第二話
あるところに特別な一族がいた。
その一族は生まれたるときより皆、特別な力を持っていた。
彼らは無から火を生み、川を凍らせ、風を操り、雷を落とし、光で夜をも照らす能力を有していた。
それ故、誰も彼もが彼らの力を求めた。
個々がそんな強大な力を持つ一族だ。きっと同等の数であれば安々と返り討ちにできたであろうに。無情かな、彼らは絶対的に数が少なく、あまりに数の利で負けていた。
彼らは何処へ行こうとも、どちらを向こうとも敵だらけだった。いや、敵しかいなかった。すべての人間が彼らを欲した。
――捕まればどうなるか?
ある者は戦場に駆り出され、ある者は特別な労働を課せられ、あるものは研究と称して身体をいじくりまわされた。
――総じて、捕まった者には人としての自由も尊厳も無かった。
だが、ある時一族の前に一人のおかしな男が現れた。
その風変わりな男は、たった一人で一族の生き残りをまるごと匿ってみせた。一体彼が何者だったのか、終には誰もが知らないままだった。敢えて深く追求する者もいなかった。
しかし、遂に彼一人の庇護にも限界が訪れた。そして彼と一族は流浪の旅路の果てに、辿り着いた。自分たちの楽園となる場所に。
三方を山、一方を崖に囲まれた天然の要害であり陸の孤島。
彼らはその未開の盆地に入植することにした。手付かずの野と山と川。八の家に別れた彼らは一からその土地の開墾を始めた。
そして彼ら一族をここまで率いた「彼」は最後にこの新たな里を取り囲む山々に、迷いの結界を施した。真実、楽園となることを願って。
――そして彼は彼らの前から姿を消した。
残された八家の人々は土地を切り開き、子をなし、世代を継いでゆく。
彼らには能力以外にも「普通の人間」とは違う、身体的特徴があった。耳の形が違うのだ。耳の端が少しばかり上向きに尖るように張り出している。「尖るように」というだけで、実際に尖っているという程ではない。ただ少しだけ耳の形が違う。それだけの話だ。
だが、特別な能力を持つ彼ら故に、その些細な身体特徴は過剰に注目された。そして御伽草子の中にでてくる亜人間に倣い、「エルフ」と呼ばれるようになった。
――それから長い長い時が経った。
この外界から閉じられた里に入植した当時を知る者なんてとうにおらず、それまでの流浪の旅路の言い伝えさえ朧げになった頃。いつの間にやら、誰かが変えたのやら、自然と変わったやら……。
彼らは自分たち里の民のことを「アルヴの民」と呼称するようになっていた。
アルヴの民は生まれながらにして多彩な異能の才を持つ代償としてか、「普通」の人間より短命であった。外界の普通の人間が大体齢六十生きるとすれば、アルヴの民は四十ともなれば長生きなほうである。
特に男子の生命力の儚さを深刻だった。
ある程度育てば安定はするものの、出生直後から一年ほどの間に大半の男児が山々の御下に還っていった。
さらに、そもそもの話、男児の出生率が女児に比べてあからさまに低い。
故に、この里の人口の内訳では、男子に比べて女子の比率が圧倒的に高かった。その差は代を重ねるごとに広がっていった。
そのような環境の下で種を繋ごうとした結果、早い段階から一夫多妻制の文化が形成されていった。
男を家長とし、一人目の妻が正妻となり、さらに多くの側妻を娶る。
家の長は飽くまで男である家長という体裁になってはいるものの、家内の大部分を取り仕切り、実際の主導権を持つのは正妻であることが多かった。女の方が数が圧倒的に多いのだ。男より女の方が力関係で勝るのは必然だった。
本来男というものは女より力強く大きな体格に育つようにできている。アルヴの民とて例外ではない。それ故、多くの文化では男が営みの主導権を握ってきた。
だが、アルヴの民は男女平等に「巫術」の才を持つ。
巫術とは自然現象を人為で操る超常の力。彼らはその力を自然の精霊より力を借り受けているものと捉え、それ故に巫術と呼ぶ。
そして巫術に性差はなく、さらに巫術を扱うための「巫力」と呼ばれる力が身体能力を底上げしてくれているため、日常生活を送る分には「男手」の必要性があまりないのだ。それも女社会が形成された理由の一端だった。
男は敬われ、女たちに慕われ、たくさんの妻を娶る。しかし、日々の営みの実権は女が握り、女が家を回す。
それが幾代をも重ねるうちに完成したアルヴの里の社会だった。
――そして現在。
幾代にも渡る彼ら彼女らの築き上げてきたアルヴの社会の崩壊への時針が動き始めるまで、間もなく。