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桃源の乙女たち  作者: 星乃 流
六章「雷鳴」
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第四話(第二十一話) 後編

 ――一斉曲射!

 光の槍を構えた黒衣の襲撃者に対して、周囲ほぼ360度から雷球が襲いかかった。

 ――回避と反撃。レミは息も絶え絶えに、動けるのが不思議なほどの状態でその二つの行動を並行して行いながら、さらに同時に「宙に雷球を配置する」という三つ目の行動を取っていた。そして地面すれすれに配置したその雷球全てに遠隔で力を送り込み、黒衣の者に目掛けて一斉に、放物線を描いて全て撃ち放った。

 ――自分でもこの満身創痍の中、よくこれだけ繊細な芸当ができたものだと思う。

 いくら奴が膨大な力を持っていても、ほぼ360度すべての方向から、しかもばらばらな放物線を描いて捉えづらい雷球全てを防ぐことはできまい。

 だが次の瞬間、猛烈な風が吹き荒れた。黒衣の者を中心に据えた大きな旋風だった。雷の球は全て、形無き風の刃に相殺され黒い標的に届く前に宙で弾け、その渦の中心から放たれた光の槍がレミの腹部を貫き、彼女は血を吐き、力なく地べたに崩れ落ちた。

 「逃さない」

 黒衣はさらに光の槍をもう一本放ち、正門へ向かって飛び出したエリンの腿を貫いた。

 (どういう……ことだ……?)

 巫術の適性は多くて二属までのはず。だから奴の適正は光、雷のはずだった。だのに……今奴は、確かに風の力を使った。

 三番目の適性……これも刻印の力なの?

 「減らず口もお終いかい?」

 黒衣の者はいやらしい口調で言い放った。しかし、その声音は苛つく感情を隠しきれていない。確実に効いている(・・・・・)

 ――まだだ、まだ終われない。

 エリンは脚をやられて倒れている。もう動けないかもしれない。ならどうすればいい? こんな勝てっこない相手にどうすればいい? 強大な力の量、技、そして三属の使い手。いや、殺された二人の凶器の件も入れると四属かもしれない。もうそこまでいけば五属全ての可能性も否定できない。

 どうすればいいの。

 「もうそろそろ諦めたらどう?」

 いくつもの細い光の矢がレミの身体に向かって再び降り注ぐ。

 「あぁ、そっちの子も動かないでね? 後でたっぷりいたぶってあげるから」

 その刹那、細く鋭い雷閃が黒衣の者の隠された顔をその仮面ごと掠め、その隠された素肌に、頬に初めての傷を与えた。血が涙のように一筋、伝い落ちる。

 「あんたの……相手は……こっち……だ」

 「てめぇ……!!」

 火事場の馬鹿力とはよく言ったものだ。咄嗟に何も考えることなく放った一撃は、ほんの掠り傷に違いないが、確かに奴の身体に初めての傷を与えることができた。

 とはいえ、同じ手はもう使えないだろう。奴も警戒しているだろうし、何より再び同じ一撃を放てる気がしない。身体がほとんどいうことをきかない。レミはもう本来なら全身の苦痛で動きようがないはずの深手を負っていた。各部からの流血も止まる様子をみせない。

 「どうした? やっぱり止めは刺せないのか?」

 煽る、ひたすら煽る。まだ口は動く。声も出る。

 具体的な策はもうない。ただもう煽って奴の心を乱し、出来得る限り自分に注意を向かせ続ける。私にはもう、それぐらいのことしかできない。

 「くは…………」

 「――減らず口もそこまでだ」

 ……痛い。痛い? 痛みがもう分からない。

 光の槍がまた身体を突き刺したようだ。でも、もうどこに刺さったのか分からない。どこが痛いのか分からない。痛覚は死んだのか?

 だが、まだきっと致命傷じゃない。だからまだ動け……動けない?

 ……駄目だ、身体がもう本当にいうことをきかない。

 「やめて! お願い、レミは、レミのことだけは助けて!」

 朦朧としてゆく意識の中、そんなエリンの、愛しい人の悲痛な叫びが聞こえた。

 ――違う、だめ、駄目だ! そうじゃない! それじゃ駄目だ……!!

 (そうだ、ここで私が倒れたら、次は、次はあの子が……)

 「黙れ、お前はあとで嬲って遊んでやる」

 光の雨がエリンに降り注ぎ、彼女の身体に生々しい赤い傷を増やす。

 (動いて、動け、私の身体……!)

 ――!!

