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8話「神殿にて」

 共同生活四日目、旅の準備は想定よりも順調だった。

 必要な物が手に入りやすい環境だった事もあるが、何よりも子供達が非常に優秀だった。


 おかげで食料面の問題はほぼ解決したと言って良い。

 後は熟成・天日干しが完了するのを待つばかりとなっている。

 それが終われば出発できるだろう。

 このペースなら三日後の朝といったところか。


 その為、今日は全員で足りない道具の作成をする事になった。

 アキムとシオンは竹細工、フィーニアとノーラは長足袋の手伝いに回ってもらう。

 リーンも今日は体調がいいらしく、手伝いを買って出ていた。


 身に着けるものは早く体に馴染ませておきたいので、長足袋が完成した人は順次着用していった。

 草鞋の時はみんな靴擦れが酷かったからな……。


 俺は昨日に引き続き背負い籠を二個完成させ、最後の背負子を作り始めた。

 隣ではアキムとシオンが、のこぎりで竹と格闘している。


「飲み口の方を少し余裕を持たせて斬るんだったよな」

「うん、僕のはこんな感じ」


 彼らが今作っているのは竹筒の水筒だ。

 上下の節を残して輪切りにするだけの簡単なものだが、非常に実用的だ。

 そして、最後にリーンが肩掛け用の麻紐を水筒に結んでいく。


「できた……、パパできたっ……」


 そう言って小走りに水筒を届けに来るカワイイ生き物がいる。

 

「おおっ、リーンも上手いなぁ!」

「うん……」


 その愛くるしさに思わず頭を撫でてしまった。

 ――――だが、そろそろパパは勘弁してくれっ。


 そうして、日が傾き始めた頃には全てが完成した。

 これで必要な装備は一式揃った事になる。

 俺達の最終的な旅装束はこんな感じだ。


 年長組み四人は貫頭衣、草鞋、長足袋、背負い籠、ボロ布(寝具)、水筒、竹の杖。


 当日はこれに食料が加わる事になる。

 ハンナとリーンは怪我や体調を考え、背負い籠は免除となっている。

 俺はもともとの装備に加え背負子を身に着けることになる。

 リーンの体調が悪くなったらそこに座らせて運んでやる為だ。


 その日の作業が終わった所で、俺は明日の予定について口にした。


「明日はみんなで弁当を持って山菜取りに出かけるぞ」


ちょっとした行楽を提示された為か、このところ塞ぎがちだったフィーニアも表情が和らいだ様だ。


「そういうのも楽しそうですね。ここに来てからずっと忙しかったですし」


 みんな笑顔は絶えなかったが、それでも確かに働きづめだった。

 山菜取りだから、休養と言うわけには行かないが、気分転換にはなるだろう。


「まぁ、それだけじゃなく旅の予行演習でもあるけどな。装備の慣らしにもなるし、不具合があったり、やり忘れがないか実際に試して確認するんだ」

「あ……、そうですね」


 何だろう、フィーニアの顔がまた少し曇った気がした。

 純粋な行楽じゃなくてガッカリさせてしまったのだろうか。


 そして、その日の残りは自由時間となった。




 都合三十段。遺跡の北端に位置する階段を登上ると、夕日に照らされた建築群を見下ろした。

 

