第四話(第二十一話) 前編
「はー……」
レミはエリンが風を浴びて気持ち良さそうに伸びをしている様子を見て、微笑んだ。
屋敷の真裏……ではないが高い塀の外の人目のつかない場所で、レミとエリンは二人並んで地べたに座っていた。人目につかないといえど、正門からそう遠く離れているわけでもないし、塀一つ挟んだ内側には大勢の人々がいる。
「……ありがと、連れ出してくれて」
エリンはそう礼を言って微笑みかけてくれた。――だが、その瞳には微かに翳りがあった。少なくともレミにはそう見えた。
(やっぱり私のせいかな……)
エリンが人酔いするのはいつものことだ。でも、私が話しかけたときのあの僅かにびくついた反応――。
(嫌われちゃった……かな)
もし嫌われていないとしても、エリンを悩ませてしまっていることは間違いない。――やはり言うべきではなかった。でもあの時は……自分で自分を抑えきれなかった。
昨夜は先にエリンを送っていったのでやや遅くなってから帰宅したが、何も食べる気がせず、襲われたことに関して親に報告だけして部屋に篭ってしまった。
――後悔しかなかった。
生涯誰にも言うまいと覚悟していたはずだった。けれど、あんな姿を見せられては抑えが利かなかった。
エリンにはちゃんと異性の想い人がいて、同性が好きという素振りもなく万に一つも私の願いが叶うことはない。そう思ってずっと秘めていた気持ちを全て吐き出してしまった。一度声に出して言葉にしてしまうともう止めることができず、全てが溢れ出した。
覆水は盆には返らない。
だが少しだけ、本当に少しだけその万に一つ未満の可能性が訪れないか期待してしまっていた自分もいた。受け入れられないことは分かっていたはずなのに。でも、もしかすると……。
――そして万に一つ未満は訪れなかった。当たり前だった。
はっきり断られたわけでなくとも、あの様子を見れば分かる。きっと私のことをエリンも好いてはいてくれている。けれど、それは私の「好き」とは違う。だからこそエリンは……きっと悩み苦しみ、今もこんな曇った瞳をしている。
(なんで言っちゃたんだろ)
今更後悔しても遅い、そんなことは分かっている。たぶん、もう今までと同じ関係ではいられないのだろう。エリンが今までと同じように接してくれようとしても、優しい彼女のことだ。きっと気を遣わせてしまう。
「……レミ姉さん」
すぐ隣に座っているエリンが、そう言って袖の裾をくいくいと引っ張ってきた。前を向いたままで視線は合わせてくれず、その声も微かに震えてた。
(……あぁ、振られるんだ、私)
覚悟はしていたつもりだったが、やはり怖かった。そしてその答えを言うために、エリンはどれほど苦悩したのだろう。逃げずに向き合ってくれることが嬉しくも、心苦しくもある。
――きっとエリンのことだから、優しい振りかたをしてくれる。
でも、駄目なんだ、もう私たちはきっと元の関係に戻れない。エリンは私に気を遣い続けるだろうし、なにより私自身がきっと同じでいられない。いられる自信がない。今まで隠し続けていた彼女に対する感情の栓は、もう直すことができない。
(……やっぱり怖いなぁ……)
「レミ姉さん、えっと、あのね、私ね――」
そこまで言ってエリンの言葉が止まった。そして表情が強ばる。
「――レミ姉さん、おかしい。風の声が……変」
――え?
