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桃源の乙女たち  作者: 星乃 流
九章「決戦」
34/62

第三話(第三十二話)

 「だったら動かなきゃいいだけだろ!」

 十四番はそう吐き捨てて術を使おうとしたが、その矢先、また足元で何かが炸裂する。

 「ぐっ……」

 ――甘いよ。

 この罠は即席で用意したものではない。

 ここは、最初にサリャが惨殺された時点で戦いになる可能性を危惧し、ライラと共に里の中の数カ所に仕掛けたうちのひとつだ。いざという時はここに逃げ込めるように、と。

 その中でもこの場所は決戦用だった。もしも避けられない戦いが訪れたときに戦うための場所として用意した。

 ……率直なところ、本当に使う羽目になるとは思わなかった。できれば使わずに済んで欲しかった。それをこんな形で自ら呼び寄せて使うことになるとは。

 先程は発火性の罠で右足に軽い火傷を負わせたが、今回は凍結性だ。黒衣の者の足元を、今度は左足を地面に氷で固定した。そして動きを止めた十四番に向けてラスタは一歩、また一歩と歩みを進める。

 「ちぃ……」

 黒衣は者は足元に火を纏い、その枷となった氷を熱で溶かす。氷はあっという間に水に還り、さらにジューッと音を立てて水蒸気となり空気に溶けた。

 (……やはり火も使うか)

 十四番が扱えるのは三属だけではなかった。これならやはりサリャとハレを殺害した凍術も……。本当に五属すべてを扱えるのだろう。

 「……知っているか?」

 ラスタは足を止め、睨む十四番に向けて告げる。

 「私が一番得意なのは光術でも風術でもない……罠使いだ!」

 その場で片膝を折って地につけ、さらに手のひらを地べたに押し付け力を、気を送った。

 黒衣の周囲の地面が爆発し、土煙が吹き上がる。

 罠の起動にはいくつかのパターンがある。今のは自らの巫力を送り込むこと――気を送るともいうらしい――で遠隔起動させた。「気」は人ぞれぞれ固有の波長とやらがあるらしく、今作動させた罠は私かライラの波長でしか発動しないように細工がしてある。

 「ごほっ……こんな目くらまし如き…………!?」

 黒衣が自らを覆った土煙を軽く風で吹き飛ばした次の瞬間、月光を受けて煌めく刃がその黒影のすぐ目の前に迫った。

 「下手に動かないことだ。貴様は既に私の掌中にいる」

 ぎりぎりのところで剣撃を避け、後ろに大きく距離をとった黒衣の者にラスタは告げる。その手には一尺ほどの直剣が握られていた。氷ではない、金属製の正真正銘の剣だった。

 「先程も言っただろう? この周囲六十間は私の領域だ。様々な効果、起動法を持つ罠が網のように張り巡らせてある。

 そして貴様はその一手目を踏み抜いた。あとは全てが繋がり……一手一手、お前を追い詰めていくだけだ」

 ラスタは再び左手のひらを地につけ気を送り、黒衣の周囲に土煙を沸かせると同時に、風に身を乗せ一気に距離を詰め、右手で剣を振るう。

 「よく避けるじゃないか」

 黒衣の者は土煙を払うことは止め、瞬発的に大きく外へ飛び出して着地した。直撃は避けたが、その大きな黒布の一部が白刃に裂かれた。

 「生憎オレに目眩ましなんて効かないんだよ!!」

 十四番はそう声を荒げ、自らを中心に、全方位に全てを薙ぎ払う勢いで無数の風刃を放った。その張り上げた声には先程までの嫌味のような余裕が、もう感じられない。

 暴力的な無数の風撃をラスタ本人は風刃の連撃で対抗し、なんとか相殺して凌いだものの、あちこちで接触型の罠が暴発した。

 (――ちっ)

 仕掛けた罠はまだまだ残っている。しかし、連鎖的に追い詰めるにはまたもう一度、型に嵌め直す必要がある。

 次の手を考える間もなく無数の光球が宙に浮く。

 「すべて……消し飛ばしてやる」

 ――出鱈目すぎる。

 本当に土砂降りの雨のように、無限の光の矢が辺り一帯に降り注ぐ。先程より出力が明らかに大きい。その数も、一撃一撃の威力も……。

 「ぐっ……」

 腕、足、頬……。全力で回避行動をとったものの、身体のあちこちを光の熱が掠め、傷が増えていく。熱い、痛い、ヒリヒリする。だが、どれも傷は浅く本当に掠り傷だ。これぐらいでは止まらないし、止まるわけにはいかない。

 (――手を切り落とされるよりマシだ)

 「アハハハハハハハ」

 刻印による出鱈目な力の強化。光の雨の勢いはまだ衰えを知らない。このままではジリ貧だ。張り巡らされた罠も面を制圧する光雨に次々と破壊されていく。

 ――ならば。

 自らの被弾覚悟で回避を止め、手のひらを地に押し付け気を送る。残った罠を精査し、確認し、発動させる。

 黒衣のすぐ後ろで小さな爆炎があがる。意識が少しそちらに逸れた隙に指先から光矢を放つ。

 「そんなものが当たるかよ!」

 「まだだ!」

 高笑いを続ける十四番に向かって、残ったありったけの罠を発動させながら、光矢を交互に撃ち込み続ける。

 「ぐっ……」

 ラスタはもう回避行動をほぼ行っていない。傷が際限なく増えていく。……そして遂に、背中に光矢が突き刺さった。細い雨のような光の中に、鋭く、雨よりも太い矢が混じりこんでいた。それが背中に直撃した。さらに光の雨の追撃が襲う。衣服も身体ももう襤褸(ぼろ)のようだった。

 「そろそろ楽にしてやろう」

 十四番が上機嫌なふうにそう言うとほぼ同時に……「嵌った」。

 ――ライラ、使うよ。

 カキン

 「ちっ、また……」

 黒衣の足元が、ラスタが辛うじて放った光矢を避けた先で再び凍りついた。

 「――咲き誇れ!!」

 ありったけの気を送り込む。

(発動させるだけでは足りない。罠そのものの力を増幅させる!)

