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桃源の乙女たち  作者: 星乃 流
三章「真っ向勝負」
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第三話(第十話)

 全てが計画通りに、あまりにも計画通りに事が進み、その帰路でサリャは高笑いでもしたい気持ちを堪えるのに必死だった。

 まずはナルザの不在を狙い、雷と使える技能全てを駆使して屋敷に火を放つ。刻印で強化された巫術はやはり次元が違う。ナルザの不在は確実に作れる保証はなかったのだが、少し細工をしてイマリを誘導すれば案外簡単に成功してしまった。

 そしてナルザは予想通りの行動にでた。放火なんて下手をすれば死傷者が出てしまう凶行に走る者がでたのだ。それが連鎖することを恐れた彼女は、きっと純粋な勝負で争奪戦を行う流れを作りにかかる。しかも堂々と、大々的に宣伝して。

 予定通りの行動をとった彼女に、いかにもひ弱で内気そうな自分が声を上げる。まず最初に圧倒的に不利な鞠打ちでの勝負を挑む。一応策は用意しておいて最初から勝負を捨てていたわけではなかったのだが、やはりナルザは付焼刃な小細工程度で勝てる相手ではなかった。

 だが、それでも構わなかった。

 刻印を奪う方法として説明された「相手を屈服させる」という曖昧な物言いの正体。サリャの予想は的中した。刻印奪取の条件は勝負の勝敗だけでは満たせない。本当の条件はおそらく「敗北させることで相手の心を折る」こと。

 ――予め敗ける予定だった勝負に敗けたところで心は折れたりしない。

 そこから再び、今度は自分が最も得意とする頭脳遊戯――六花(むつか)の勝負を挑む。これで「屈服」の条件確認と、「謙虚で内気だけれども思い切って声をあげた少女」を演出できた。

 六花は升目を描いて作った「盤」の上で火、凍、雷、風、光に見立てた駒を動かして、先に相手の全ての駒を倒せば勝ちという、盤上の頭脳遊戯だ。サリャが最も得意とする競技――ではあるものの、相手は万能のナルザ。そのまま勝負に挑んでも確実に勝てる保証はなかった。

 ――しかし、今は刻印の力がある。

 刻印が配られた後、多くの者が自身の使える巫術の威力などを確認していた中、サリャは過去に挑んでは失敗を繰り返してきたある術法の研究、鍛錬に勤しんでいた。

 彼女の持つ巫術の適性は雷と闇。表向きは雷単一の適性とされ本人にもそう伝えられたが、闇の適性を持った者は成長に連れ自然とその自身の能力を自覚し認識する。さらに闇属(あんぞく)の力は個人個人で行使できる分野、方向性が大きく異なる。

 彼女の闇術は「自身の精神に干渉する」ことに特化していた。そして、まだ幼い頃からその力の様々な使い方を独りで模索、研究してきた。下手をすれば自らの精神を破壊しかねない危険な行為だったが、彼女は気に留めもしなかった。

 そんな彼女が今までいくら試行しても上手くいかなかったのが自身の頭脳、思考力の増強。ほんの一瞬なら可能だったが、持続させることは何度繰り返し、工夫を重ねても成功しなかった。

