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西の小暮  作者: 事案可央瑠
4/4

決意

週初め。恐る恐る教室の扉を開くと、やはり教室は

シンと静まりかえって私に視線が集まった。

しばらく経つと皆が少しずつ口を開き始める。

懲りずに今日も来たのかよという声もあれば、

あそこまでくるとメンタル強いなんて声もある。

その話も少しすると終わって、昨日のテレビとか

普段の話に戻っていく。それを聞いてホッと胸を

なで下ろし席に着いた。いつも通りイヤホンを

つけて机に伏せた。朝のホームルームまでの時間、

机に突っ伏しても、実際に寝たことはない。

いつも音楽に耳をすませ、別世界に思いを馳せる。

その世界で私は、昔のようにちゃんと笑えている。

毎朝後ろの扉から先生が入ってきて私の机を優しく

2回叩く。それが朝のホームルームが始まる合図だ。

しかし今日はいつもより叩きが強く感じた。それに

2回で留まらなかった。体感だが時間も早く感じる。

体を起こすけど、先生はまだ来ていなかった。

じゃあ一体誰が?と思い、周りを見回すと、

笑顔でこちらを見ている人と目が合った。

「あ、起きた。おはよう!先生もう来るよ。」

挨拶をするのは何だか気恥ずかしくてお辞儀を

するだけにしておいた。

「…あ、ありがとうございます。」

西宮くんが笑ったところで先生が入ってきた。

少し驚いたようにこちらを見て、笑顔を見せた。

まるで良かったなとでも言うかのように。


 1日教室にいると、驚くほど周りが見えてくる。

一人一人の色が見えてくるようだった。だけど、

周りは私が見えていないかのように、この世界を

生きている。朝が過ぎれば皆私のことはただの

空気かのように見ているからだろうか。今日の

教室は何だか呼吸がしやすかった。六校時に

その変化に気付くなんて、私は遅れているのかも。

なんてそんなことを考えていると視線を感じた

気がして、ふと隣の席に視線を移した。

「…あの。」

「何か隣に人が居るって良いね。」

西宮くんが一言話すだけで後ろに夏の風が吹いた

のかと錯覚しそうなくらい爽やかな空気になる。

彼のおかげか、初日のどんよりとした景色と違う

景色に見えてくるほど世界は変わった気がする。

そう思いながら隣を見ると、授業中だと言うのに

西宮くんは机に伏せて爆睡している。

「じゃあー…次は西宮。ここ何になった?」

「…ふえ?!んー?」

西宮くんが寝ぼけ眼で教科書に目を移す。

先生が次第に不機嫌になっていくのが分かった。

「おい西宮。お前まさか寝てたんじゃねえよな。」

「え?いや、そんな訳ないっすよー?」

そう言いながらも西宮くんが焦り始めた。

この授業は、厳しい先生が担当だから寝ていたと

分かれば宿題を1人だけ倍増されてしまう制度だ。

「俺が次の問題終わるまで解き終わらなかったら

 アウトな。周り答えは教えるなよ。」

先生はそう釘を刺して、振り返り後ろの黒板に

次の問題を書き始めた。

「やべー…。」

西宮くんが凄く困った様子で呟いた。教えたと

バレれば皆の宿題が増える。だけど西宮くんには

私自身借りがあった。ノートごめんと思いながら、

腕を横にスライドさせる。案の定ノートはストンと

床に落ちた。西宮くんが賺さずに拾ってくれる。

自分も困っている状況で拾ってくれる西宮くんは

本当に人が良いと思う。渡すときに目が合って、

目配せをした。

「…え。」

「早く…。」

「おい、西宮!!出来たか?!」

「…で、できました!!」

西宮くんが少し申し訳なさそうに答えを言うと、

先生もさすがに気が付かなかったのか西宮くんを

座らせた。西宮くんは両手を合わせこちらに向ける。

ううんと首を振ると、西宮くんはノートを手渡して、

とびきりの笑顔で、

「ありがとう…!」

と言う。そこで授業の終了チャイムが鳴った。

号令がかかり、先生が教室を後にすると、一気に

空気が緩む。愚痴をこぼす生徒もいれば、バイトが

面倒だと話す生徒もいる。私のようにすぐに荷物を

整理しだす人もいた。

「小暮さん!本当にありがとう。超助かった。」

「別に…ただ落としただけだから。」

「でも、本当に何かお礼する!」

「本当に…大丈夫です。」

周りの注目を集めないようにそんなやりとりを

していると、西宮くんの友だちがロッカーに教材を

戻すついでに集まってきた。

「おい、一途。やめとけって。な?」

「いや…でも。」

「小暮さんはさ…ほら。」

「ん?」

「おい、ほらそこ!いつまでたまってんだ?