 黒衣の片足を捉えた氷は、其れを中心にミシミシと音を立てながら外へ、外へと大きく広がっていく。まるで花弁が徐々に開いて咲き誇るように。

 「ライラの最高傑作だ。――とくと味わえ」

 これらの罠に使われている「石」は全てライラが作ったものだった。

 彼女は火と凍の適性を持っていたが、一般的にこの対極の才を持つと力のバランスが非常に不安定になりやすく、結果として出せる力が下がってしまいがちだ。同じ火と凍の適性持ちだが天賦の才を持つナルザと違い、ライラはそれを扱いきれなかった。ナルザという明確な比較対象もいたことで、あまり術の才能はないと思われていた。

 だが、彼女には彼女にしかない特技――力を圧縮し、物に閉じ込める技術の才があった。おそらくその技能に関しては、大人も含めてこの里で右に出るものはいないだろう。

 しかし、それを知るものは少ない。本人とラスタだけがそのすべてを知っている。

 ――小さい頃から私は母の背に憧れていた。

 母は天性の術の才を持ちながら、その使い方があまりにも風変わりで、奇特で、特異過ぎるために、「光と風の奇術師」などといつからか称され、良くも悪くも奇異な目で見られることが多かった。そんな母だが、私にとってはとても眩しい、憧れの存在だった。

 けれども、その背中を直接追っても、私は決して、一生追いつくことはできないだろう。

 そんな私に新たな可能性を示したのはライラだった。

 小さい頃から我が家によく来て懐いてくれていた愛らしい娘。ある時その才能――彼女自身もまだ自覚していなかった力に気づいた。

 私たちは大人に隠れてその能力を研究し続けた。ライラがその力の使い方を覚え、制御し、より質を上げていく。そして私がその使い道を発想し、追求し、色々な特性の「玩具」が生まれた。

 基本的な原理は全て同じ。ライラが巫力を封じた物体に何らかの刺激を与えると、封じられた力の楔が千切れ、破裂する。起動の鍵は色々と試行錯誤を繰り返したが、ただ単に踏んだり蹴ったりといった物理的な衝撃で発動するもの、巫力――「気」を送り込むことで発動するものが主となった。そして悪戯から狩りにまで使えるもの、綺麗なだけのただの遊び、などなど多種多様な罠――いや、「鉱石術」を編み出した。

 術を封じ込める触媒にする「物」も色々試したが、結果は単純にできるだけ硬いものが適していた。故に大体が石や金属、偶然入手した強度の高い玉石の欠片などになった。それ故、私はそのライラの技能を鉱石術と名付けた。

 今使用したのは、私とライラの最高傑作「雪華」。ライラがいつか皆に幸せを与えるためにと言って作り始めた、ただひたすら綺麗な雪の華を咲かせるもの。何年もの間少しずつ力を流しこみ、調整をし、やっとつい最近出来上がったものだった。

 (……ごめんな、こんな使い方をして)

 「こんなもの……!」

 黒衣の者を中心に据えて大きく咲き誇った美しい氷の華。だが、奴は自らの足元を中心に火の円陣を発生させ、吠えた。

 「爆ぜろ!」

 爆炎が周囲の地面もろとも、月下の華を焼き尽くした。自身の周囲を炎で纏い、それを外に向けてのみ爆発させたようだ。雪の華は一瞬で蒸発し、宙に儚く霧散した。

 「残念だったな。オレの炎の前ではこんなもの……無力だ!」

 そう言ってさらに周囲の地面を焼いた。いくつかの罠が暴発した。

 ――あぁ、そうだと思ったよ。

 「これで無駄な小細工もほぼ潰し尽くしたようだな。そう……もうあと三つ程度か?」

 これには驚かされた。確かに残りの罠――しかも、全てライラとっておきの霊石――の数は三つだった。雪華にかかったということは場所までは特定できてはいなかったのだろうが……。

 「途中から数ぐらいは大体は分かっていたさ」

 十四番はククッと笑いを漏らした。どうやら随分と心の余裕を取り戻してきたらしい。早計なことに。

 「それでもあんたの誘導は大したものだったよ……そんな傷だらけの体で!」

 アハハと高笑いしながら黒衣が放った風刃を風刃で弾く。

 「ぐっ……」

 全身の無数の傷が焼けるような痛みを帯びていた。ぽたぽたと血も垂れ落ちている。満身創痍としかいえない有様だった。それ故か、風刃を相殺はできたものの地に片膝を崩れついた。

 「……さーて」

 黒衣は再び光球を宙に浮かべる。そしてずっと背中に、黒い衣の内側に背負っていたであろう何かを取り出し、巻いてあった布を解き、その姿を露わにした。――小ぶりな弓だった。

 (……光弓術というやつか)

 今、里で扱える者はほぼいないだろう。細工を施した特殊な弓に矢の代わりに束ねた光を番えるように構え、撃ち出す強力な一撃。扱う技術もさながらに、そもそも使う機会があまりないために失われていった技。そう聞いたことがある。

 「……いい加減、観念しろ」

 ラスタを囲むように円周を描いて光球からの光矢が降り注ぐ。同時に光を束ね編んだ矢を弓につがえる。十四番の持ちうる最大の一撃。その準備は整った。

 ――だが。

 「フフッ」

 そんな状況の中、ラスタは含み笑いを溢した。そして告げた。

 「なぁ、ちょっと寒くなってきてないか」

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