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桃源の乙女たち  作者: 星乃 流
三章「真っ向勝負」
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第二話(第九話)

 「ふわーあ……」

 カルナは大きな欠伸をかきながら、人集りの中からセラを探していた。こういう時にあの長くて綺麗な銀髪はとても探しやすくて便利だ。案の定すぐみつかったので、後ろからとんとんと肩を叩いて声を掛けた。

 「あ、姐さん来ちゃったんですか」

 なんだよ来ちゃ悪かったのかよ。

 「んでこれ、何が起きてるわけ?」

 何が起きているのかは知らなかったが、朝から家の中がバタバタと五月蝿(うるさ)かった。そして昼餉を食べていると、広場のほうで何かが起きているらしいという会話が聞こえ、暇だからぶらりとやって来た、というわけだった。どうせセラも来ているだろうし、と。

 「えーっと……まずウェル家が昨夜のうちに全焼したのは知ってますか」

 「知らん」

 それが朝から五月蝿かった原因か。家の者は誰も教えてはくれなかったが。

 「そういう事があったんです。その後ナルザさんが広場で犯人に名乗り出ろと声を上げて人を集めて……」

 「何それ、出てくるわけないじゃん」

 「はい、その通りです。本人もそのつもりだったようです」

 何がしたいんだ、あの正義の味方は。

 ――ん、犯人探しということは、つまり放火なのか?

 「そして、ある程度人集りができたところを見計らい、今度は自分から、手合い内容はなんでもいいからと勝負の相手を求めました。刻印を賭けた勝負です」

 ……あぁ、そういうこと。

 ナルザの家がおそらく刻印持ちによって燃やされた。それに対してナルザは、そんな卑劣な事してねーで真っ向から挑んで来い、という感じのメッセージを放った。――ってところか。いかにもアイツらしくて苛々する。

 「――で、今どうなってんだ。これ鞠打ちやったとこか?」

 この里で一般的な運動競技、遊戯である鞠打ち。基本的には拳大より少しある程の「小鞠」と呼ぶ球を「撥ね板」という木製の特別な形の板で弾いて撥ね返して飛ばし合い得点を競う競技だ。だが、人体への直接の危害を与えない、小鞠を壊さない範囲内でなら巫術を使ってよいので、戦術の幅が広がり過ぎて中々に一筋縄ではいかなくなる。ちなみに小毬を打ち返す撥ね板のほうは破壊するのも有りだ。

 だが、巫術を使うにも精神力に加え体力が必要で、使い過ぎると当然体にも披露が溜まっていく。それ故に、しっかりとした体づくりと持久力があり、且つ巫術の扱いにも長けたナルザに、この競技で一対一で勝てる者はおそらく同世代ではいない。大人の間にもいないかもしれない。一体誰がそんな無謀な戦いを……。

 ――はぁ!?

 「おい、ナルザの相手したのサリャか?」

 「はい、ナルザが今日は諦めて引き上げようとしたところにサリャが声を上げて、自ら鞠打ちでの勝負を挑みました」

 「はぁ??」

 サリャはナルザの三つも年下の少女で、身体も小さくとても運動ができるように見えない。体格だけでいえば同世代どころではない差がある。カルナの認識では、彼女はとてもおとなしく、内向的な少女だった。一応は子供たちの輪の中にはいるものの、自発的な行動は何もしない。輪のぎりぎり端っこにいつも彼女は居た。他の誰かさんみたいに拒絶するわけではなく、普通に喋り、笑みも浮かべる。――ただ、カルナにはその笑みの裏に何か言いようのない不自然さが感じられて、気味が悪かった。

 「で、どうなったんだよ」

 「それが……今もう終わるところなんですが、姐さんが来る直前にサリャがそれこそ反則と言われても仕方がない奇策を弄してきまして……」

 「でも、ナルザが勝っちゃったよな? これ」

 ちょうど試合終了を知らせる笛の音が鳴り響いた。

 「はい」

 ……ちょっと小細工したぐらいじゃ、サリャでは奴には勝てないだろう。あの女は反則すぎる。どれだけの長所を持てば気が済むんだ。そしてサリャはそんな相手に何をしたんだ。本当に勝てると思ったのか?

 「もうちょっと前行くわ」

 でかい図体を捻じ込むように人混みを掻き分け無理やり前の方に進むと、ちょうどナルザが地面にぺたりと座り込んだサリャに手を差し出しているところだった。

 「立てるかい? まったく肝を冷やされたよ」

 そう優しく声をかけるナルザが、カルナは本当に気に食わなかった。勝者のみに許された余裕と、だが決してそれに奢らない謙虚さ。完璧過ぎる彼女が本当に苦手で、疎ましかった。

 「はい……」

 そう言ってサリャはナルザの手を掴んで立とうするも、足腰に力が入らないのか、なかなか立ち上がることができない。

 「そうか、とりあえず少しこのまま休もうか」

 「いえ……」

 ナルザの気遣いを余所にサリャは右手を差し出した。二画の刻印が刻まれた手の甲を。

 「約束ですから……」

 俯いたサリャの表情は見えない。だが、元よりか細い、消えてしまいそうな声はいっそうに活力を失っていた。ナルザは少し戸惑いながらも、意を決して彼女の小さな手を取った。

 「では、その印の一画、頂くよ」

 そう言ってナルザは目を閉じ、呼吸を整えた。

 …………。

 ――何も起きない。

 「手順はこれで合っているんですよね?」

 ナルザが問いかけた目線の先の女性は「おそらく……」と言って頷いた。

 (あー、あの人覚えてる。アルのおっさんの側妻の誰かだったかな)

 カルナのイル家はアル家と親交が深い。というか、そもそもカルナはアルトの従姉にあたる。ただし、カルナは小さい頃はその体質のため家からあまり出られず、成長してからは素行が荒れたために、家同士の交流の場にはほとんど顔を出していない。そんな彼女でもかろうじて顔を覚えていた人物だった。事情を知った上で様子見に来ていたのだろう。

 「なぁ、セラ、これどういうことだ? なんか間違っているのか?」

 「いえ、間違っているといいますか、おそらくは……」

 歯切れの悪い返事をするセラの顔は何だか険しくなっていた。――らしくない。

 「何だよはっきりしないな」

 「勝負に勝てば刻印を奪える、なんて最初から誰も言っていないということです」

 セラがそう言った直後、ナルザが動いた。片膝を地面につき、目線の高さを合わせてサリャに問いかけた。

 「そうか、君の心はまだ折れていないんだね」

 ナルザも何が起きているのかを察したようだった。

 (……あぁ、あたしにもわかったかもしれない)

 あの時、ハルキは確かこう言っていた。「手合いで勝利して相手を屈服させれば」とか何とか曖昧に。

 屈服――つまり相手に心の底から敗北を味合わせないと奪えない。――とかいうことか?

 ――なんかずるくね?

 負けを認めなければ取られないってことにならないか? 往生際が悪い奴ほど有利なんじゃねーの? そしてややこしいし、めんどくさいぞこの仕組。

 反応のないサリャにナルザは言葉を続けた。

 「なら今度は……奇をてらった慣れない細工なんて不要な、君が本当に、最も得意なことで勝負しよう。どうだい?」

 少し間を置いてからサリャが――普段小鳥の囀りより小さい声のサリャが、観客たちにもはっきりと聞こえるほど透き通るような声で答えた。

六花(むつか)でお願いします」

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