表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
西の小暮  作者: 事案可央瑠
3/4

味方

休日の夜、母に果物があると呼ばれ、勉強を

していた手を止めて、リビングへと降りる。

食卓へ行くとお父さんが帰ってきていた。

「あー疲れた。」

「お疲れ様。ご飯温まったわよ。」

「ありがとう。夕陽(ゆうひ)は?」

「部活で疲れて寝ちゃったみたい。」

「部活昨日も大変だったらしいからな。

 寝かしといてやれ。さあ、いただきます。」

そう言ってお父さんがこちらを向いた。

「夕来。ただいま。」

「おかえり。休日出勤大変だね。」

「ああ。今プロジェクトが大変でな。」

「そっか。頑張って。」

「ありがとう。」

父の背中にいつもごめんねと呟き、私は

食卓の横にあるソファに座った。

高校一年生の夏から父は私と距離を開けてくれる。

あの日は驚くくらい一日中雨降っていた。

強い強い雨だった。



「今日も雨かー。グラウンド使えねえな。」

「夏大もうすぐなのにね。」

「本当にそうなんだよ。一戦目からなかなかの

 強豪校との試合なんだよ?」

「そして出谷は?」

「スタメンでーす。」

「やるじゃん。本当凄いよ。」

「だから絶対勝ちたいんだよ。俺を使ってくれる

 チームの皆のためにもさ。」

「格好良いー!」

「うるせ?」

そう笑う出谷を優しく小突きながら二人で笑って

雨が降りしきる通学路をいつも通り歩いていると、

私の携帯が鳴った。

『今日の放課後五時から頼めるか?』

「…またかあ。」

「もしかして先生?」

「あ、うん。」

「一回くらい断っても良いんじゃない?」

「そうだけど…私が頼んだからな…。」

「彼氏としても結構妬けるんですけど。」

と、私の顔を覗き込む出谷に胸をときめかされた。

「じゃあ、今日で終わりにして貰うね?」

「うん。」

『了解しました。』

とだけ返信して携帯をしまった。その様子を見て

出谷が私の手を握って歩き出す姿が可愛くて

仕方がなかった。

 

