他に多数の刻印を持っているのは、カナミの手が回っていなければラスタの五画。ラスタはまだ全身がボロボロだが、アイツはライラの為であれば、文字通りなんでもする。
そこをなんとか上手く利用して、エリンかカナミとぶつけられればいいんだけどなぁ。まぁ、既にカナミに譲渡していたらどうしようもないわけだけど。
イマリなんかもナルザにすっごく懐いてたしなぁ、焚き付けたらカルナに殴り込みとかしてくれないかな?
そんな思わず顔がニヤついてしまうような愉しい妄想も、いつまでも続けてはいられなかった。
――ほんと、イレギュラー過ぎるよ、オマエ。
「やっと見つけましたよ、アズミさん」
茂み道から出て来たエリンがアズミの前に立ちふさがった。
いつからいたのか、急にふわっと眼前に現れたような気がした。まるで風の様というか、この山の薄暗がりでは幽霊のようにと表したほうがいいかもしれない。
「あら、こんなところで奇遇ね。一人で出歩いて危ないじゃない……ってそれは私もか」
「――貴女ですよね、手引きしている共犯者さんって」
本当に一番の計算違いはコイツだ。
ぼーっとしていて、世間の全てに興味のないような、そんな奴だったはずなのに。これからコイツをどうやったらじわじわとどん底に突き落としてやれるか、頭を捻らせていたというのに。
ふぅー、と一呼吸いれてアズミは表情を作り直した。
「なんでそう思ったのかなー?」
ニコニコと笑みを浮かべながら問う彼女の目はまったくもって笑っていない。対するエリンは無表情ながら力強い意思を持った目で、彼女の目を真っ直ぐ見つめていた。
「今ここにきて確信に至りましたが……アズミさん、あなたの左手の刻印、本当は一画しかありませんよね?」
(そこまでバレてたか……)
はぁ……と、大きな溜め息をついてから、アズミはそれまでのニコニコとした作り笑いを下げ……ニタニタとした、今の彼女の本当の笑みを顕にした。
左手の甲を縦に晒し、そこに刻まれた刻印を右手の指で拭き取るように擦った。二画のうち、一画の刻印の姿が掠れた。
「顔料やら化粧やら色々混ぜて上手く描いたつもりだったのになぁ……なんで分かったのかなー?」
ニタニタとした下卑た笑みを浮かべ、アズミは尋ねる。とはいえ、やはり目は笑っていない。一応は笑みを浮かべているはずなのに、並の少女なら恐怖で逃げ出してしまう程に怖ろしい敵意をその目は帯びていた。
「いつだったでしょうか、なんとなく気配に違和感を覚えたのが最初でした」
エリンは怯まず、その視線の先にアズミを捉えたまま続ける。
「それがはっきりと疑念に変わったのは、私とカルナさんの戦いのあと貴女が現れた時でした。気? というんでしょうか。その存在感が――あなたの刻印の存在感が少しばかり薄かったんです。
私は一度目のカルナさんとの戦いで初めて言霊というものを実戦で使い、それ以来どうも気の流れや存在といったものに対する感覚が鋭敏になったようです。
そしてカルナさんとの二度目の戦い。あの場にいたのは、まだその時は三画を持っていたものの気を失っていたカルナさん、二画温存していたセラさん、そして同じく二画を持っているはずだったアズミさん。
一番刻印の気配が強いのはカルナさんでした。宿した本人が意識を失っていても刻印の存在感には関係ないみたいですね。そして次はセラさん。二画同士ならアズミさんも同じぐらいの気を持っているはずなのに……その差ははっきりと分かりました。疑いようもない程に、貴女の持つ刻印の気だけが一番弱かったのです」
にこりと軽く微笑んでそう答えるエリンに、アズミはつい、殺意を抱いてしまった。
――このガキが。
そんな芸当、なぜ覚えられた。十四番の襲撃で二度も死にかけて、何もできず守られるばかりだったこのガキが。
「共犯者の存在と、そしてなぜか刻印の数をごまかす人。――私にだって分かります。
貴女はその刻印の一画をあの弔式の時点で既に十四番に譲渡していた。そうですよね? それなら数の計算があいます」
ククッ
思わず笑いが漏れてしまった。もっと歳上層やカナミならまだしも、まさかこんなガキんちょに看破されるとは。
「あぁ、そうだよ、私が奴を手引きしていた共犯者さ」
そう言って、両手を広げてアハハハと高笑いをあげる。
「さーて、それが分かったところでどうする? 最後の一画、無理やり奪い取るかい? いっそ私を殺してしまうかい?」
このガキはカルナを正面から打ち破った。能力を削がれていたとはいえ、十四番をも圧倒した。もしまともにぶつかれば、私に勝機なんてない。それならできる限りコイツの精神を掻き乱し、闇で付け入る隙を作る。他に手はない。
だが、エリンは表情一つ変えようとしない。軽く笑んでいるはずなのに、そこには喜びも怒りも哀しみもなく、ただただ強い意思を持った目を持つのみだった。
「私は貴女に興味はありません」
――は?
十四番という殺人鬼に協力していた裏切り者の、この私に興味がない、だと?
奴と協力していたということはレミの仇と変わらないのだぞ?
「私は仇討ちをしに来たわけでも、正義のために来たわけでもありません。――ただ……八つ当たりをしに来ただけです。だから、私を十四番のもとに案内してください」
分かった、いいだろう。これはこれで面白いかもしれない。




