第二話(第三十一話)
(あれ……ここ……どこ……?)
目を覚ましたライラは状況が飲み込めずにいた。
暗い……今は夜?
ここは……家じゃない?
やっとそこまで理解して周囲をよく見ると。
(あれ、ここラスタの家じゃない?)
起き上がろうとして自然に布団に左手をつこうとしたが、なぜか空振りして体勢を崩した。
(……あれ?)
左手を見ると、そこは包帯でぐるぐる巻きにされており、その先のほう――手首より先がなかった。
(……?)
これどうなっているんだろう……?
えっと、指は動か……ない。やっぱり手の先……ない……よね……?
状況が飲み込めず、理解できなくて頭の中がぐるぐるに絡まる。
「――あっ!」
しばらく惑ってやっとわかった。思い出した。思わず声を漏らしてしまった。
(そうだ、エルの屋敷の奥……)
何かの気配? に呼ばれた気がして奥へ進んでいったら……いきなり左手に激痛が走って……。
……そうか、左手を、手首から先を切り落とされたんだ。
たぶん、その後すぐに気を失って止めは刺されずに残され、誰かが見つけてくれて、気づいたら何処かに運ばれていて、ラスタがいて……あれ?
――そうだ、ラスタの家に運び込まれてたんだった。ラスタのウォル家の方がうちより優秀な医療師がいるから。一度記憶の線がつながると、そこまでを一気に理解した。
もう一度部屋の中を見渡す。
やっぱりウォル家の屋敷の一室のようだった。たぶん入ったことのない部屋だったが、部屋の造りや調度品が似通ってる。
そして部屋の隅のほうでは父の次妻――義母が椅子に座ったまま背凭れに身体を預け、眠っていた。
(……ずっと付いて居てくれたのかな)
実母は……私の怪我を見てぶっ倒れでもしちゃったのかな。あの人ならたぶん平静じゃいられない。
娘の気も知らずに、知ろうともせずにひたすら甘やかすことしか知らない実母より、ライラはここにいる義母を本当の母のように慕っていた。
――しかし、今一番居て欲しい人は見当たらない。
(たぶん、もうだいぶ夜中だもんね……)
コンコン
左肘と右手を使って体を起こそうとしたところに部屋の戸が軽く二回叩かれ、少しビクッとする。
「目が覚めましたか?」
戸が開くと、ウォル家の見知った医療師のおばさんが手提げ灯篭を持ってそこにいた。彼女には昔からちょっとした怪我の手当などを何度もしてもらったことがある。――あと、叱られたり小言を散々言われたことも。
「一度ウェル家の集まりに顔を出してから、またここまで戻って来てくださったんですよ」
椅子に身を預けたまま寝入ってしまっている義母の膝掛けを直しながら彼女は言う。
「あとでしっかり感謝しておくのですよ」
コクリと頷いて返事をした。
「さて、丁度いいのでまた少し処置をしておきましょうか。横になってください」
せっかく起き上がろうとがんばってたのにと心の中でぶーたれながらもライラは素直に横になる。
「一応説明しておきますと、手首の関節より少し手前あたりから先がばっさりと切り落とされています」
改めて説明を聞いて、背筋をゾワッとしたものが駆け抜けた。
(……そうか、本当に無くなっちゃったんだね)
「切り落とされた箇所はもうどうにもなりません。今は早く傷口を塞ぐように肉体の治癒力の活性化と薬による消毒と化膿止め、さらに痛み止めを施しています。――本当はとんでもない激痛がまだ続いているはずなんですよ?」
はい、痛いのは嫌です、ありがとうございます……。
「それでは力を送りますので、おとなしくしておいてくださいね」
彼女はぐるぐるに巻き付けられた包帯を少し剥がして、傷口に近い場所に右手の人差し指と中指を添え、自身の呼吸を整える。
「……あの」
「なんです? 処置に失敗してもよろしいですか?」
「あ、ごめんなさい、それはちゃんとお願いします……」
はい、大人しくしてます。
「……で、なんです?」
……うん、やっぱりこの人は優しい。
「ラスタは……どうしてます?」
「今はもうご自身の部屋でお休みかと」
そう言って彼女は壁掛け時計のほうに視線を遣った。つられて見ると、外から漏れ入る星月の明かりと机に置かれた灯篭の灯りに照らされ、なんとか時刻を読み取ることが出来た。深夜も深夜、いいとこだった。
「それでは続けてよろしいですか?」
はい、と返事をし、今度こそ全身の力を抜いて施術を待った。
(ラスタ……会いたいよ……)