次の瞬間感じた。まだ新しい、あの感覚を。どこか近くで――雷が生まれる気配を。
「エリン!!」
ズガァァァァン
咄嗟にエリンを突き飛ばして地べたに転がし、自分も逆方向に転がった。直後、よく知る轟音がすぐ側で鳴り響いた。
鼓膜は破れていないようだが耳が痛くてしょうがない。すぐに身体を起こして元いた場所をみると、地面が焦げ、僅かな煙を揺らめかせていた。周囲を見渡すと、少し離れた場所に在る一本の大きな樹の太い枝の上に、それはいた。
そこには全身を黒衣で包んだ人影が佇んで居た。
――私は馬鹿か。
なぜ、屋敷内に全員居るのだから安全だなんて思ってしまっていたんだ。
刻印を配られた面子の中に雷の適性を持っているのは四人しかいない。エリンと私、そして残りは既に殺された若い二人。
――昨日、そう言ったのは紛れもない私じゃないか。
迂闊どころの話じゃない。馬鹿か私は。頭がまるで働いていない。結局昨日のあれからずっと冷静さを欠いていたんだ。
そして刻印を貰った十三人の中にいないということは――。
「外しちゃったかー」
昨日は遠目からの姿しか分からなかった黒い影が、言葉を放った。その声音は意外にも若い女――少女のようだった。
「今日は手出しするつもりなかったんだけどさー、なんかあんまりにも甘ったるい空気を出してるのがうざったかったからついつい、ねー」
聞き覚えのない、可愛らしいはずの声色だというのに、酷く不快で癇に障るその言い様と抑揚。
――あの十三人の中に当てはまる人物がいないということは、十四人目がいる可能性を何故考えなかったんだ、私は。
「――お前の目的はなんだ。なぜ私たちを襲う」
――落ち着くんだ。
まずは情報を引き出せ、状況を把握するんだ。そしてなんとしても……エリンだけは逃がす。昨日の感触だと、奴の雷撃は相当に強い。刻印で格段に出力が上がっている私の雷でも押されていた。あの時は角度をつけたために上手く相殺できたが、真正面からならきっと押し負ける。
「目的、ねぇ……」
そう言って黒衣の少女は左腕を掲げ、袖口から黒布を肘あたりまで捲って見せつけた。
「これで分かるかな?」
レミは息を呑んだ。信じられなかった。
露わとなった彼女の左腕の白い肌には、無数の――二画や三画どころではない数の刻印が連なっていた。
「いくつあるかわかるかなぁ? なんと十画! 君たちの分を貰えばもう十四画だよ? やったね、ゴールだよ?」
――奴が何者かなんて疑問は今はもうどうでもいい、それどころじゃない。アレは駄目だ。やり合うこと自体駄目だ。きっと、昨日は本気じゃなかったんだろう。でなければ、いくら雷単一使いの私が小細工を弄したところで打ち消せるわけがない。たった二画でも恐ろしいほど力を底上げしてくれる刻印が十画……?
「あー、昨日は試し撃ちだったけどさ……今はこれくらい出せるぜ」
再び撃ち放たれた雷の槍を、今度は二人で同じ方向に避ける。撃ち出す手の動作をみれば着弾点は予測できる。二人とも雷属適性を持っているので、雷の気配そのものも感じ取れる。
だが、地面を抉った雷の威力は想定をさらに越えていた。今度こそ鼓膜が破れるかと思えるほどの衝撃波が二人を襲った。
「見たかい? これが十画の力さぁ!」
――敵うわけがない。
私たち二人で太刀打ちできる相手じゃない。ならせめて、エリンだけでも逃がす方策をみつけなければいけない。
――この子がいなければ私に生きる意味などない。
心中するのもごめんだ、私にはそんな趣味はない。ただただ生きて、生き抜いて欲しい。そして幸せになって欲しい。――たとえ私の身がどうなろうとも。
ともかく、私が奴の気を引きつけて、その間にエリンを逃がすほかないだろう。……そうはいってもあれだけの能力差。どうすればエリンの逃げる時間を稼げるのか。
(……考えろ、考えるんだ)
「それとこんなこともできるぜ」
そう言うと黒衣の少女は左手で宙をなぞるような動きをして、無数の小さな光の球をその頭上近くに浮かべた。
「降り注げ」
