001
この本を読んでいるという事は、貴方は私が居ない時にやって来たお客様かな?
私が居る時にこの本を見せる事はないはずだから、きっとこれを手に取った時には私はもうそこにはいないのだろう。
恥かしい物ではないが、私がいるのであればこれを読まずとも私自身が語ればいいはずなのだから。
もうここにいないのであれば、私の家の物は好きに使って頂いてかまわない。
ここは街から離れた森の中にある小さな家なので、目に見える範囲にある光景がここにある全てと思って貰っていい。
私は魔術師を生業としているが、特段その内容を隠匿している訳ではないので、秘密の地下室などはないので変な期待はしないでほしい。
さて前置きはここまでとして。本題に向かう前に私について少しだけ語っていきたいと思う。
私の職は『魔術研究師』という職業に従事している。一般的に魔法使いと呼ばれる者になる。
魔法使いの中にそれぞれの能力を活かした者が、冒険者や奇術師、国防魔術師などという職に就く。
私が就いた職は、色々な魔術に係わる事象や現象等を研究するという……平たく言うと魔法の学者みたいなものだ。
成果を発表する場面が少ないので、実際には「ほぼ無職」に近かったりするが難点な所でもある。
『収入も得る事はなく、誰にも成果を見せる事もしていないものを仕事と名乗って良いのか?』
という話は哲学的な分野に足を踏み入れそうなので、ここでは触れないでおく。なので貴方も触れないでほしい。……悲しくなるから。
私の魔法使いの実力としては突出した力もなければ、苦手な分野は多少あるが全くできない種類も少ないという目立つ事のないものである。
魔術師の多くは自分の得意魔法を研磨し突出した力を得ようとするので、私のような魔法使いは珍しいかもしれない。
そんな魔法使いとして平平凡凡な私だが、この本で何を語りたいのかという事を初めに示しておきたいと思う。
先程述べたように魔法使いとしての実力もそこまでない、平均値としての魔術師である私が、ここでどのような暮らしをしているのか(またはしていたのか)、そういった日常風景を記録として残していきたいと考えている。
朝起きてから夜眠るまでの日常生活を書き留めるだけなので、私の研究していた魔術について簡単に触れることはあっても詳細などは一切でてこないし、私が魔術師として大魔法を使用して強い敵を倒す冒険活劇なんてものは一粒だって記載されていない。
それが目的だった方には、残念ながら本を閉じる事を推奨させていただく。
そもそも、私の主な研究は生活を少し豊かにする程度の地味な魔術だし、冒険者として生計を立てていた事なんて一度もないので、そのようなものを雄弁に語っている書物があれば他の著者の物語か、私の妄想話だと思われる。
なので、他の本棚を探してもそのような内容の書物は見つからないだろう。
私はこの森の中の家を建て、自身の研究した魔術を使いつつ、自給自足の生活をしている。
このような立地条件に客や行商が来る事は稀だし、もう私自身積極的に近くの街に行く事はないので、
食事など生活全般を私だけで行う必要がある。
そんな魔術が生活に密着した日常的な光景を、私の本から思い浮かべて何か貴方の糧になれば幸いと思う。