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桃源の乙女たち  作者: 星乃 流
四章「恐慌」
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第二話(第十二話)

 人が死んだ。

 まだ成人もしていない、まだ子供だった彼女は殺された。

 ――誰かに殺された。

 人を殺すってどんな気持ちなら出来るんだろう。

 そして殺されるってどんな気持ちなんだろう。

 そもそも……死ぬって何なんだろう。

 エリンは一人縁側で何もない宙にぼーっと視線を揺蕩わせ、答えのない疑問に意識を巡らせていた。

 春先に不慮の事故で従姉が一人亡くなった。山での滑落死だった。

 特段仲が良かったわけでもないが、顔はよく見知っていた。だが、彼女が死んでも特に何とも思わなかった。いや、思わなかったというより特別な感情が何も沸かなかった。ただしばらく会えなくなるだけ。そんな感覚と変わらなかった。――たとえそれが永遠だとしても。

 「ねぇ、レミ姉さん、死ぬって何なの?」

 本を読んで寛いでいるレミに、思ったままのことを尋ねた。

 小さい頃からエリンの面倒をやたらよくみていて、今も昔もずっと仲良しな三つ年上のお姉さん。そのレミ姉さんは床に敷かれたそろそろ季節外れな茣蓙に寝そべったまま、頁から視線を上げることなく答えた。

 「永遠に会えなくなること……じゃ、駄目かな?」

 「それは分かるんだけど……何か実感が沸かないというか、想像がつかないというか……うーん……」

 「んー、そうだねぇ」

 そういうとレミ姉さんは栞を挟んで本を閉じて起き上がり、その髪とお揃いで、金色がかった綺麗な瞳でエリンの目を真っ直ぐ捉え、言葉を続けた。

 「じゃあ、エリン。あなたは氷漬けのアルト君を見てどう感じた?」

 ――ずきりと心が痛んだ気がした。

 あの氷像と化したアルトを見たときの映像、心を奔った衝撃が脳裏を反芻する。最後に会ったのはあの日の一週間か二週間ほど前だったろうか。つい最近も楽しそうに笑んでくれていた大好きな彼の顔が、凍りついて石の様になっていた。現実が理解できず、しばらくは全く声を上げることができなかった。結局あの日は家に帰ってもほとんど誰とも話すことはなかった。

 「――悲しかった? 辛かった?」

 「よく分からない……。でも、たぶん辛かった、苦しかった」

 自分でも整理のつかない気持ち。今まで味わったことのない感覚だった。

 「その時……無意識にでも、もしかしたらこのままもう動かないんじゃないか、ずっと止まったままなんじゃないか。そんなこと思わなかったかな?」

 ハッとした。

 ――そうだ。凍りついていただけで、別に傷だらけになっていたとかで痛ましい姿になっていたわけじゃない。

 ただ、氷像にされたという見て分かり易い形で、完全に動きが――時間が止まってしまっていただけ。

 ――けれど、それがとても怖ろしかった。

 もう言葉を交わすことができないのではないか。

 もうその声を聞くことができないのではないか。

 もうその表情を、笑顔も怒った顔も、どんな顔も、もう見ることが叶わないのではないか。

 もう……二度と私を見てくれる事がないんじゃないか。

 凍りつき、同じ時間の流れからはぐれてしまった彼。それを見て、そう思ったんだ。

 ――だから怖くて辛くて、苦しかったんだ。

 「人が死ぬということがどういうことなのか……少しは近づけたんじゃないかな?」

 アルトの場合はまだ先はある。誰かが勝ち抜いて儀式を終わらせれば、再び時は動き出すのだから。けれど、もしそれが永遠だとしたら。あの氷の檻で時計の針が永遠に止まったままだとしたら。

 「……ありがと、何となくわかった気がする」

 長年引っかかっていた疑問の答えに、あっさりと近づけてしまった気がする。まだ理解できたとは言い切れないが、ストンと腑に落ちた気がした。

 ――やはりレミ姉さんには敵わない。

 「うん、それなら良かった」

 そして次に、レミ姉さんは怖ろしいことを口走った。

 「――ねぇエリン、もし……私が死んだら悲しんでくれる?」

 脳内で一瞬にして氷像となったアルトの姿とレミの姿が重なり、ぼやけ、そして暗闇に包まれて――。

 「やめて!!」

 気がついたら叫んでいた。自分でも驚いた。こんな大声を出したのはいつ以来か。

 レミ姉さんが一瞬にして暗い闇に呑まれていく姿が頭の中を過っただけで……苦しくて……苦しくて仕方がなかった。

 いつ頃からだったろうか。私が辛かったり苦しかったりしたときはいつもレミ姉さんが側にいてくれた。時には慰め、時には手を握り、時には話を聞いてくれて、時には何もせずともただ傍に居てくれたり。

 ……そんなレミ姉さんが突如として居なくなる、なんて考えたら……苦しかった。底の見えない沼に引きずり込まれるような恐怖。心に穴でも開けられたような痛み。――これは間違いなく悲嘆と表現できるものだ。

 レミ姉さんは一瞬驚いた顔をしたが、すぐにいつもの様に優しく微笑みかけ、頭を撫でてくれた。

 「変なこと聞いてごめんね。でもありがとう」

 そう言ってにこりと微笑んでくれた。

 (――なんでありがとうなんだろう)

 それは分からなかったが、頭に触れるその優しい手はとても心地が良かった。

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