光球一つずつが弾け、その光の欠片全てが細い矢のように、雨のように二人に向かって降り注いだ。二人とも咄嗟に躱したものの、その動きは誘導されていた。
屋敷の正門の方向から引き離し、追い込むように光の矢は幾度と狙いをずらしながら地に突き刺さる。さらに厄介なことに、その攻撃には予備動作がなかった。
光球を宙に浮かべる時点での動作はあったものの、それを光矢に変えて撃ち出すとき、黒衣の彼女は何の動作もとらなかった。光球が弾けたと思った次の瞬間には無数の光の矢が地に突き刺さる。文字通り光の速さで撃ち出される矢そのものを目視で躱すことは、きっと不可能だ。
「……エリン」
「はい」
「もしも、もし隙ができたら全力で逃げ――」
「嫌です」
分かってはいたが、言葉を遮ってまで即答されてしまった。でもお願い、貴女に死なれたら私はどの道生きる意味を見失う。
(――だから……なんとしてでも納得させる)
「エリン、聞いて。あいつが本気になったら私たち二人じゃ絶対に勝ち目はない。だから生き残るには助けを呼ぶ以外ないの。
そして私は雷単一だけどエリンには風の力がある。――何が言いたいか分かったね?」
風の巫術は周囲の空気を自在に操る。使い方によっては風の流れに己が身を乗せ、素早い移動を可能にする。どちらかが助けを呼びにいくなら、風使いが行くほうがより成功する可能性が高いのは自明だ。エリンにもそれはすぐに理解できた。
「……わかった。私が行く」
もっと食い下がるかと思ったが、少しだけ間をおいてからエリンは了承してくれた。彼女も腹を括った眼をしていた。これならば少しは、せめてエリンだけの生存率は上がったと思いたい。
実際は奴が本気になれば、二人共生還できない可能性のほうが遥かに高いだろう。強さの次元が違いすぎる。先程の光の雨についても、あれは元来そんな使い方をする術ではないはずだ。
例えば狩りの際、一つ光球を頭上に浮かせ、直射上に障害物があって直線で狙えない獲物を確実に光の矢で射抜く。本来はそんな技術のはずだ。あんなに大量に浮かせて雨のように光矢を降らせるなんて使い方、見たことも聞いたこともない。これが十画の力なのか?
「作戦会議は終わったかーい?」
奴は相変わらず癇に障る言い様で問いかけてきた。完全に舐めてかかってきている。遊び感覚なのか? だがそれならその方が都合がいい。もしかしたら何か隙を作り出せるかもしれない。
「あぁ、たっぷり話せたよ。ありがと……な!」
そう言い終えると同時にまずは片手の四本の指先に集めた雷の力を、さらに細い矢のように形作り、奴に向けて放つ。
避けられるのはわかっている。それでも、とにかくこちらから戦いのペースを少しでも掴む必要がある。
案の定、黒衣の者は木の枝から飛び降りて回避をしながらも、同時に手元に雷を収束させ着地とともに再びこちらに雷槍を撃ち放った。飛び降りる様はもはや黒い布そのものが身を靡かせ、動いてるかのようだった。
(派手な回避動作に攻撃動作を重ねて読みづらくしてきたようだが……雷単極を舐めるな。雷の発生には一際敏感だ)
黒衣の者は着地の隙を狙ってエリンが放った風刃を即座に張った雷の盾で相殺し、そのまま両手で、合わせて八本の指先から雷矢を二人に向けて放った。僅かな時間での連続技。咄嗟の行動だったにも関わらず、その一つ一つの持つ力は並のそれではなかった。
一連の流れを二人が避けきったところで黒衣は呟いた。
「つまんね」
黒衣の者は再び腕で宙をなぞり、頭上近くに光球を無数に浮かせた。咄嗟にレミは雷矢を放つものの雷の盾で相殺され、即座に光の雨が二人に向かって降り注ぐ。――今度は誘導ではなかった。
「ぐっ……」
いくつか光矢が肌を掠った。痛い、傷口が焼けるように痛い。
光の術は光をとても高い密度で圧縮して放つため、大きな熱を伴う。がむしゃらに逃げ回ったおかげでなんとか掠り傷だけで済んけれども、その傷全てが火傷をしたようにひりひりと痛む。
(そんなことよりエリンは――!)
