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桃源の乙女たち  作者: 星乃 流
九章「決戦」
32/62

第一話(第三十話)

 「不意打ちしたつもりだったのになぁ……」

 バリバリと空気を裂く音を伴って放たれた雷の槍は、空中で弾け、散った。

 「気配が丸わかりだ。刻印の食べ過ぎじゃないか?」

 ラスタは声のした方をキッと睨んだ。

 とうに日は落ちていたが、雲ひとつない空に映える星月の明かりが、彼女らを照らしていた。

 日暮れ頃より、里のやや外れの人気の無い場所にあるちょっとした広場の中心にラスタは一人佇んでいた。

 少しひんやりとした風が肌を撫でる。揺れる草葉の擦れる音と、ちらほらと聞こえ始めた虫の音が心地よく耳をくすぐる。

 そんな風情ある秋夜に、ラスタは案山子のように、襲って来いといわんばかりに佇んでいた。

 そして「奴」は紫電と共に現れた。風は唸り、虫の音は消えた。

 「せっかくお誘いに乗ってあげたのにつれないねぇ」

 大きな黒布で身体を包み、頭にまでそれを深く被り全身を闇色に染めた怪人。

 ――これが十四番か。

 レミの一件で遠目には見た黒影が今、声の届く距離にいる。星月の明かりに照らされなければ、夜闇に紛れて目で捉えることなど不可能だろう。風で黒布の端がはためき、ちらちらと垣間見える仮面の白木色が漆黒に混ざった異物のようだった。

 「割と本気で気配を消してたつもりなんだけどなぁ……」

 他人を小馬鹿にしたような、ふざけた口調。確かにその声の音だけで言えば可愛らしい少女のものかもしれない。だが、目の前の黒衣の者の台詞を奏する声色は、ひたすらに他人を不快にし、挑発するものであった。

 「まぁ、あの子にも気づかれちゃったんだけどねー。それでせっかくだしこっちからお誘いしてやったのさ」

 刹那、ラスタの指先から放たれた風の刃が黒布の端を裂いた。

 「そしたらさー、本当になーんにも考えてないみたいでぼーっと釣られて来ちゃってさー。あの子、手を切り落とすまでとうとうオレに気づかなかったんだぜ? 傑作だよ」

 ヒュン

 余裕綽々とばかりに、相も変わらずふざけた口調で悪言を垂れ流し続ける黒衣を再び鎌鼬が襲う。それを黒影はぴょんと跳ねて避ける。

 「あんたは鈍感でよかったねぇ」

 ヒュイイイン

 ぴょんぴょんと跳ねて避ける黒布の端を鎌鼬が裂く。

 「……言いたいことは終わったか?」 

 「んー、どうだったかなぁ」

 あ、そうだと大げさな仕草をして十四番は台詞を続けた。

 「あの子、気絶する寸前にラスターって名前呼んでたよ、健気だねぇ」

 「その口を閉じろ」

 限界だった。そしてもう抑える必要もない。

 ――八つ裂く。

 十四番に向けて放たれたラスタの容赦のない三重の風刃。黒衣はその漆黒の躰を翻しそれを躱す。

 躱した先にさらに撃ち込まれる風刃、風刃、風刃。連続して放たれた風の刃はその一撃一撃が鋭く、速く、重かった。あの十四番とて全力で避けていないと命取りになる威力を持っていた。

 鬼気迫る勢いのラスタの猛攻。

 しかし、その連技の合間にできたほんの一瞬の隙に、その僅かな隙間に黒衣の者はその闇色に相反する光の一閃を放ち、それをラスタが回避してできた猶予にさらに小さな光球を無数、自身の頭上近くに浮かべた。

 「降り注げ」「加速」

 黒衣が腕を振り下ろすと同時にラスタは風を纏い、その身を風に乗せた。

 光の雨の中をラスタは木々の間を吹き抜ける風の様に蛇行し全てを躱し、進む。前方からの空気の抵抗を受け流し、同時に追い風を得る。常に風の流れを調整し、正確に、精密に脚力ではなく風に身を委ねるように舞い、着実に迫る。

