第二話(第四十話)
(レミ姉さん……)
彼女と初めて会ったのはいつだったろう。家同士の行き来があったから、物心つく前かもしれない。
彼女との一番古い記憶はいつだろう。確か一人で外を眺めてぼやっとしていたら、話しかけられたんだっかな……?
彼女は一体……いつから私に恋心を抱いていたのだろう。最初からかも、と言っていたけれど、初めて会話するより前からだろうか。それとも初めて喋ったあの時からなのだろうか。どの道それがかなり昔からだったことに変わりはない。
そんな想いを抱きながらも、アルトについて楽しそうに話す私に、一体どんな気持ちで優しく微笑んでくれていたのだろう。何かあるごとに、何もなくとも度々彼の話をレミ姉さんにしていた。他に聞いてくれる人もいなかったから。というか、自分からそんなことを話せる人が彼女しかいなかった。
弔式の襲撃事件の後、エリンはずっと呆けた様に自宅の縁側で風に当たっていた。秋風は時間や天候によってはもうひんやりと肌寒かったが、そんなことは気にならなかった。
レミが自分を庇って命を落としたことは当然悲しかった。しかしそれ以上に、彼女が自分に恋心を抱いていて、ずっとすぐ側にいたというのに自分がそれに全く気づけなかったことに絶望していた。ちょうどあの前日に告白されていなければ……永遠にその想いを知ることすらなかったのかもしれない。
同性だからなんて理由にならない。この女ばかり過剰に溢れた里で、女同士で恋仲に落ちることなんて珍しくもないらしい。そもそも結婚も好きな相手とできるとは限らないのだから余計だ。
――私は。
私は彼女のことが大好きだった。
彼女の愛に応えられるかと問われて、首を縦に振れるかは分からない。それでも大好きで、一緒にいて……彼女のことはよく分かっているつもりだった。――つもりでしかなかった。
それは思い上がりも甚だしい勘違いであり、その心の深奥に秘めた想いには一片たりとも触れることができていなかった。
彼女の一番大切な気持ちに――たとえ本人が隠していたとしても、それに気づけなかった自分が、理解したつもりで何も分かっていなかった自分が悲しく、憎らしい。
(レミ……ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……)
事件の後、家から動こうとしないエリンのもとに一度だけ何故かカナミが訪ねてきた。秋風に吹かれ呆けているだけにエリンに対して、事務的な連絡と現状報告を行った。そして最後に、エリンを上から見下すように一言だけ。
「愛されていてよかったわね」
そう言って帰っていった。
普段無口で必要以上のことを喋ろうとしない彼女が、特に交友もない自分になぜわざわざそんなことを言ったのか。その意図も意味もエリンには分からなかった。
――だけど。
たしかに自分は愛されていた。それこそ自身の命を賭すほどに。
その気持ちに、ずっと近くにいながらも最後の機会に告白されるまで気づけなかった自分に、そんなことを思う資格はないのかもしれない。でも――。
――ねぇ、聞いて
許してなんて、言えない、言わない
だけど願わせて
どうか彼女に和らぎを
もう一つお願い
風さん、どうか、彼女に届けて
ありがとう、って――
渦巻いた旋風は天を目指し、そして宙に解け、打ち上げられた木の葉はひらひらと舞い落ちた。
そのうちお墓ができたなら、今度は木の葉ではなく花を手向けにいこう。彼女の好きだった朝顔の花がいいかな。……あぁ、でももう季節終わっちゃったか。
そして。
彼女が自身の命と引き換えにしてまで守ってくれたこの命。
――ごめんね。でも私にも譲れない気持ちはあるの。
レミが死んでから三日後の早朝。元は紙ヒコーキに折られていた折り紙を手に、エリンは一人、屋敷を抜け出した。




