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桃源の乙女たち  作者: 星乃 流
一章「乙女たち」
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第四話

 「はぁ?」

 しばしの沈黙の後、そう声を上げたカルナは「刻印」が刻まれた自身の左手の甲を右手で勢いよく擦り始めた。

 「おい、取れねえぞ! 何だよこれ!!」

 カルナが今にもハルキに掴みかからんとする勢いで声を荒げる。他の面々は何が起こっているのか、ハルキが何を言っているのか理解が到底追いつかず、一様に黙りこくっていた。

 「アルトが命を存えるための条件は二つありました。

 まず、彼がちょうど齢十五になる頃に父であるアルの現当主ハルトが死期を迎える。――ハルトの死期については予言の類です。その直前に、アルトに施された呪いの力が発現し、全身が凍てつき、彼の時間は一度停止する」

 鬼のような形相で睨みつけているカルナを余所に、ハルキは淡々と話を再開する。並の男より高い背丈を持つカルナに凄まれているというのに、彼女は全く意にも介さない。

 カルナは今にも爆発しそうだったが、セラが袖を引っ張りなんとか繋ぎ止めていた。

 「そしてある条件に当てはまる十三の少女たちによってこの『刻印』の争奪戦を行わせ、最初に十四画の刻印を集めた者が彼を氷の檻から解き放つことができる。

 さらにそれを成した者は彼の正妻になること。この一連の流れ――儀式を行うことがアルトの命を未来へ繋ぐために必要な、一つ目の条件です」

 ハルキはここまで述べると一息ついた。一息ついたといっても息切れしているわけでもなく、疲れた様子もなく、最初からまったくも変わらずに彼女はただ、整然としていた。

 「……おい、ちょっと待てや」

 片腕をがっしりとセラに両腕で掴まれたままカルナが再び吠える。

 「なんか難しいことはよくわかんねーが、あれか? 死にそうだったアルトのぼんぼんを無理に助けた落とし前に、今更になってあたしら十人以上が巻き込まれてるってことじゃねーのか? 争奪戦だか何だか訳分からんことに」

 「ちょっと、姐さん落ち着いて……」

 「――いや、今回ばかりは彼女の言い分は正しい」

 カルナを抑えようとするセラとは逆に加勢に入ったのはナルザだった。カルナ程ではないがややガタイの良い、少し短めの茶髪の少女。

 彼女はとにかくカルナと相性が悪い。彼女は現在の子世代の実質まとめ役であり、正義感が強く、どこまでも真っ直ぐな人柄である。

 それ故に、たとえ犬猿のカルナの言うことであっても、それが正しいと思ったならば加勢する。

 「これに関してはカルナの言う通りだ。過去のこととはいえ、なぜ一人の男児のために十三人の人間が理不尽に巻き込まれなくてはならない? いくら男児の存在が貴重で、それが首長の家だったからといっても、勝手が過ぎるのではないか?」

 ここで一息区切って、周囲の面々の様子をぐるりと確認する。何か言いたげにしているカルナはおいておいて、その他も大体が訳が分からないといった顔をしていた。

 ナルザは再びハルキに視線を向け「誰にでもわかりやすい疑問」をぶつけた。

 「そもそもの話、先程貴女は争奪戦の末の勝者にアルト殿の正妻になってもらうと説明したが……ハルキ殿、貴女が彼の正妻ではないのか?」

 もっともな疑問、そしてわかりやすい疑問だった。

 彼女――ハルキ・ル・アルは、齢十三のときにアル家次期当主であるアルトの正妻として公に紹介された。この里ではほとんどの者が齢十五になると婚姻を行うが、それ以前に婚約や早期婚姻を行うこともしばしばある。アルトとハルキも早期婚姻を行い夫婦となり、十五になり次第正式に婚礼の儀を執り行うとのことであった。

 しかし、このハルキについては謎が多かった。

 まず出生に不可解な点があった。夫が亡くなり家が途絶え、出戻りしてきた当主夫人の妹の子――つまりはアルトの従姉妹――という紹介だったが、誰でも少し調べれば整合性の取れない点がいくつかあることに気づく。そもそもの話、同世代の子供たちが誰も彼女のことを知らなかった。アルトについては皆顔を見知っていたのに、ハルキを見知った者は一人もいなかった。

 「――率直に申し上げますと、私は彼――アルトの実の双子の妹でございます」

 まったくに予想外の答えに一同は硬直した。カルナは口をあんぐりとあけたままに固まり、ナルザも驚きの表情を隠せなかった。

 兄妹での近親婚、しかも双子。――禁忌もいいところだ。

 「血」は濃くなればなるほど生物として弱くなっていくものだ。だが、この里はあまりに閉じられ過ぎている。たった八の家族から始まった血族だ。八家の始祖それぞれは直接の血の繋がりは弱いらしいが、外部から孤立した里故、否応なしに血は濃くなり続ける。それを出来得る限り緩和するために、婚姻はできるだけ血縁が遠い者同士ですることが慣習となっている。

 だというのに、だ。首長の跡取りが兄妹婚とは一体どういうことなのか。従兄妹婚ですら滅多なことでは許されないというのに、まさかの双子。その場にいた人間――ハルキ以外の誰もが理解が追いつかなかった。もう理解の追いつかないことだらけだった。

 「十五年前、アル当主夫人に宿った子は虚弱な男児アルトだけではなく、私も合わせた双子だったのです」

 それぞれの驚愕の様も気に留めず、相変わらず淡々とした口調でハルキは語りを再開した。

 「かの呪い師がアル家に要求したもう一つの条件。アルトと同時に産まれる双子の妹は、その儀式を執り行うためにそれまでの十五年間を捧げよ、と。

 そして私は婚約が公になるまでその存在をひた隠しにされ、儀式の管理者になるべく育てられてきました。

 先ほどカルナ様にお渡しした刻印も、産まれた当時に私の身体にかの呪い師の手で施されたものが成長し、完成したものの枝葉になります」

 そう言うとハルキは上着を留めている紐を解いてそれを脱ぎ、皆に背を向け帯を緩め衣をずらして、その右腕を肩からを露わにした。そこには無数の黒線で構成された奇っ怪な紋様が肩から手の甲にかけて連なり描かれていた。

 「すみません、寒いので服を戻しますね」

 全員がその紋様――刻印とやらをしっかりと視認するのを待ってから、彼女は崩した衣服を簡単に着直した。

 「先ほど申しあげました通り、この刻印をカルナ様に施したように此処にいる全員に受け取っていただきます。

 そしてそれを賭けた争奪戦を行い、最初に十四画の刻印を集めた者を勝者とし、アルトにかけられた氷の呪縛を解いた上でその正妻となって頂きます」

 「だから何でそんなことしなきゃなんねーんだよ!」

 真っ先に再びカルナが吠える。そしてそれにナルザが続く。

 「――今の話の通りだとすると、貴女はこの妙な絡繰りでアルトの命を繋ぐために、生まれてこの方十五年もの生をその為だけに費やしたことになる。貴女はそれでいいのか?」

 ナルザの声には僅かな怒気が含まれていた。ナルザの正義感は彼女の置かれた運命の理不尽さを許容できなかった。たとえ双子の兄のためとは言え、生まれてからの十五年の一切をその為だけに費やし、隠されて育てられたなど……狂っている。

 「はい、私はこの運命を受け入れております。でなければアルトだけではなく――この里が滅びます」

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