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7話「備え」

 三日目の朝、この日は大仕事が待っていた。


 俺、アキム、シオンの目の前には骨折した馬が横たわっている。

 お察しの通り、肉の調達だ。


 子供達にはトラウマになりかねないが、馬の体躯を考えると、どうしても人手が欲しい。

 ここは堪えてもらうしかない。


 解体は水場で行う必要があるのだが、一トン越えの巨体を人力で動かすのは無理がある。

 となれば、水場へは馬自身の脚で歩いてもらうしかない。


 馬の水は昨日の昼から断たせた。

 今はさぞかし喉の渇きを覚えていることだろう。


 馬は俺の水桶に釣られて立ち上がると、三本の脚でヨロヨロと付いて来る。

 そのまま沢へ誘導すると川面に口をつけ喉を潤し始めた。

 しかし立っているのが辛かったらしく、直ぐに河原で寝転んでしまった。

 アキムが悲痛な顔で聞いてくる。


「グラム、ホントにやるの?」

「ああ、どちらにしろこの馬はもう助からないからな」


 軽い怪我ならばともかく、完全骨折ではもう見込みが無い。

 馬の体は四本の脚で支える事を前提としている為、脚が一本でも欠けると他の脚までダメになってしまう。

 そして寝たきりになると、床擦れが原因で感染症を引き起こしたり、様々な疾患にかかり易くなる。

 行き着く先は死を待つだけの苦痛の生涯だ。


「それなら、俺達の生きる糧になってもらう」


 アキムやシオンにとって愛着のある馬と言う訳ではない。

 だが、意図して命を奪う行為に抵抗を感じるのは仕方の無い事だ。

 俺はボロ布で馬の目を隠してやると、首元に鉈を振り下ろす。

 馬は驚いて暴れたが、上手く立ち上がることができず、間も無く絶命した。


「さぁ、急ぐぞ。時間が経つほど肉が劣化する!」


 冬には少し早い時期だが、刃を入れた馬の腹腔から湯気が立ち上った。

 膀胱と胃を縛り、内容物を漏らさぬよう慎重に、しかし手早く切り離す

 取り外した内臓は穴を掘って埋めるが、この作業はアキムとシオンに任せた。

 二人は竹竿を渡した竹籠を使い、膨大な量の内臓を分割しては、二人掛りで運搬した。


 切れ味の鈍ったダガーは、湯に浸けて脂を落としていく。

 一トンを越える大型馬から取れる肉は膨大だ。

 どうせ傷む前に食べきる事はできないので、雑菌の繁殖を警戒して折れた脚の肉は大きく処分しておく。


 肉は一度に運べそうなサイズに切り分けたら川に沈めてしまう。

 今の時期、川の水はかなり冷たい。

 これなら直ぐに肉の熱が取れるだろう。


 解体はアキムとシオンにとってこれが初めての体験。

 青い顔をしながらも頑張った二人だったが、ポツリと漏らした。


「俺、今日肉食えないかも……」

「僕も、無理……」

「腹が減れば、直ぐに食えるようになるさ」


 馬肉は燻製にする予定だが、今の環境で処理をしても長期保存は難しいだろう。

 旅に備えて栄養を蓄える為にも、折角の肉を無駄にしない為にも、今日からは馬肉の大盤振る舞いだ。


 男衆が解体処理している頃、フィーニアとノーラは米炊きに追われていた。

 炊く量が多すぎて俺の調理器具だけでは間に合わないので、使い捨ての竹製飯盒を大量に導入した。


「こんなに炊いちゃって大丈夫なの? 食べきれないよ?」

「炊いたお米を洗って、天日干しにするんですって」


 『糒』――――保存可能期間二十年という驚きのお手軽保存食だ。


「ご飯の干物? おいしいの?」

「さぁ……。でも携帯食として持って行くから、沢山欲しいって言ってました」

「必要になったらその時に炊けばいいんじゃないの?」


 フィーニアも同様のことをグラムに言ったのだが、返ってきた答えはこうだ。

 帰路に給水できる場所はいくらかあるので、その都度米を炊くことはできる。

 しかし、何事も予定通りにいくとは限らない。

 事前にできる準備はしておくべきだ、と。


「ふぅ~ん。じゃ~、どんどん作ろうっ!」


 二人は宙吊りにした竹製のござに洗ったご飯を敷き詰め、こびり付いてしまわない様に適度に竹ベラで引っ繰り返す。

 しばらくすると馬肉が届き始めたので、子供達総出で塩揉みして下処理をしていった。


 俺が片づけを終えて戻ると、ノーラがいち早く気づいて出迎えてくれた。

 フィーニアの方もこっちを見たが、どうも表情が硬い。

 昨日のアレの影響か? ちょっと長引くかもしれないな……。


「あー! 父ちゃんお帰り! ご飯の干すの終わったよー!」


 ――――おっと、やっちまったな。

 みんなの視線が集まって気づいたらしい。