 挨拶すんぞー。」

いつの間にか教室にいたらしい先生の声で

そこにいた皆が自席へと戻っていく。

号令が終わるとすぐに鞄を持って歩き始めた。

「あ、ちょっと小暮さん!」

「本当に…!大丈夫だから。」

西宮くんの方は振り向かずそう言い教室を出る。

西宮くんも遅かれ早かれあの噂を聞くだろう。

そうすれば他の人と同じように私を嫌う。

それならば、下手に仲良くなるのは駄目だ。

深く関わってしまえば期待してしまうから。

この人はその話を聞いても私を信じてくれると。

頭を横に振りそんな期待を振りはらった。

「おい小暮?」

「…あ、はい。」

後ろから先生に呼び止められた。

「悪い、すっかり忘れてたんだけど、これ一途に

 渡しといて貰えるか?俺下校指導なんだよ。」

「…え、でも私…。」

「俺からって言えば分かるから。

 本当悪い!頼むわ。」

「…え。」

断ろうとしたときには先生はもう外に走っていた。

どうしようもないからと、仕方なく重たい足を

持ち上げて階段を上った。教室の扉の前で

立ち止まる。西宮くんと男女五人くらいが

話しているのが見えた。この中にどうやって

入れというのだろう。ロッカーに入れておけば

分かるだろうと西宮くんの番号を

探そうとしたとき、教室からの声で足が止まった。

「一途って小暮さんの話知らねえの?」

「ん?小暮さんの話?」

「だから進学コースにいたときの。」

「何それ。」

「…お前は疎いなあ!」

「小暮さんと言えばだよねー?」

「本当に知らねえの?小暮さんが先生襲った話。」

頭を打たれたみたいな痛みが全身に走った。

いつかは西宮くんも知るだろうとは思っていた。

でも、それがこんなにすぐだとは思わなかった。

私は熟々甘かった。聞きたくないのに足が

どうしても動かなかった。

「その一件のせいで進学コースにいられなくなって

 こっちに来たらしいよ。」

少しの間が空いて、西宮くんは突然笑い始めた。

「ふははっ!え?で、お前らはそれを信じてんの?」

「いや、そりゃあな。」

「あのさ、先生襲う子がリスク冒して俺に問題の

 答え教えると思う?態々女の子感のないような

 ペン選んで俺に貸してくれると思う?」

「それ、一途が狙われてるだけじゃね?」

「そうだよ!一途は人が良すぎるんだって!」

「俺は、それでも小暮さんを信じるよ。」

「もう、一途ー…。」

「とりあえず飲み物買ってきまーす。」

いきなりドアが開いて、教室から出てきた

西宮くんは慌てたようにドアを閉じた。

「…どっから聞いてた…?」

「…知らねえの?あたりから。」

「あっちゃー…。」

「これ、先生から。渡せば分かるって。」

「あ、ありがとう。」

「じゃあ、失礼します…。」

会釈をして、帰ろうとすると呼び止められた。

「ねえ、本当にそんなことしたの?」

足を止め、振り返らずに大きく首を横に振った。

「…だよね。なら、ちゃんと言わないと。」

「言っても無理だった…ずっと。」

「俺は信じるよ。そのとき信じなかった人達は

 小暮さんが勇気を持って出した声を信じない

 人だったかも知れないけど、あいつらはその時の

 人じゃないよ。もし駄目でも俺が信じるから。

 小暮さんの未来を変えられるのは、どうやっても

 小暮さんだけだよ?…では、俺は飲み物を

 買ってきます!」

「…。」

教室の中をそっと見る。皆が笑い合っている

この空間にどれだけ憧れてきたのだろう。後ろから

西宮くんの足音がして大きく深呼吸をする。

「西宮くん。私、自分の未来は自分で変えるから…

 だから…。」

そこまで言うと西宮くんは、またとびきりの笑顔で

微笑んで、私の背中をそっと押した。

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