 ――だが、刻印の力があれば。

 ナルザとの六花の対局を始める目前、準備が整うとサリャは目を閉じ、意識を集中して呼吸を整えた。

 ――大丈夫、昨日は出来た。

 刻印で巫力を増強したところで精神の消耗が激しいことには変わりなく、何度もは試行できなかったが、昨日はほぼほぼ成功した。

 落ち着けと自身の精神に言い聞かせ、鎮める。そして思考の奥へ、さらに奥へと手を伸ばす。無数の絡まった糸を繊細に、緻密に解いていくように、その先へ――。

 ――繋がった。

 頭の中がとても鮮明になった。

 全てが見通せるような、世界が透き通ったような気がした。

 そしてとても落ち着いた、心地の良い感覚に包まれた。

 「お待たせ致しました。よろしくお願い致します」

 対局が始まった。

 ――全てが見える。

 次の手も、次の次の手も、さらにその次の手も――。

 相手の先の手が無限の如く、自然と見えてくる。それだけではない。今まで思い付きもしなかった戦術が、まるで泉が湧き出るかのように頭の中に際限なく浮かんでくる。

 ――結果として、ナルザを相手にやり過ぎなくらい圧勝してしまった。

 対局が終わりこの高揚状態を解いて立ち上がろうとしたところ、くらりとして視界の全てが暗転し、方向感覚を失い倒れそうになった。酷い立ち眩みのような感覚だった。ナルザが咄嗟に受け止めてくれたおかげで怪我をすることも頭を打つこともなく済んだ。

 これはサリャの計算外だったが「必死に集中して健気にがんばった少女」の印象を与えられたようなので、それはそれで良かった。

 「かー、やられた! 譲ってくれた二人に申し訳ないなー」

 ナルザはそう言って悔しがったが、彼女はこの程度で心が折れたりはしない。

 だが、彼女は約束は必ず守る人間だ。

 ナルザは自分からサリャの手を取り、目を瞑り心を落ち着けて念じ、自身の意思でその手の甲に宿った四画のうち三画の刻印をサリャに譲渡した。三本の黒い線がするするとナルザのやや焼けた小麦の肌を伝ってサリャの白い肌に流れ込み、定着した。五本の線が二画とも四画ともまた違った紋様を形作っていた。

 そして礼を十分にしてからサリャ・ルム・イルヴァは一人帰路についた。

 今、彼女はその右手の五画の刻印を眺めながら、にやにやと緩んでしまいそうな表情筋をなんとか抑え込んでいる。本当に全てが、予想以上に計画通り過ぎて心の中で高笑いが止まらなかった。

 ――あのナルザに勝てた、出し抜けた。あの万能のナルザに。

 この数の刻印があれば一体何ができるのだろう。過去に挫折したあれやこれや様々な試行錯誤を思い浮かべる。

 ――これさえ、この力さえあれば。

 いずれ自分自身を完全以上に支配し、やがては誰の手も届かない、至高の存在へと辿り着けるかもしれない。暴力的な力ではない、この頭脳によって。

 氷漬けになったアルトも、里の命運も全てがどうでもよかった。ただただ自分の存在を高めて昇華させ続けたかった。さっきの対局では自身の思考の強化自体には成功したが、歯止めが利かずついついやり過ぎてしまった。

 (次の課題は、まずもう少しこの能力を微細に制御すること、かな)

 「――随分と楽しそうね」

 唐突に、どこからかそんな台詞が聞こえたかと思った次の瞬間、サリャは体中を無数の耐え難い痛みに襲われた。気づけば地面にうつ伏せて倒れ込んでいた。

 ――痛い……痛い?

 苦しい、苦しいよ。

 動けない、何も動かない、感じない……いや、冷たい……?

 カハッと口から、喉の奥から何かを吐き出して躰が跳ねる。

 ――赤い。

 血だ。

 私の血……?

 全身の痛みは最早痛みと表現していいのか分からなかった。痛みとは一体どういう感覚だったろうか。ただただ、辛く、苦しい。

 (痛みだけなら……自分の感覚を麻痺させ……痛覚を切り離し……)

 ――駄目だった。

 どこが痛いのかすら分からなくなる強烈な痛み、苦しみに対して、もはや闇術を使う精神の余裕などなかった。

 心臓はたぶんまだ動いている。頭もまだ働いている。だから「まだ」生きている。でも、全てが痛い。灼けるように、痛い? わからない、いたい、つらい、つらい、いたい、つらい。

 目の前に誰かの両足が見えた。何となく止めを刺される気がした。

 ――どこで……間違えた……か……な……。

 薄れゆく意識の中、それが彼女の心の内の、最後の思考となった。

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