第四話(第三十八話)
道から少し逸れた人目に付かない場所にある、今は使われていない古びた小屋。その中に身を潜めたカルナの息は未だ落ち着かなかった。その左手の甲には三画の刻印があった。
「あいつ……死んだのかな……」
「彼女のことだから大丈夫じゃないでしょうか。傷は一応塞いで応急処置はしておいたので。それとも止めを刺してきましょうか? もしかしたらまだ間に合うかもしれません」
「いや、いい……」
手の震えが止まらない。明確な意志をもって他人を傷付けた。殺す気で傷付けた。今になってその事実が心の中を酷くざわつかせる。
気を失ったナルザの左手の甲、そこに描かれた刻印にナイフを突き立てると、それは簡単に、ナイフを抜けて肌を伝い吸い取られるようにカルナの手に乗り移った。
「……でもまだ三つなんだよな」
まだ合計たったの三画だというのに、心が酷く締め付けられる思いだった。
(これをあと十二画分……)
怖い。傷付けるのも傷付けられるのも。いったいあと何人とやりあえばいいんだ……。
「それにしてもすごいじゃないですか。初戦から一番の大物に勝っちゃったんですよ」
セラはそう宥めるようにおだててくる。
そうは言っても止めを刺したのは背後から氷剣で突き刺したセラだ。何かに勝利したときのような、成功したときのような高揚感はまるで湧いてこなかった。ただ心の中の震えだけが残った。
「で、これからどうします?」
セラはカルナのほうに向き直って「大事な話」を始めた。
「止めを刺さなかった以上……回復次第、彼女の口から姐さんが動きだしたことはすぐにばれるでしょう。それ以前にあれだけ派手な炎の跡を目立つ場所に残してしまった以上、きっと姐さんが真っ先に疑われます」
「……そうだな」
カルナはセラの話を遮って続ける。
「つまりもう、すぐにバレるんだからさっさと次行けってことだろ?」
「はい」
今回ナルザに仕掛けたのはただの偶然だった。獲物を探して里内を移動しているとき、偶々らしくもない、呆けた顔でふらふらと歩いている彼女をみつけた。それがこの結果だ。
「日が暮れるまでに誰か……誰でもいいから殺れる奴はいねーか?」
既に陽はかなり傾いている。今生きている人間だと、ライラ、ナルザは全て失ってリタイア。ラスタは五画持っているが、重症を負ってしまったがために屋敷で療養中であり、そう簡単には手が出せない。
カナミは一切行動を起こしていない。話の何も聞かない。何をしているのか……。
リサは元より碌に動けない身。直接の戦いなら負ける要素はないだろうが、今あの家は人が多い。守りが堅いというより、他家の人間が捜索、聴取のためにたくさん残っているはずだ。
あとは……アズミ。彼女も二画健在のはずだが、これまた何をしてるいるのかわからない。
そしてイマリ。保護者のように世話をやいているナルザも倒れた今、襲撃さえできれば勝てる。だが、だからこそ周りの者が強く警戒して彼女を守ろうとしているはずだ。
そしてもう一人。
「もう一画ずつとかまどろっこしい」
ドンと叩いた木の壁が軋む。何度も戦って、一々こんな思いをするのは御免だ。
「あいつだ、あいつを探せ、どさくさに紛れてたくさん持っちゃってるあの地味で気弱そうな奴」
心がざわついて落ち着かない、苛々する。もうこんなのはうんざりだ。さっさと、最短ルートで終わらせたい。
「エリンだ。奴を探す、そして全て奪う」
あいつなら……きっと簡単にやられてくれるはず。いっそ脅して自分から差し出させられれば御の字だ。
「わかりました。おそらく屋敷の中でしょうが、私に少し心当たりがあります」
「さすがだ」
「姐さん、行きましょう。急がないと時間がないです」
二人はぼろ小屋を抜けだし、人目に付かないよう道から逸れて迂回しながら、エリンのウルカ家の屋敷に向かって移動を始めた。




