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西の小暮  作者: 事案可央瑠
1/4

一人

ネット社会と呼ばれる現代では、真実が嘘に、嘘も真実になります。これは、そんな世界で苦しむ女の子と、それを救うヒーローのような男の子のお話です。ただの恋愛小説としてではなく、この世界の主人公の女の子のような立場の人に手を差し伸べられるように、一つの情報で世界が変わってしまうことを知って頂けたら嬉しいです。そして、そんな世界から開き抜け出そうとする二人の格好良い姿勢に読み惚れて頂けたら光栄です。

広く長い道の両脇には、数え切れないほどの樹木が並ぶ。そこから淡く可愛らしいピンク色をした花びらがこれでもかというくらいに降り注ぐ。ひらひらと舞い降りてきたその花びらにそっと触れ、手のひらに置いた。そして優しく息を吹きかけると降り注ぐ他の花びらたちと混ざり飛んでいった。その様子を見ながら、小暮夕来(こぐれゆら)は過去に想いを馳せる。



 確か一年前のあの日。私は満面の笑みでここに立っていた。親友の(いずみ)と彼氏の出谷(いずや)と一緒にこの桜並木を三人で歩きながら他愛もない話をして。

「ここの桜あと二年見られるんだよ。幸せ。」

「夕来、桜好きだもんね。」

「うん。この学校選んだ理由の一つ。」

泉は明るく、誰とでもすぐに打ち解けられる性格で仲良くなるのに時間は掛からなかった。それに、言いたいことをなかなか言い出せない私のことをよく分かっていて、いつも助けてくれた。

「俺さ、来年も夕来とここ歩きます。」

「え、何急に。何の宣言?」

「進級して…来年も夕来と一緒にいる宣言…?」

出谷はとても優しくて誰よりも頼れて、ただ真っ直ぐに私のことだけを見てくれる人だった。何かあればすぐに気付いて出谷持ち前の温かい笑顔で私を包み込んで、助け、守ってくれた。

「おいおい、私無視すんなよ!」

「いや、泉もだけど!でも…ほら、その…ね?」

「それは…嬉しいです。」

「何これ本当何これ。来年彼氏と歩きますし。」

「泉にも絶対出来るよ。こんなに可愛いもん。」

「夕来ー!」



 背後で自転車のベルの音がして、過去の記憶から一気に現実に引き戻された。

「あ、すみません…。」

そう言いながら慌てて振り返ると、何人かいる男子のうちベルを鳴らした一人を見て胸が詰まった。

「あ…。」

相手も同じだったらしく、すぐに目を反らされる。

「出谷なした?」

「…いや、何でもない!」

その人は何も無かったかのように私の横を通り過ぎて、少し前で彼を待っていた友人たちの集団に追いついた。その背中が見えなくなるまで私はただその様子を見つめることしか出来なかった。


 少し歩いて学校に着いた。改装したばかりでピカピカの玄関に入る。間違えていないか少し不安になりながら、去年までとは違う玄関に行き、去年までとは全然違う靴箱に靴を入れる。靴箱を閉じて辿々しい足取りで三階までを階段で上がる。教室の扉に手を掛けて、深呼吸をする。この扉を開けた先への怖さが一気に募る。でも、開けなければ変われない。目を開けて、一息に扉を開いた。さっきまで騒がしかった教室が途端に静まりかえる。その異様な空気に思わず足が竦む。震える手を押さえながら少しずつ前へ進むと黒板には『自由席早い者勝ち』と書かれていた。目立たないように迷わず窓際の一番後ろの席に座ると、前の席に鞄を置いていた女子生徒がすぐに鞄を避けて席を移動した。それが合図だったかのように、教室にさっきまでの喧騒が戻る。

「ねえ、あれって…。」

「小暮さん…だよね?怖いんだけど…。」

「ていうか進学コースじゃなかったの?」

「ほんとそれ…。」

「教師相手にって相当飢えてたんだね…

 同じクラスとか最悪じゃん…。」

ヒソヒソとそんな言葉が聞こえて足が竦む。続きを聞くのが怖くて、イヤホンを付けて顔を伏せた。自分の周りの環境を変えればどうにかなるかもしれないと思った。何度も何度も否定したけれど、それでも本当のことは伝わらなかった。私はあと二年この場所で耐えなければならない。楽しみだった桜もあと二年あるのかと思うと怖くなった。


 しばらくすると、肩をトントンと叩かれた。顔を上げると先生が顔を覗き込んだ。知らぬ間に教室が人でいっぱいになっていたらしい。

「小暮、大丈夫か?」

その言葉に頷くことしか出来なかった。先生もそれ以上深くは聞かずに頷いて歩き出す。

「ほらー、席着け。ホームルーム始めるぞ。」

ざわざわしながらも生徒が席に着く。最後に入ってきた男子生徒は、私の隣か前の席の二つの空いている席を見比べて、少し悩んだ挙げ句私の前の席に渋々腰掛けた。どうやら隣の席の人は今日休みらしい。全員が座るとすぐに先生が口を開いた。