 放課後。もうすっかり雨は止み、水溜まりは

小さくなっていた。その様子を眺めつつ鞄に物を

詰めていると出谷が席まで来た。

「夕来ー?」

「ん?」

「今日雨止んで部活あるみたいでさ。」

「そうなんだ。」

「夕来は?結局手伝い行くの?」

「うん。」

「じゃあ今日は別で帰ろっか。」

「うん。部活頑張ってね。」

「ありがとう。帰ったら連絡するね?」

「うん!じゃあね。」

手を振って後皆と教室を後にする出谷を見送った。

「相変わらず仲良しだよねー。」

「泉!びっくりさせないでよ。」

「アツアツすぎて入れなかったの。」

「普通だよ?」

「どうかなー。ま、そんなことはさておき

 私今日バイトだから先帰るね?」

「あ、うん。バイト頑張ってね。」

「さんきゅー。また明日ね。」

「うん。ばいばーい!」

泉とも別れて一人、先生の待っているはずの

準備室へと向かった。準備室は他のどの部屋よりも

暗い廊下の先にある。裏庭に面した廊下だからと

照明を減らしたため、午前中は日の光でこれでもか

というくらいに明るいものの、午後から夜に掛けて

寧ろ怖いくらいの暗さになるのだ。その廊下を

越えて、準備室に辿り着き、ノックをした。

「先生ー…いますか?」

そう声を掛けると先生が本棚から顔を出した。

「あ、入って良いぞ?」

「失礼します。」

この先生はまだ二六歳だ。なのに言語についても

文化についても詳しい。それだけでなく、気さくで

話しやすくて生徒人気も高い私が慕っている先生

だった。将来先生業にも興味があった私は、何か

教われないかと先生に尋ねては手伝いをしていた。

それが、ここ最近になってから私から頼む前に

先生に頼まれるようになって、尚かつ頻度が

今までの倍以上になるほど多くなった。

「えーっと、今日は何をすれば?」

「そこの資料をファイリングして欲しくて。」

「これ…ですか?」

「うん。」

「はー…い。」

それも最近では自分で出来そうな物ばかりだ。

「あの…先生。」

「ん?」

「お手伝い今日で最後でも良いでしょうか。」

「ん…どうした?」

「沢山学ぶことも出来ましたし、そろそろ

 勉強に本腰を入れようかと。」

「…そうか。ありがとな。」

「いえ、こちらこそありがとうございました。」

そう言って、お辞儀をしてファイリングを始める。

先生は教材をぱらぱらとめくりながら話し続けた。

「じゃあ学校での手伝いは最後ってことか。」

はい、と言いかけて手が止まった。

「学校での…?」

「合い鍵はいつ渡そうか。」

「え?」

「俺のこと好きなんでしょ?」

「え…?」

何が起きているのか理解が追いつかなかった。

「ねえ。だから手伝いなんか頼んだんだよね。」

そう言いながら先生が私の腕をガッと掴んだ。

冗談か。確か先生はアメリカンジョークとかの話が

好きだと話していたことがあった。

「先生何か勘違いしてますよー?」

笑いながら言おうとしたけど、顔が引き攣る。

そもそも掴まれた腕を振り払おうとしても全く

動かないのだ。

「先生…?離してください。私はただ先生として

 尊敬したから頼んだだけです。」

「今更何言ってんの。ズカズカ人の準備室まで

 来てたくせに。」

掴んだ腕を放さず先生はどんどん近付く。

「嫌だ…離してくださいっ…!」

「早く言いなよ。好きなんでしょ?ねえ。」

先生からはアルコールの匂いがした。思えば、

準備室に入ったときから匂いはしていた。

「嫌だっ…!」

全力で拒否したことが先生の逆鱗に触れた。

先生は明らかに怒ったように近くの机に私を押す。

悲鳴すら上がらないくらいの強さに、置いてあった

ライトが壁とぶつかり割れた。先生は怯まずに私に

覆い被さって動きを抑え込んだ。腕からメキメキと

嫌な音がする。割れたガラスが腕を傷付けている。

あまりの痛みに出血していることが分かった。

動きを封じても尚逃げようとする私に先生は怒り、

机を凄い強さで蹴った。

「ふざけんな…。」

怖い。身の危険を感じた。何されるか分からない。

でも、あまりの恐怖に声なんか出なかった。

もう終わりだと天を仰ぐと、準備室の扉が開いた。

「先生大丈夫?!凄い音したけど。」

廊下にも音が響いていたらしく女子生徒が

準備室にやって来た。先生はすぐに私から離れて

その女子生徒に返した。

「こいつに…こいつに襲われそうになった!」

「え、今別の先生呼んでくる!」

すぐに他の先生が駆けつけてきた。先生が準備室を

後にしてから私は職員室に案内された。

「あなたが襲った側ではないことは一目瞭然よ。

 先生はお酒を飲んでた。怖かったでしょう。」

「…はい。」

「でも…。」

噂はもう既に広がっていると先生は告げた。

無理もないだろう。信憑性がまるでなくても、

先生が言えば信じる生徒もそりゃあ多いはずだ。

「あなたを必ず守るし、サポートするから。」

 それからはまるで悪夢だった。教室に入れば

静まり、口を開けば視線が集まる。今まで普通に

あった優しさはまるでなかった。だけど。

「夕来、帰ろう。」

その一件以来男の人が怖くなった私でも、出谷とは

普通に話せたし、一緒にいて安心できた。

何事もなかったかのように振る舞ってくれる出谷が

大好きだった。

「もうすぐ桜だねー…。」

「うん。」

少し暗くなってしまった私を元気付けようと、

私の手を出谷が握ろうとしたとき、急にあの

出来事が頭を支配した。

「嫌だ…っ!」

出谷の手を思い切り振りはらってしまった。

「あ…。ごめん…出谷。」

「夕来。俺達別れよっか。」

「え?」

「分かってるよ。怖かったんでしょう?だから、

 だからこそ俺は一緒にいて、夕来を元気に

 したかった。でも…今のままじゃ一緒にいても

 お互い辛いだけだよ。ごめん。俺じゃ夕来を

 救えない。」

「…。」

何も返せなかった。変えようとしてくれる出谷に

私は何を返した?怖いから繋げない。私はそんな

勝手な考えで側にいても私を傷付けると思わせる程

出谷を深く傷付けてしまった。普通に話せる?

安心できる?そうさせてくれたのは出谷なのに。

謝るのは私の方だ。このままじゃ皆を苦しめる。

 次の日から出谷とは挨拶以外交わさなくなった。

「夕来。お昼食べよ?」

「え、泉ー!こっちで食べよ?ね?」

「え…でもいつも夕来と食べてるし…。」

「泉に聞いて欲しい話あるの!ほら。」

「行ってらっしゃい。」

「…ごめん。」

それ以来泉とご飯を食べることもなくなった。

二人はきっと私を見る度に、自分を責めてしまう。

だから、私は進学コースから離れることを決めた。

いつかまた、二人と笑えるように今は辛くても

二人から離れようとそう決めた。



きっと皆、噂を信じてる。誰にも分かって

貰えないかも知れない。誰かに分かって欲しい。

信じて欲しいからそう思うと怖い。それでも、



「…俺と小暮ちゃんは同じ世界にちゃんといるよ。」

「またね!」



私にはこの言葉で十分だった。明日は何があろうと

最後まであの席にいようと決意した。私は日曜日の

夜を抜け出すために布団に入った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