 光雨をものともせず迫りくる彼女に対し、黒衣の者はより強い光球を並行して作り、宙に浮かべて撃ち出す。

 だが、ラスタは止まらない。堪らず黒衣も風を纏い、後ろへ下がる。

 その風に身を乗せる技はラスタに比べて明らかに劣るものだった。風の扱いに関しては光に比べて付け焼き刃だったように見えた。それでも何とか力押しで距離を保ちながら、順次光球を浮かべ、光矢を降らせ続ける。

 ――量があれば良いってわけじゃないことを先輩が教えてあげよう。

 ごく軽く地面を蹴りながら、滑るように高速移動を続けつつ両手の指先から細く鋭い光の矢を四本ずつ、連続して放つ。圧倒的手数で面を制圧するかのように降り注ぐ光の雨を限界すれすれのところで回避し続けながら、閃光を放ち続ける。

 しかし、先程よりも風の扱いに慣れてきた黒衣にそれは当たらない。

 ――だが、それでいい。

 光は光で相殺できない。光は風で相殺できない。風は雷を相殺する。風は風で相殺できる。そしてラスタの適正属性は光と風。

 黒衣の者はきっと防がれることのない光一辺倒の攻撃を仕掛けてくる。その読みは正しく、先程から奴は自身に風を纏ってはいるものの、攻撃手段としてはひたすら光球を利用して放つ光矢しか使ってこない。

 圧倒的な刻印の数を有する十四番の攻撃は確かに出力が桁違いだ。だが、それを扱うのは人間だ。かの怪人とて、その正体はただの一人の人間にすぎない。

 ぎりぎりの回避を続けながら細い四本の光矢を放ち続ける。こちらとて数では敵わないものの刻印の力で普段よりは桁違いの出力だ。そして奴より上回っている点もある。

 (もっと、もっと速く、鋭く――!)

 奴の付け焼き刃の風とは違う。こちとら奇術師なんて勝手に称される変人に憧れ、研ぎ澄まし続けてきた風だ。二画の刻印で突然に力を増した今でも……十分に制御しきれる!

 「さぁさぁ、いつまで避け切れるかなぁ!」

 (余裕ぶっているがその仮面の下の焦り顔が見て取れるようだぞ、十四人番)

 手数は十四番のほうが圧倒的に多い。威力も高い。だが、心理的に押しているのはラスタだった

 気迫が違った。

 降り続ける光の矢は一撃一撃が軽くなり、代わりに数が増え、より回避しづらくなってきた。深い傷を与えることより、面の制圧に攻撃を寄せることで、まずは少しでも動きを鈍らせたいようだ。

 しかし、そう思い通りにさせてやるほどラスタは甘くない。

 先程から避けられると分かっていながらも放ち続ける四本の光の矢。奴は少し制御できるようになってきた風の力を借りて余裕を持ってそれを避け続けてはいるが、こちらのそれは元より命中の精度をわずかに下げている。あんな雑な回避、着地を狙えば簡単に貫ける。

 「うぜぇんだよ!!」

 十四番はそう吐き捨て、自身を中心に強烈な風圧の旋風を巻きおこした。土埃が本人の姿をも掻き消す。

 「ちっ……」

 風の扱いの精度では勝っているとはいえ、出力は奴のほうが桁違いに高いことに変わりはない。その猛風の渦巻く中に飛び込むのは完全に自殺行為だ。

 ラスタは何度か後ろ飛びをして一旦距離をとった。

 (やはり二画と十画では出力差が違いすぎるか)