「はい、このクラスの担任やることになりました。

 若滝です。とりあえず面倒臭くない、楽しい

 クラスでよろしくなー!赤点は取るなよ?」

「よ!気だるげティーチャー!」

「若くん格好良いー。」

若滝(わかたき)先生は、適当な部分もあるけれど、困ったときは親身になってくれるノリも良い先生で男女問わず人気が高いようだ。しばらくその話題で持ちきりになれば自分には注目が集まらない、と安心しているとどこからともなく声が聞こえてきた。

「…若くんが狙われないと良いけどね。」

その声と共に何人かの視線が刺さる。一瞬で教室の空気が凍るのが分かった。全体が静まりかえる。

「今の誰。…出鼻くじく発言してんじゃねえ。」

先生の低く冷たい声が教室中に響く。私に向けられたたった一言で、教室中の空気が変わってしまった。やはり間違えたかもしれない。ここへ来れば、環境が変われば。そんなのは甘えなのかもしれない。零れそうになる涙を堪え、保健室へ行くため席を立とうとしたところで、教室の扉が突然開いた。

「はぁ…はぁ…これはもしや…セーフ?」

「これがセーフだと思う?一途。」

「え、もしかして先生が担任…?」

「正解。」

「…アウトじゃん。」

「うん、元々アウトだけどね。」

テンポ良く先生と会話する男子生徒。

「一途くんと若滝先生部活で仲良かったもんね。」

「うん!…はあ、癒される…。」

前辺りの女子の会話からしてどうやら人気の組み合わせらしく、重苦しかった教室の空気が一気に良くなった感じがする。

「とりあえずお前放課後体育館。」

「え?!俺退部したんですけど…!」

「はい席着けー…。」

「えー…?」

文句を垂れながらもその人は周りの挨拶に気さくに返事をする。

「おはよう一途。寝坊?」

「おはよう!そう、器用にアラーム止めてた。」

「アホすぎ。」

「本当な?でも寧ろ凄くない?俺。」

そう言いながら明るく笑うその人から何故か目が離せなくなる。ついつい目で追ってしまう。ふわっとした茶色の髪の毛に円らでまん丸の大きな目、優しく持ち上がった口角、ブレザーから顔を覗かせるフード付きのオレンジに近い黄色のパーカー。それらはどれもが彼を引き立てる。その人は、たった一つだけ空いている私の隣の席を見て口を開いた。

「一番後ろ空いてるじゃん。超ラッキー!」

まさかの言葉に一瞬固まってしまった。喜びながら勢いよく隣の席に座った彼と目が合った。

「あ、おはよう!」

「…!」

びっくりして思わず目を反らしてしまった。きっと彼は私の噂を知らない。だから、こんなにも普通に挨拶をする。一応彼の方へ振り向くと、もう既に別の人と盛り上がっていた。結局私と彼は住む世界が違う。私が打ち解けられる人では無い。


 ホームルームが終わり、先生が教室を出ていくと皆友達同士、或いは新たな人と友達になるために各々集まり始めた。その姿を遠めに見ながら外を眺めていると隣から声が聞こえる。

「お隣さん。」

逆隣だろうと無視すると、背中を突かれた。

「おーい、お隣さん?」

「え…。」

私…?とジェスチャーすると彼は笑顔で頷く。

「いきなりで申し訳ないんだけどシャーペン

 貸してくれない?今日ダッシュで家出たから

 筆箱忘れちゃった。」

可哀想だなと思い、自分の筆箱の中を探す。花柄、ストライプ、ボーダー…そしてようやく無地のシャープペンを見つけた。彼の方へそれを差し出すと、可愛らしい笑顔でお礼を言われた。

「ありがとう!今日一日お借りします。あ、俺ね

 西宮一途(にしみやいちと)。」

西宮くんは私のプリントを覗き込んだ。

「小暮…夕来で良いのかな?」

久しぶりに学校で呼ばれた自分の名前が何故だかやけに嬉しくなって思わず大きく頷く。

「小暮ちゃんあんまり見かけたこと無いかも。

 去年何組だった?」

どうせいつかバレることは分かっているけれど、答えたく無い。俯き頭を悩ませているうちに、西宮くんの周りに人が集まる。

「おい、一途辞めとけって…。」

「ん?何が?」

「小暮さんは…ちょっと。」

「え、なんで?」

このままあること無いこと言われてしまったらもう二度とここに戻れない気がして、勢いのままに自ら言葉を発した。

「西、宮くん…。」

「あ、名前覚えてくれた!」

「私と…関わらない方が良いと思う。

 私と西宮くんは住む世界が違うの。」

「え…?」

そのまま振り返ることは無く教室を出る。せっかくこの場所で、分け隔て無く打ち解けてくれそうな人がいたのに。優しく温かく接してくれる人がいたのに。私はそんな人とも親しくなれない。

「…っ。」

教室をでた途端堪えていた涙が堰を切ってもう

止められないくらいに溢れ出した。

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