「貴様ァ!!」
レミはエリンの姿を確認した次の瞬間、黒衣の者に向かって怒りの咆哮を張り上げた。
頬を抉った赤い筋、あちこち破れボロ布のようになった衣服、その隙間から細く滴る血が草土を赤く染める。
そんなエリンの姿をみて、レミは激昂してしまった。
咄嗟に足元で小さな雷の爆発を起こし、その力で一気に黒衣まで距離を縮め、手の平に収束させた雷を直接叩き込もうとした。だが、その激情に駆られた一撃も即座に作られた雷球の爆発がレミを躰ごと弾き飛ばし、黒衣にまるで届くことなく阻止された。
そして宙に弾き飛ばされた肢体が再び地に着くより早く、彼女の肩を追撃の光槍が貫く。
「レミ!!」
既のところでエリンが滑り込み、彼女の躰を風の毛布で受け止めた。
「レミ!! しっかりして!!」
肩から血をだらだらと流すレミにエリンは涙声で必死に問いかけた。傷口は大きくはないものの完全に貫通しており、血が止まらない。既にぼろぼろの二人の衣が真っ赤に染まっていく。
「馬鹿、今のうちに逃げればよかったのに……」
弱々しい声でそう言いつつもレミは少しだけ嬉しかった。
(いつ以来かな。呼び捨てにしてくれたの)
出会った頃は呼び捨てだった。だのに、成長するに連れていつの間にか呼称が「レミ姉さん」になってしまっていた。口には出さなかったが、それが少しばかり寂しかった。そして皮肉にも、命の窮地に陥ったことで久しぶりに呼び捨てにしてもらえたなんて。
(――駄目だ、違う。今はそんなことを思っている場合じゃない)
身体のあちこちが痛む。肩の激痛は既に感覚が麻痺しつつあるが血は止まることをしらない。
――でも、私はまだ生きている。この子を護るためなら、命ある限りいつまでも動ける……!
「……エリン、次は私がどうなろうが……とにかく逃げるんだ。いいね?」
「………………うん、わかった」
エリンは涙でぐしゃぐしゃの顔でこくりと頷いて了承した。きっと本当は一人だけ逃げるなんて嫌で嫌でしょうがないだろうに。
(ありがとう、そしてごめんね)
さて、その隙を作るにはまずは一撃、一撃でいいから奴に攻撃を入れなければ始まらない。エリンも既にぼろぼろだがまだ少しは動けるはずだ。なんとか一撃だけでも入れてそこから隙を作りだせば、勝機はある。エリンさえ生き残れば私の勝ちだ。
――さぁ、その一撃をどうやっていれる?
真正面から向かったのでは駄目だ。奴は回避できずとも咄嗟に作った小さな雷球だけで私の攻撃を全て無効化できてしまうだろう。
「これでおしまいー? だったらもう終わりにしちゃうよー?」
癇に障る煽りとともに、黒衣の者は再び腕を払って宙に夥しい数の光球が浮かべた。小さな星空のようだった。夜闇の中であれば、さぞ周囲を明るく照らしてくれたことだろう。
「避けるよ!」
二人で逆方向に跳んで回避する。そこに容赦なく真昼の星々は矢となり、降り注ぐ。いくら回避行動をとっても結局がむしゃらに逃げるしかなく、その全てを避けきることはできない。数が多すぎる上に範囲も広い。
身体中が痛い、熱い。だんだん自身の動きが鈍くなっていくのが分かる。右肩を穿たれたせいで右腕はもうろくに動かない。
――でも、まだ諦めるわけにはいかない。エリンが生きている限り、私はまだ負けていない。
レミは必死に雷球を放って応戦するも、黒ずくめの怪人は掠り傷一つさえ付けることを許してはくれない。
対して光の雨は容赦なく、幾度も降り注ぐ。その度にレミの綺麗な白んだ肌が赤い傷で彩られてゆく。もはや間違っても掠り傷と言えないほどの傷を幾つも負い、全身のあちらこちらから血を滴らせている。
風の力の助けでレミより素早く回避したエリンも全身がぼろぼろだった。だが、彼女も決して諦めてはいなかった。ただただレミのことを信じてチャンスを待ち、避け続けていた。――レミの前に割り込みたい衝動を必死に抑え。
「ちょこまかと鬱陶しい!」
黒衣の者は光の雨を降らすと同時に、レミとエリン二人共に向けて両の手の指先から八本の雷矢を放つ。宙を裂く矢は咄嗟に防御に回ってしまったエリンの風の障壁をやすやすと貫き、彼女の身体に突き刺さる。雷矢を回避しきったレミには畳み掛けるように、幾本もの光矢の追撃が放たれ、その身に突き刺さった。
「ぐぁ……」
痛い、痛すぎてもう感覚が麻痺している。どこが痛いか、どこに傷を受けたかなんてもう何もわからない。
でも、まだ立てる。まだ動ける。私もエリンもまだ生きている。
――いや、待て、なぜ生きている?
奴が遊んでいるせいなのか?
