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桃源の乙女たち  作者: 星乃 流
十一章「風の詩」
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第三話(第四十一話)

 「ほんとに来やがったな」

 ――エリン・ウォ・ウルカ。棚ぼたで四画の刻印を持つ引き篭もり。

 どうやったのかは知らないが、セラの呼び出しに応じてこんな人気のない場所にたった一人でやってきた。

 ――懲りてねーのかよ、バカじゃねーの。

 「あの紙ヒコーキを飛ばしてきたのはやはりセラさんだったみたいですね」

 セラのやつ、そんなものでどうやって誘い出したんだ?

 そういえばヒコーキって結局なんだろうな。小さい頃から誰も、片っ端から訊いても知らなかった。まぁ、訊ける相手なんて碌にいなかったが、セラが知らない以上、誰も知らないんだろう。

 ……と、そんなどうでもいいことを気にしてる場合じゃない。

 「おう、用があったのはあたしだけどな」

 呼び出しだけしてもらってセラは帰らせた。たぶんどっかで見てるんだろうが。

 ……たとえ四画の刻印を持っていようとも、こいつぐらいは一人でヤれないと、あたしはこの先十五画なんてとても集められない。今持っているのは三画。奴を倒せば七画。大体半分だ。

 ――それでもまだ半分か。

 「で、要件はなんですか」

 エリンは無表情に、けれどもカルナの目をはっきりと見据えて尋ねてきた。

 (なんだ……? 何か雰囲気が違わねーか……?)

 相変わらず表情は消えたままだというのに、その眼には何か気圧されるものがあった。大切なものを喪った虚ろでも、人の輪から外れ一人風に当たっていた頃のそれでもなかった。

 「そ、んなの決まってんだろ!」

 駄目だ、こんなことで狼狽えるな、気圧されるな。この程度のガキなんて怖れていたら、あたしは……あたしは……。

 ――落ち着け。あたしのやることは変わらない。そうだ、変わらない。力尽くで欲しいものを……奪い取る。

 「これが……欲しいのですか」

 エリンは左手の甲を縦に翳した。袖の裾が少しずり落ちて、手の甲から手首に掛けて刻まれた印が顕となった。四画の刻印。エリンがレミから受け継いだ二人の絆。

 「そうだ。それを全て、だ」

 「三画ではなく、『全て』なんですね」

 刻印は任意で譲れるが、それだと最低一画は持ち主に残る。それでも「全て」寄越せと宣言するのはそういうことである。

「そうだ、その刻印四画……全部あたしに寄越しやがれ!」

 カルナは掌の上に火球を作って構える。

 ――風さん、少し私に力をちょうだい――

 「おとなしくするなら、ちょっと痛めつけて、その手を焦がす程度で済むかもしれないぜ。さぁどうする?」

 ――廻れ廻れ、私の衣――

 「おい、なにぼそぼそ言ってんだ?」

 ――(そら)目指し、(したた)かに――

 「で、どうすんだ答えろ!」

 カルナは苛々していた。いや、焦燥感? 感情が縺れて自分でもよく分からない。とにかく早く、一刻も早く、目の前の少女の手を黒焦げに焼いてでも、とにかく早く終わらせたかった。

 「……ご自由に」

 そう言ってエリンは、数日ぶりににこりと微笑えんだ。そして凛とした、力強くも落ち着いた、透き通るような声で言った。

 「――風よ、どうか私をお守りください」

 強い風圧を感じた。エリンの周囲に薄い土煙が渦巻き、彼女を中心に旋風が巻き起こっていることが見て取れた。

 (……いつのまに?)