「あぁっと、今の無しっ! 『グラム』お帰り! ご飯干すの終わったよっ!!」


 照れ隠しにやり直した。耳が赤いぞノーラ。


「ただいま。まぁ、今はお前達の親代わりなのは確かだな。父ちゃんにもっと甘えてもいいぞ?」

「もー、忘れてよっ! それより、お肉焼くよ、食べるでしょ?」


 昼食は特大の馬肉ステーキだ。

 調味料は塩しかないのだが、ほんのりと香り付けされていて美味かった。

 森でハーブを見つけたらしく、肉とを一緒に炒めたのだそうだ。

 ちなみにアキムとシオンは「おにぎりだけでいい」と馬肉を遠慮していた。


「あ~あ……、小麦粉とか石釜があればな~。アタシ結構色々作れるんだよ?焼肉しかできないのはちょっと悔しい」

「ここに落ち着くのなら石釜を作ってもいいんだけどな、あと臼も必要になるか」

「なら、みんなでココに住んじゃう? アタシ、今の生活楽しいよ?」

「そうだな、楽しいのは俺も一緒だが、さすがに冬を乗り切るのは難しいな」


 秋も終わりに近づき、寒い日も増えてきた。

 今の子供達の格好では厳しくなってくる気温だろう。

 だが服を何とかしようにも、生地も毛皮も無いのだ。

 それを準備する時間も手段も今の俺達には無い。

 食料の備蓄も間に合わないだろう。

 結局、俺達が取れる選択肢は、冬になる前にここを抜け出し、人里に降りるしかないのだ。


「もー、『父ちゃん』なんでしょ? 頑張ってみてよ!」


 と、ニカッと歯を出して笑ってみせた。


「大変なわがまま娘を持ったもんだ、父ちゃん辛いわ」

「にししっ♪ でも『父ちゃん』て呼ぶのはやめとくね」

「おう」

「分かんないけどさ……、そう呼んじゃうといつか後悔するかもしれないもん」


 そう言うノーラの耳が少し赤い。


「ホントありがとねっ、アタシ達を助けてくれて。グラムには感謝してる!」


 そう言って向けてくれる笑顔が、俺にとっても掛け替えの無い贈り物だった。

 この生活を始めてから気づかされる事が、どれだけ沢山あったことか……。


「だから、グラムっ! いつか私のパン、食べさせてあげるねっ!」

「ああ、楽しみにしてるよ」


 俺の父ちゃん生活は早くも終わりを迎えたが、ノーラの『とーちゃん』誤爆事件を切欠に、リーンにパパと呼ばれる様になってしまったのだった。

 お願い、パパはやめてっ!


 昼食が終わった後は、それぞれの作業に移っていった。


 シオンは「竹を取ってきます!」と、なんだか妙に張り切っていた。

 ノーラは畑から野生化した野菜が無いか探してみたいと言ったので、護衛もかねてアキムに同行してもらった。

 ハンナは昨日頼んだ長足袋の試作品を作っている。


 俺は今日も竹細工職人だ。

 フィーニアには何を頼もうか迷っていたら、黙々と籾摺りをしていた。

 そういえば、今日の糒で米を全部炊いてしまったから、やらないと今晩のお米が無いな。


 そして、今日も皆が職務を全うし、夕食の時間となった。


 その日の食事は、それまでと大きく変わった点がある。

 一つは馬肉が大量に手に入った事で、みんな腹いっぱい食べられるようになった事。

 もう一つは、秋野菜の炒め物が加わった事だ。

 田んぼも畑も人の手が離れて久しいが、それでも一部が強かに生き延びていたのだ。

 野菜は野生化した物なので貧弱ではあるが、それでも栄養バランスが随分と改善された。

 偉いぞノーラ! 偉いぞアキム!


 だが、彼らの保護者役の身としては、二人が帰ってきた状況を思い出すと、何とかしなければと思うのだった。

 なにせ、二人は採れた野菜を服に乗せて、大はしゃぎで帰ってきたのだ。

 つまり、それは昨日のフィーニアと同じ丸出し状態だったわけで。

 いや、当人達が気にしないのなら別にいいのだが……。


「背負い籠、早く作らないとな……」


 そして、この日の最後の成果発表はハンナの長足袋となった。

 爪先の開いた筒状で、足からひざ下までを包む足袋と、太腿から膝下までを覆う部分の二つに分かれた形状で、どちらも紐で縛って止める構造になっている。

 幌に使われていた麻布なので非常に丈夫だ。

 長足袋は防寒も兼ねているが、主目的は草や枝で脚を切らないようにする為だ。

 草や枝で怪我しても単一の傷なら問題無いが、長期間の旅路となると何度も何度も傷を負うことになる。

 そうなると体力的にも精神的にも疲労が加速してしまう。

 傷からばい菌が入っても厄介だ。

 試作品が良い出来だったので、みんなの分も作ってもらう事になった。


 ちなみにこの日の俺の竹細工は、背負い籠が二個完成した。

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