力の差は歴然。技術で補える次元を軽く通り越している上に、あの光の雨に関しては奴も相当な技術を持っているはずだ。だから刻印の数を見た時点で、私はどちらか一人でさえも生還は難しいと考えた。そして早々に、いつ止めを刺されてもおかしくない状況に陥った。
――だのに、まだ私たちは二人共生きている。それは何故だ。思い出せ、奴の言動、挙動のその全てを――。
「ちゃんと避けないと死んじゃうよー」
獲物を弄ぶかのような、そのままなら絶対優位故の余裕と取れる言動。いや――。
――賭けてみるか。
再び降り注ぐ光の雨。それをレミは敢えて避けなかった。光の矢は容赦なく立ち往生するレミの身体に突き刺さり、肌を抉り、穿ち新たな傷を無数に刻み込む。
しかし、その光雨は途中で降り止んだ。まだ宙にある光球全てを散らせてはいないというのに。
「どうした? もう諦めたのか?」
そう嘲笑う黒衣の襲撃者に対して、レミはニヤリと笑みを浮かべた。
今までこの光の雨は、浮かべた光球を一度に、一斉に降り注がせていたわけではない。僅かに時間差をつけて順々に撃ち出していた。そして今、黒衣の者はそれを回避する様子を全く見せないレミに対して途中で攻撃の手を止めた。
「――おまえこそどうした? 止めは刺さないのか?」
レミは真っ直ぐに睨みつけながらそう煽り、さらに返事を待たずして畳み掛けた。
「実はお前……まだ『殺し』に慣れてないんじゃないか?」
直後、宙に残っていた光球が全て矢となり降り注ぎ、突き刺さった。レミの周囲の地面に。
――図星か。
おそらく奴は、ただ獲物を嬲り殺しにしようと遊んでいるように見せて、その実は殺す覚悟が中々決まらなかっただけなのだ。
儀式が始まってから既に二人殺されているが、きっと奴はまだ殺すことに慣れていない。当然だ。奴が何者かは分からないが、里の技を使っている以上、きっとこの里の中の者だ。
この里で人殺しなんて物騒なことは早々にお気ない。少なくとも私が生きた十七年間には一度もなかったはずだ。今回の儀式が始まるまでは。
だから殺しに慣れている者なんて、誰一人としてこの里には存在しない。
「だっ……だったら今すぐ殺してやるよ!!」
先程までの余裕綽々とした様子から一変、冷静さを欠いた声と共にこれまでより見るからに多くの光球が黒衣の者の頭上周辺に広がる。
(精神的な優位は取れた。あとはこの圧倒的な力の差をどう覆すか)
その差は本当に圧倒的すぎて笑ってしまいそうだが、まだ可能性は残っている。この命がある限り、可能性は残っている。
「死ね!」
レミは降り注ぐ膨大な数の光の矢を必死に避け続けた。一撃一撃の威力は強くなってはいるものの、その精度は明らかに落ちている。とはいえ、光速の矢を全て避けきるなんて芸当はできるわけなく、レミの生傷は増え続ける。
ちらりとエリンの姿を確認すると、まだ倒れたままではあったものの、なんとか動きだせるように少しだけ体勢を整え、涙で濡れた真っ赤な目でレミを見つめていた。光の雨は倒れたままのエリンの存在を無視して、全てがレミに向けて降り注いでいる。
(エリン、それでいい、そのまま気配を抑えておくんだ)
おそらくもう少しだ。もう少しでエリンだけは奴の意識の圏内から外れるはず。あと一踏ん張りだ。仕込みももうすぐ完成する。
レミは再び雷球を両手それぞれに作り出し、交互に撃ち放ち反撃に転じる。その全ては当然の如く弾かれ、傷一つつけることはできない。それどころか雷球を撃ち出す僅かな動作の度に光の矢がレミに突き刺さる。
だが、レミはもう何も怖れてはいなかった。意識が拒んでいるのか、身体はもう痛みも何も感じていない。
そしてレミが「最後の仕込み」を終えるとほぼ同時に、光矢が彼女の足の甲の中心を貫き、彼女はそのまま転倒した。血糊だらけの地べたにその躰は打ち捨てられる。
「これで終わりだ」
そう黒衣の襲撃者がそう言い放つと、レミはにやりと笑みを浮かべた。