 それはあっという間に、それこそ瞬きする間に猛烈な速さ勢いを持つ、渦巻く風の防壁となっていた。

 だが、風とは結局のところ空気が動いてるだけ。そこに炎が流し込まれれば、それは瞬く間に炎渦と化す。

 「自分の風で、燃え尽きな!」

 旋風の中の塵という塵を片っ端から直接に、無理やりに発火させる。彼女を守るはずの防壁は燃え上がり、彼女を閉じ込める火炎の牢獄となる。――はずだった。

 ――だいじょうぶ、苦しくないよ

 そんなもの、空に逃してしまいましょう――

 火の牢獄は彼女を抱擁する前に、風の渦の縁を辿り、勢いよく空高くへ向かって吹き上げられ、消えていった。

 (何がおきている……?)

 あんな旋風に直に炎を流し込めば、一気に全体が火の渦となるはずだというのに。それに奴はさっきから何をぶつぶつ言っているんだ……?

 「私はね、一人で居ることが多かったんです」

 カルナが次の手を(こまね)いていると、エリンは脈絡なく語りだした。

 「それでよくお話していたんです、風と」

 ――は?

 「私は風術使いですが……そんなこと関係なく、小さい頃から何となく風が好きだったんです。だから一人のときはよく風とお話ししてたんです。

 そうしたら……気づいたらこんな事が出来るようになっていたんです」

 そう言って彼女は左手を前に突き出した。

 ――矛は盾、盾は矛

 あなたは盾、あなたは矛

 私を抱く風さんたち、その渦を盾に、そして刃に

 そして大きな(わらべ)を――

 「懲らしめて」

 ヒュイイイイィン

 エリンを(くる)んでいた風の衣は形を変え、刃となりカルナを容赦なく斬りつける。

 (ぐ、痛ぇ……)

 ぎりぎり直撃は避けられたものの、二の腕の表面が衣服ごと斬り裂かれる。

 (落ち着け、痛いけど、痛いけど傷は浅い)

 あれはただの風刃、ちゃんと動きを見ていれば避けられる。

 だが、間髪入れずに複数の風の刃がカルナに襲い来る。彼女は咄嗟に、驚異的な瞬発力で炎の防壁を張ったが、それは呆気無く風に喰い破られた。相殺し切れなかった風がカルナの身体に無数の掠り傷をつける。

 ――あなたは矛、あなたは盾

 お願い、私を(くる)んで、その衣で――

 エリンは再び風の衣を身に纏い、一歩一歩ゆっくりと、カルナに向かって歩きだす。見えないはずの空気の流れは細かな塵を纏い、それがとても速く、鋭いことをまざまざと示していた。

 (……なんだ、なんなんだこいつ)

 一人でぶつぶつ呟いて、あたしの炎も全部吹き飛ばして。ほんと何なんだよこいつ……!!

 ――こわい。

 怖い。恐い。奴は一体なんなんだ、何をしているんだ。

 ――落ち着け。

 やつが何をしようともあたしは炎特化。

 あたしが一番強い炎使いだ。

 あたしの炎は一番強いんだ。

 あたしが一番強い炎なんだ!

 負けるはずがない!

 こんな、こんなわけの分からない奴に……!!

 ヒュヒュヒュン

 カルナがもう我武者羅に最大火力の火球を作りだそうとした寸前、何かが風を切り、トントントンと彼女のすぐ前方の地面に刺さった。

 (氷の針……セラか。帰って来いってことなのか? いや、私はまだ負けていな……)

 ――!

 なんなんだ!? エリン(あいつ)のあの優しい、穏やかな微笑みは。あれだけ鋭く、烈しい風を操っているというのになんだその優しい顔は!?

 カルナはもう何も考えずに前方に火球を炸裂させ、エリンの風はそれを優しく薙いで払った。炎が散った先にエリンが見たのは、背を向けて走り去っていく赤毛の背中だった。

 「……よかった」

 残されたエリンはそう呟いた。

 「――ありがとう、もう大丈夫だよ」

 彼女がそう口にすると、彼女を渦巻いていた風は宙に解けた。

 「うん、私が倒すべきはあの人じゃない。

 ――さぁ、そろそろ私もがんばろう。……ごめんね、レミ」

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