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桃源の乙女たち  作者: 星乃 流
四章「恐慌」
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第一話(第十一話)

 「……アンタの言うとおりだったな」

 カルナはぼそりと、白い煙を吐きながら呟いた。

 儀式が始まってから五日目、つまりは刻印を押し付けられてから四日後。

 サリャ・ルム・イルヴァの惨殺体が発見された。

 その報は直ちにに残り十ニ家にも伝わった。今回ばかりはカルナもすぐに知らされた。

 「私が思っていたよりも早かったですけどね……」

 そう言うセラの声はいつもの優しい声ではなく、どこか陰鬱としている。

 「さすがにもう傍観してられんって事なのか、朝からうちはてんやわんやで五月蝿くて仕方ないわ。普段あたしのことなんてほったらかしの癖にさ」

 「私の家も似たようなものです。ここに来るのにも三人も護衛を付けられました」

 やっぱそんなもんかーと呟いてカルナは煙管の灰を落とし、床に仰向けに寝転がった。冷たい床がもうあまり気持ち良くはなかった。気候は着実に冬へ向かって歩を進めている。

 「なんか……嫌だな」

 ――胸糞悪い。

 正直サリャ自身についてはどうでもよかった。特に交流があったわけでもなく、一応面識があったくらい。人の輪の中にいる癖に、常にそのぎりぎり端で上面の笑みを浮かべていた底の読めない奴。

 ――でも、そんな奴でもこんな形で殺されるのは気分が悪かった。

 そもそもこの里で人殺しなんてやらかす馬鹿は滅多にいない。――少なくともあたしは知らない。

 セラから最悪の事態の予想を聞いた時、その場ではまさかと受け流して相手にしなかった。けれど心の中では引っかかっていた。馬鹿なあたしでもわかる。この刻印の力は強すぎる。

 でも、まさかそんなことは起きるわけがない、と自分に言い聞かせた。だが、そんな悪足掻きも虚しく最悪の事態は早々に起きてしまった。しかも、彼女(ぎせいしゃ)の生きた姿が最後に目撃された場面に出くわしていたものだから余計に気分が悪い。

 「――私、見てきたんです。彼女の遺体を」

 「はぁ??」

 カルナは思わず目を見張った。

 何で好き好んでそんなもの見に行くんだ。遺体は相当酷い状態だったそうじゃないか。あたしならとても見れたもんじゃない。夢にでも出てきてくれたらどうしてくれる。

 「どうしても確認しておかなければいけないことがあったんです。そして……これ以上にないほど最悪の結果でした」

 「これ以上何があるってんだよ……」

 人が死んだ。しかも明らかに殺された。惨たらしく殺された。もう十分だ、十二分だ。これ以上何があるというんだ。

 「彼女――サリャの遺体の……刻印があったはずの右手の甲には、一画も刻印が残されていませんでした」

 「ん、そりゃ犯人が奪ったんだろ?」

 その事態の意味に気付かないカルナに、セラは少し躊躇しながらも話を続けた。

 「問題は『一画も』残っていなかったことです。本来奪われても残るべき一画さえありませんでした」

 セラの言う意味を理解した途端……、――ぞわっと戦慄が走った。

 ナルザとサリャの戦いのように真っ向から手合いで勝負して勝ったとしても、相手の刻印を全ては奪えない。必ず一画だけは持ち主の手元に残る。ナルザのように四画持っていた場合、負けたとしても奪われるのは最大三画までで、一画は必ずナルザ手元に残る。そういう仕組みだとハルキからは説明された。

 だが、セラの言うことが本当だとすると、相手を『殺した場合』は……。

 「まだ確定した訳ではありません。もしかしたら刻印の宿主が死ぬと自然と消滅するのかもしれません」

 しかし、と一息ついてセラは続けた。

 「殺すことで刻印が全て消えたということが事実である以上『相手を殺せば最後の一画まで奪い尽くせる』可能性は否定できません。屈服なんて不確定で面倒な手間を経ずとも、それ以上の数の刻印を奪えてしまうのかもしれない」

 カルナは仰向けに床に張り付いたまま大の字に手足を伸ばして目を瞑り、呟いた。

 「もう全部……さっさと終わってくれよ……」

 口にこそしなかったが――いや、口にすることすら怖くて言葉にできなかったが、本当に恐ろしいのは、その犯人がきっと見知った顔の中にいるということ。

 あの日集められた十二人の、サリャと自分を抜いた十人の中に犯人がいるのだろうか。セラを抜いたとしても残り九人。カルナにはセラ以外に特に仲の良い人物も思い入れのある人物もいない。正直あの中の誰がいつ死んでも知ったことではない。

 ――だが、あの中に殺人者がいるというのは……駄目だ考えたくもない。

 (疲れた、寝よう……)

 薄い座布団を枕代わりにして床に寝転んだまま瞼を閉じた彼女に、そっと手が触れた。彼女の気性をそのまま表したような赤い癖っ毛に覆われた頭をセラは優しく撫でた。

 「なぁ」

 「なんです?」

 瞼を閉じたままカルナはセラに問いかけた。

 「あのさ……アンタは、さ。こんな事なってんのに……あたしに付いてまわってて……いいのか?」

 「はい」

 恐る恐る、内心ビクつきがら聞いた問いに即答で返したセラに対し、思わず起き上がって真っ直ぐに向き直った。

 「だって誰が何するか分からんのだぞ!? あたしだって……。それにあたしはどうせすぐまた疑われる。普段からあんなだし。そんなあたしと一緒にいたらアンタまで……」

 そこまで言ったところで、すっと差し出された人差し指に唇の動きを止められた。

 セラは優しい、陽溜まりのような微笑みを浮かべ、カルナの瞳を見つめ、言った。

 「私はずっと姐さんの味方で、姐さんを信用していて信頼していて、そして姐さんの一番の理解者ですから」

 そういうと彼女は腰を上げ中腰になって、少し背伸びをするようにしてカルナの頭をそっと、優しく抱きしめた。

 (……あたしのほうが姉貴分のはずなのにな)

 でも。

 ――ありがとう。

 「もういい寝る」

 素直な感謝の一言を声に出すことなく、彼女はまた床に――今度はセラから顔を背けるように横を向いて寝転がった。

 今にも涙が零れそうなこの顔を見られるのはなんとなく嫌だった。

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