 ――しかし一体何なのだ、この刻印とやらは。十画であれだけというのに、最終的に十五画を集めろという。一体どれだけの力を手に入れろというのか。

 ――来る。

 吹き荒れる風の中に僅かな雷の気配を感じた。ラスタも渦巻く風を生成する。

 黒衣を包んでいた旋風が急に解け、粉塵が舞い上がる中、雷槍を放つ姿を確かに捉えた。

 ズガァァァン

 ラスタも一瞬で幾重にも重ねた風刃を作り上げ放ち、雷槍に正面から叩きつけた。その爆ぜた衝撃でラスタの躰は宙を飛んだ。

 「かはっ……」

 ラスタだけが後ろに吹き飛び、躰を地面に叩きつけた。

 「おやー、威力が足りなかったみたいだねぇ」

 刻印の力の差。直撃はしなかったがラスタが完全に押し負け、至近距離の炸裂の衝撃に耐えきれずその躰は大きく吹き飛ばされてしまった。

 「あれー、もうおしまいなのー?」

 相殺しきれなかった雷でラスタの身体は痺れ、思うように動けない。なんとか手をついて身体を起こそうとするものの力が上手く入らない。そんな必死の努力を嘲笑うかのように、ぴくぴくと身体が痙攣する。

 「なら……その手貰っちゃうよー? えーっと、誰だっけ、名前忘れたけどあのぽやぽやちゃんみたいに」

 そう言ったが刹那、十四番の頬を光の矢が掠めた。仮面の縁ごと撃ち抜かれ、頬から再び血が流れた落ちた。

 「……私はお前を許さない」

 ラスタはまだ痺れの残る身体で地べたに手をつき、膝をたて、そしてなんとか立ち上がった。

 「……てめぇ」

 ――なにこれくらいで伸されているんだ? ラスタ・ウェ・ウォルよ。

 「この死に損ないがぁ!」

 再び放たれれる雷槍に、再度、風刃をぶつける。

 ――それでもアノ人の娘か? それで追いつけると思っているのか?

 同時に風を纏い、流れるように移動しその炸裂から逃れる。痺れるならば、その身を風に委ねるまで。

 ――そして何より。

 「そんなんであの子を守れるかぁ!!」

 「何言ってんだてめぇ!」

 雷と風が再び大きな衝突を起こす。直後放たれた光矢を奴はぎりぎりで回避する。

 ――もう一手。

 「そろそろ諦めたらどうだい?」

 先程までの一連の動作の合間に宙に浮かべられていた無数の光球から、再び光の雨が降り注ぐ。風で加速するも身体のあちこちを熱い光が掠っていく。

 (風の精度が落ちている。思うように動けない。まだ痺れているせいか)

 光の矢が掠り皮膚の表面を僅かにえぐり赤い筋を残す。その傷はごく浅くとも、軽い火傷のようにひりひりと痛む。直撃せずともその増え続ける傷の痛みはじわじわと身体と心を蝕んでいく。

 ――こんなもの、手を切り落とされたあの子に比べれば……!

 「逃げろ、もっと逃げ惑え!」

 黒衣の者はアハハハと高笑いしながら、ラスタがもう一手放った光矢の束を後ろに一歩飛んで避けた直後、その足元で何かが炸裂した。

 ――かかった。

 「!?……罠か」

 仮面で素顔は見えないがきっとこちらを睨んでいることだろう、十四番に対してラスタはニヤリと笑む。

 「私が何の対策もなく、お前のような化物相手に一人でのこのこ出て来たと思ったか?

 私がずっと逃げ惑っていると思っていたようだが……その逆だ。誘導されてたんだよ、お前は」

 奴は何も言葉を発しないでただこちらを見て、おそらく睨みつけてきている。歯ぎしりの音まで聞こえてくるような気がした。

 実際のところは半分ははったりだった。誘導しようとしていたのは事実だったが、中々に思う通りにいかず、ようやくその地点まで追い込めた。

 「この周囲……そうだな、約六十間ほどは私の領域だ。そして今、お前はその中心にいる」

 これもはったり……とは言えない。ほぼ事実だ。お膳立ては整っている。

 「さぁ……今度は貴様が逃げ惑え」

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