5話「新しい日常」
「器用ね――、コレ草で作ったの?」
「グラムに教えてもらったのっ」
翌朝目覚めると、草鞋を履いたハンナが、ノーラの周りを楽しげに跳ね回っていた。
ノーラに同感だ。何せハンナは一度手本を見せただけでコツを掴んでしまうのだ。
子供の力故に緩い所はあったが、仕上げだけ手伝えば問題無い出来になった。
おかげで昨晩の内に人数分の草鞋が完成してしまった。
「私も草で靴が作れるなんて知りませんでした」
フィーニアも素直に感心したようだ。
履物といえば革製、それがこの辺りの国の常識。
子供達は藁で編んだ履物を物珍しそうに見ている。
みんなの驚きと賞賛が少々こそばゆい……。
「ま、まぁ、探検家には必要な物を現地調達する能力も求められるからな」
この履物は以前出会った極東の商人から教わった知識だ。
興味を持った事は何でも聞いておくものだな。
どこで何が役に立つか分からない。
「そうそう、みんなも履き慣らしておいてくれよ。最初は靴擦れするぞ」
「はい、はい! 履き方はね! ここの紐を~、ここに通して~……」
ハンナが得意気に教えている。なんとも微笑ましい光景だ。
みんなが履き終わった頃を見計らって、俺はハンナを呼び寄せる。
「ハンナおいでっ。少し背中を見せてくれ」
「あいっ!」
小動物の様にテテテッと向かってくると、俺の胡坐の上にちょこんと座った。
ポカーンと見つめる視線が俺達に集まっているのが分かる。
一晩で一体何が起きたのかと。
「ふっ、愛だよ!」
と、親指を立てて答えておく。
……少し照れ隠しが入ってるなと、内心自分でも苦笑したが。
ハンナの傷は薄っすらとカサブタになっていた。
概ね順調だが赤く腫れジュクジュクとした部分もある。
膿が出た所だけは、もう一度洗浄した方がよさそうだ。
「痛いだろうけど、後で微温湯で綺麗にしような」
「うぅ~……、うん……」
痛いのは嫌だけど、悪い事をされる訳じゃないと少しは信頼してくれているようだ。
リーンの方も体調を診たが、昨日より少し熱が高い。
今日はボロ布を毛布代わりにして寝ていてもらおう。
ハンナはその付き添いかな。
軽めの朝食を終えた後、それぞれ自分に与えられた作業へと向かった。
ハンナの変化に釣られたのか、昨日よりも子供達との距離が近く感じる。
いい傾向だとは思うのだが、俺としては少し戸惑う部分でもあった。
生水にあたると厄介なので、ノーラには湯冷ましを頼んだ。
お湯をどんどん沸かし、陶器の壷に溜めていってもらう。
ついでに塩のろ過もお願いしておいた。
水に溶かして布で破片やゴミを濾しとり、上澄みを煮詰めて再結晶化させる手順だ。
シオンには鉈を渡し、昨日と同様に馬の世話を。
それが終わったら俺のところに来るように伝えておいた。
アキムは穀物の収穫と、備蓄の一部を脱穀。
フィーニアはアキムのサポートだ。
俺は水汲みのついでに陶器の鉢を運び、馬に水遣りをしておく。
昨日世話できなかった為に喉が渇いていたらしく、すごい勢いで水を飲んでいた。
樽を水で満たし終えた後は、藁灰から簡単な洗剤を作ることにした。
巻きスカートだけではさすがにハンナも寒いだろう。
完成した灰汁を大きな壷に入れて水で希釈し、ハンナの貫頭衣を浸す。
よく馴染ませ、棒で汚れを叩き出したらしっかり水で濯いだ。
最後に絞り皺を取り去るべく、パン! と引き伸ばす。
そうしてハンナの服は嘗ての白さを取り戻し、背中の破れも綺麗に――とは程遠い、無骨な修復がされていた。
「……裁縫はフィーニアに頼めばよかったか。まぁ、見た目よりも機能だな」
これで服から雑菌が移る心配は減るだろう……。
「グラムさん、馬の餌やり終わりました」
涼やかで落ち着きのあるエンジェルボイスが耳に届いた。シオンだ。
真実を知っていても尚、女の子だと勘違いしそうになる。
「いいタイミングだな、次は竹薮へ行くぞ」
「竹も何かの道具にするんですか?」
「ああ、竹はいいぞ。発想次第で大抵の物は作れる。葉や皮は包みに、筍は食材にもなる、アク抜きが大変だけどな」
「無駄が無いですね」
「だろっ?」
遺跡の東側では、木々に混じって竹が群生していた。
長年放置されていた為か、太く育ったものが多い。
俺達は用途に合わせて、手ごろな物を伐採していく。
シオンは何かを始めると没入してしまうらしく、竹を切り始めてからは二人とも無言で作業に当たっていた。
カーン! ゴッ! カーン! ゴッ!