 俺はフィーニアを連れて神殿に来ていた。

 遮るものの無い秋風に吹かれ、裾を気にしながらフィーニアが呟く。


「下から見上げた時はそれ程でもって思ったけど、登ってみると高く感じますね」

「この眺め、ワクワクしないか?」

「私はちょっと怖いです」


 微妙に視点のずれた会話だった。


 俺はこの共同生活が始まってからも、合間を見つけては神殿に来ていた。

 遺跡を一望していると胸の奥から何かがこみ上げてくる感じがする。

 この数日の間に感じた物が、自分の中の何かを揺さぶり変えつつあることに戸惑い、こうして自分の原点を再確認しようとしていたのかもしれない。


「グラムさんはどうして探検家になったんですか?」


 作業に終われて余裕が無かったせいもある。

 一過性の関係と割り切り、彼らとの関わりを最小限にしようとたせいもある。

 だから、こういった踏み込む話題には触れない様に、触れられない様にしてきた。

 もっとも、彼女にしてみれば間を持たす為のちょっとした話題振りだったのかもしれないが。


「大体みんな笑うから。話したくないんだがな……」


 そう言って遺跡から視線を外すと、相変わらずフィーニアは晴れない表情をしていた。

 出会った頃ならはぐらかしたか、それともちゃらけただろうか。

 それなのに、今では彼女らに対しては素直に接しようという気持ちの方が強くなっていた。


「絵本なんだよ。竜の背に乗って世界を飛び回る探検家の話。あれが大人になっても、ずっと憧れのまま残っちまった」


 人に話すには少し恥ずかしい動機、だけどそれが真実なのだから仕方が無い。

 フィーニアは少し驚いた顔をして、予想通りに笑うのだった。


「フフフッ♪」

「やっぱお前も笑うか~、言うんじゃなかったな」


 まぁ、いつもの事だし、それに不思議と不快には感じなかった。


「ごめんなさい、でも馬鹿にした訳けじゃないですよ? 少しホッとしたら、つい……」

「ホッとした?」


 今度は彼女が視線を戻し、遺跡を見ながら語り出す。


「覚えてますか? 出会った時のグラムさん、すごく冷たかったです」

「む……、まぁ、そうだったかもな」

「そんな人の中にも夢を追い駆ける情熱があるんだなって。もっと計算で全てが成り立っている人なのかと思ってました」


 間違ってはいない、少なくとも今まで他人に対してはそうだった。

 だから、ここにフィーニアを誘ったのも、自分らしくないと思っている。

 少しでも気分を変えてやれたらと思ってしまったのだ。


「まぁ、絵本みたいに現実離れした出来事には出会えなかったけどな」


 さすがに、もう夢想する歳でもない。

 それでも関わっていく中で別の見方、別の楽しさに気づいたりもする。


「それでも、こうして遺跡を見ていると物語が浮かんでくるんだ。ここの人達はどんな暮らしをして、どうして誰も居なくなったんだろう、とかね。教授には『妄想は目を曇らせる』って怒られるんだけどな」


 白髪、髭面でメガネをかけた老人の説教面が思い出される。

 人付き合いの悪い自分にとっては珍しい、歳の離れた悪友だ。


「例えば、ここの遺跡って何だと思う? 集落跡? 軍事施設? それとも宗教施設?」

「宗教施設……ですか?」

「さぁ、俺にも分っかんねー」

「は?」


 うむっ、いい呆れ顔だ。

 俺は彼女に向けていた視線を外すと、神殿と思しき建造物の方へ歩き出す。

 フィーニアもそれに倣って付いて来た。


「もちろん想像は色々出来るよ、だけど俺の知識や調査では正解まではわからない」

「わからないのに、やっているんですか?」

「楽しいってのはもちろんあるけどな。じゃあ、どうやって正解に近づくのか……」


 神殿の入り口をくぐると、行く手を遮る様に壁が立ちはだかった。

 なんとも邪魔臭い構造だが、儀礼的・芸術的な物事に対して合理性を押し付けても野暮という物だ。

 俺はそこで足を止め話を続けた。


「例えば別の遺跡と比較してみる、歴史書と照らし合わせてみる」

「検証することが大切……ということですか?」

「そうだな。俺が持ち帰った調査記録が、他の誰かの研究の役に立ってより正確な情報に成って行く。そして洗練された情報が俺にも返ってくる」


 そこで話を区切りフィーニアの方へと振り返る。

 親指で壁に刻まれたレリーフを指差し、フィーニアの視線を促した。


「フィーニア、これ」


 指差されたレリーフには、四枚羽の竜と共に文字が刻まれていた。


「えっと……『賢明なる我が子等よ。汝が子を愛せよ、汝が友を愛せよ、汝が敵を愛せよ。憂節尽きねど、聖マウロンは共に在る。廉潔たる者よ、聖マウロンは汝をこそ誘わん』……ですか?」

「…………本当に、読めるんだな」

「セルシア語、ですね」


 苦も無く読み解くその様子に心底驚いた。

 それと同時に嬉しさ半分、悔しさ半分の気持ちが一気に押し寄せてくる。

 正直どちらの気持ちに従ったらいいのか自分でも分からず、頭を抱えてしゃがみこんでしまった。


「くっそー! もっと早くお前に合いたかったよ。俺も教授も『セルシア文字』の解読にどれだけ苦労したか……。それも、まだまだアタリをつけて予想する程度の手探りだぞ」

「ごめんなさい……」

「いや、フィーニアは悪くないから」


 でも、どうやら俺の中では嬉しい方が強かったらしい。

 俺は再び立ち上がり、レリーフの文字を眺める。


「だけど、これで俺の翻訳は正しかったんだと、確信が持てた。フィーニアのおかげだよ」

「いえ、ただ知っていただけなので」

「俺もそれと同じだよ。お前の知らない事を少しだけ知っていた、それだけの事だ」

「え?」


 会話の繋がりに違和感を感じフィーニアが不思議そうな顔を向けてくる。


「自分の出来る事で人を助けて、自分が出来ない事は助けてもらう。お互いに補い合うって事で良いんじゃないか?」


 自分語りから始まった遠回りな俺の意図。

 それを感じ取ったのか、フィーニアの表情がまた曇り、顔を伏せてしまう。


「頼り切るだけなのは……、きっとそれとは違います。ごめんなさい……」


 それだけ言うと、フィーニアは走り去ってしまった。

 残された俺はそれ以上言葉を続けられず、ただ見送る事しかできなかった。


「難しいな……」


 それまで人付き合いや話術というものを蔑ろにしてきた自分に少し後悔した。

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