 そうだ、「動かない」なら「動かせば」いいんだ。

 「まだ……まだ付き合って……もらう、よ」

 息も絶え絶え、掠れた声で言葉を発しながら、レミは頭から足までずたぼろで血に塗れた身体で立ち上がった。――いや、正確には立ち上がらせた。

 「まだ私は……生きてい……る」

 そう言って彼女は血がだらだらと流れ落ちる身体で一歩、また一歩と動き出す。肉は削がれ穿たれた骨は砕け臓腑は崩れて、それでも彼女は歩み、地べたにぼたぼたと血を滴らせながらも歩む。

 「い、いい加減に倒れろ!!」

 雷の槍がレミの、今度は脇腹を抉るように貫く。

 「ぐっ……」

 だが、彼女はまだ倒れない。まだ踏み止まる。

 「どう……した……ま、まだ生きて……いる……ぞ?」

 真っ赤に染まった無惨な、もはや襤褸(ぼろ)を纏った彼女は、さらに一歩、また一歩と黒衣の者に向けて歩みを進め続ける。その姿はさながら、不死の怪物のようだった。

 「お、おまえ、な、なんでうご、動けるんだよ!!」

 そう叫び、黒衣の襲撃者は思わず後ろに一歩後ずさる。今日、彼女が見せた初めての後退だった。彼女は全身から血を垂れ流しながらもまだ動き続けるレミに対して慄き、恐怖すら覚えていた。

 「知っ……るかい……? 人の身体って……雷を(なが)……動……くんだ……よ……?」

 ごく微量の雷を身体に流せば体がビクッと反応して跳ねるように動く。それの応用の応用のさらにその先。ある時偶然その用法に気づき、その後、特に目的もないのに追求し続けた結果編み出した、誰にも見せたことがない異端の技能。

 とはいえ、全身をまともに動かしたことなどなかった。そんな機会ないのだから。

 今、彼女はぶっつけ本番で、こんな生きているのが不思議な身体で、その繊細すぎる人間離れした技をやってのけている。すべては愛する人の為。その執念が彼女を限界の先へと突き動かす。

 「……ば、化物め!!」

 一歩、また一歩と歩みを止めないレミに対して、徐々に後ずさりながら黒衣の者は声を張り上げ、叫ぶ。

 ――怯えろ、震えろ、恐怖しろ。

 遊ぶように人を嬲ることはできても止めを刺すことには躊躇する。その程度の、中途半端なへたれなら無理をするな、頑張るな、さっさと立ち去れ! 私の最愛の人の前から消え失せろ!!

 「こっちに来るなあああ!!」

 そう叫ぶとともに黒衣の者は頭上に大きな光の塊を発生させ、炸裂させた。今までの小さく集束させて放っていた光弾とは違い、周囲一帯に薄く、広く伸ばすように。

 それはただの光だった。物を、人を傷つける力を持たないただ照らすだけの光。

 ――いけない、目眩ましだ……!

 直感だった。

 「先にお前からだ!」

 「エリン、避けて!」

 二人の言葉はほぼ同時だったが、レミの叫びはもうほとんど声になっていなかった。だが、それでもレミは瞬時に足元で雷を炸裂させ、その衝撃に躰を乗せエリンの居た方向に飛び込んだ。

 「がはっ……」

 レミが吐き出した血反吐がばしゃりとエリンに降り掛かり、その額を真っ赤に塗りたくった。エリンに覆い被さったレミの身体の中心には雷の槍が突き刺さっていた。その雷槍はレミの持つ雷に相殺され、完全に貫通はせずに彼女の身体だけを穿ち、消えた。

 「レ……ミ……?」

 あぁ、ごめんね、汚しちゃって。その綺麗な顔も、髪も……。

 「嫌……嫌……! レミ、返事をして……!」

 ごめん、エリン。声を出そうと思っても、もう音にならないんだ。

 「おい、何してるんだ!!」

 遠くから誰かの声が聞こえた。

 ――あぁ、やっと誰か気づいてくれたんだ。

 そうだ、これでエリンは……エリンは助かるんだ……!

 「レミ、ダメ、ダメ、いかないで……」

 そっか、もう死ぬんだ、私。

 「誰か、助けを呼んできてくれ!!」

 また誰かの声が聞こえた。

 ――エリンは生き延びたんだ。

 私やったよ。がんばったよ。私の勝ちだ。

 「嫌、こんなの嫌……レミ……レミ……!」

 ごめんね、さすがにもう駄目みたい。

 でもね、私今、すごく満たされているんだ。最期に君のことを護れたんだから。

 ――でも、もし叶うならば。最期にもう一度。

 「顔を……見せて」

 その願いは(かす)かな声となり、エリンに届いた。……あれ、声もう出ないと思ったんだけどな。

 「レミ……!」

 抱き締めてくれていたエリンの身体が少し離れたと思ったら、彼女の顔が辛うじてまだ保たれていた視界に映り込んだ。

 ……あぁ、ありがとう。ありがとう。

 しかもこれ、たぶん膝枕されている……?

 「ダメ、ダメ、いかないで、レミ……」

 そんな顔しないで、エリン。私は今、すごく幸せだから。だからそんな顔しなくていいんだよ。

 「レミ……で……レ……ミ……」

 もう耳も聞こえなくなってきた。視界もぼやけてほとんど見えない。君の可愛い顔がもう見えないよ。優しい声がもう聞こえないよ。

 ごめんね、ありがとう。

 私、君に出会えて幸せだったよ。

 ――バイバイ。

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