甲高い音と鈍い音が交互に響き渡る。
三本目の竹を切り終えた頃、一本目の竹で苦戦するシオンが、こちらを見ている事に気がついた。
「鉈の切れ味が悪いか?」
「そんな事は……無いと思います」
シオンは少し考え込む素振りを見せたが、結局自分の中で回答を得られなかったらしく、俺に答えを求めてきた。
「グラムさんはお強いんですか?」
「あん? さぁ、どうだろうな。人と腕比べなんてしないからな。それでも探検家やってりゃ獣や野盗と戦う場面に出くわす事もある。今生きてるって事はある程度強いんじゃないか?」
俺は鉈の背で肩を叩きながら、過去を振り返ってそう答えた。
シオンは目を丸くしたかと思うと噴出した。
――――失敬な!
「……クスッ、グラムさんなら『俺は最強だ』とか言うと思いました」
「まぁ確かに、茶目っ気を出す事はあるがな。だけど俺は夢想家じゃねーよ。目の前の現実を正確に見られない奴は早死にするからな」
帝都では定期的に武道大会が開かれており、腕試しがしたければ幾らでも機会は有る。
しかし、試合とはいえ怪我はするし、当たり所が悪ければ死にもする。
仕官を目指して挑戦する者は多いが、俺にとっては魅力の薄い景品だ。
結局、損得勘定した結果はいつも『割に合わない』となるのだ。
しかし、自分の歩む道は危険が多い事をよく理解しているので、荒事の鍛錬は愚直に続けている。
「突然どうした? 俺が守り抜けるか不安になったか?」
シオンは「ごめんなさい」と詫びると、自分の鉈を見ながら言葉を続けた。
「ただ、鉈の振り方一つとっても、僕は不甲斐ないなと思っただけです」
俺は子供達の過去にも、これからの人生にも、責任を持つ事はできない。
だから必要以上に踏み込む気は無いのだが……。
シオンは俺に話すことで自分を見つめられるとでも思ったのかだろうか。
「今回の事もそうですが、僕は両親が殺された時も、震える事しか出来ませんでした。あの時立ち向かったフィーニアさんを見た時も、こうしてグラムさんとの力の差を目にしても、なんだか自分が酷く惨めに感じてしまって……」
言葉遣いからして気になっていたが、シオンは大人振ろうとし過ぎだ。
「阿呆か、お前は」
「……ッ! アハハ、一刀両断ですね……」
シオンは苦笑いを浮かべ、何でもない風を装おうとしたが、目尻には水滴が光っていた。
「巷で噂の転生者でもなけりゃ、子供の内から何でも出来るはずないだろ。俺だってお前ぐらいの年にゃ何にも出来なかったよ」
言いながら、昨夜のフィーニアの寝顔が浮かんでくる。
「フィーニアだってそうだ、普段なら絶対に出来やしないさ。あの時、お前達がいたから奮い立てただけだ」
シオンは悲しそうに眉尻を下げ、黙って聞いている。
「今悔しいならそれでいいんだ。腐らずに、出来る奴の姿を目に焼き付けておけ。次に同じ目にあった時には出来るように準備を怠るな! それだけだ!」
「はい……」
シオンに俺の言葉が届いたかは分からない。
言われて直ぐ実感を持つなんてのは無理な話だ。
シオンが悩んでいる事は焦って変わる物ではない。
一年、二年と時間をかけて醸成し、そしてある時ふと身付いている事に気がつく、そんな物なのだ。
再び俺達の間に沈黙が訪れ、鉈が竹を打つ音だけが響き渡った。
シオンの奏でる音が、先ほどよりも力強く聞こえるのは、気のせいだろうか。