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4話「遺跡へ」

 やるべき事は山積している。


 水汲みから戻ったアキムと合流し、俺達は馬車の傍を離れることにした。

 俺はリーンを、フィーニアはハンナを抱え、一列になって藪を進んでいく。

 裸足のままでは怪我をするので、子供達の足はボロ布を巻いて保護した。

 悪路を歩くには心許ないが、そんなものでも無いよりはましだった。


 藪に入って五分程だろうか。

 頭上を覆っていた木々が姿を消した。

 だが、代わりに現れたのは高さ二メートルに迫る草むら。

 先端に黄色の小さな花を沢山の付けたセイタカアワダチソウだ。

 藪に比べれば掻き分けるだけで済むのは楽でいい。

 程なくして草むらも終わりを迎えると、大きく開けた空間にたどり着いた。


 そして俺達は今、石畳の上に立っている。


「うわ~……」


 誰とはなしに感嘆の声が上がった。

 みんな突然現れた予想外の光景に驚き、辺りを見渡している。

 俺は一人先行すると、クルリと振り返り芝居がかった挨拶をしてみせた。


「ようこそ我が王国へ!」


 荒れ果ててはいるが、荘厳な石造りの建築群がそこにあった。

 ここが探検家である俺の本来の目的地だ。


 枯れた噴水を中央に据えた広場があり、それを取り囲むように放射状に十件程の建物が並んでいる。

 遺跡の北端には、高さ七メートル程の台座が有り、その頂には神殿らしき豪奢な構造物が鎮座していた。

 建築物は全体的にセルシア様式に近いが、少し別の地域のものも混じっている感じがする。


「ここに……住んでるの……?」

「んな訳ないだろ、ここは仕事場だよ、仕・事・場」


 おどけたつもりだったが、額面通りに受け取られてしまった様だ。

 抱えていたリーンが胸元で聞くので答えてやった。


「仕事してたら、何か聞こえた気がしてな。そしたら、お前達を拾ったって訳だ」

「グラムの仕事って何なの?」


 今度は水桶を担いだまま辺りを見回すアキムだった


「遺跡を愛する探検家だ!」


 鼻先を親指でピッと弾くと、自分の胸元に親指をつきつけ胸を張ってやる。


「へぇ~……」


 余りにも淡白な反応でガックリしてしまった。

 これからしばらく苦楽を共にするのだ。

 少しでも場を盛り上げようと、大人の気遣いを見せたつもりだったが、盛大な空振りに終わってしまった様だ。

 反省して普通に接することにしよう。


「はぁ~、ココを当面、野営地として使う。持って来た荷物を建物の中に運び込むぞ~」


 気だるげにそう伝えると、それが意外だった様でフィーニアに聞き返された。


「当面の野営地……ですか?」

「そうだ、野営地だ。何か問題があったか?」

「いえ、街に向かわないんですか?」

「今直ぐにってことか? できるわけが無いだろ」


 どうやら自分達は既に街に向かって旅を始めたと勘違いしていたらしい。


「例えば、道中の飯はどうするんだ?」

「狩や採集で?」

「確実に手に入る場所を知っているのか?」

「知らないです……」

「街まで七日は掛かるが、一回も食料が手に入らなかったら?」

「………………」


 黙ってしまった……。何だか苛めた気分になってしまう。


「問題は飯だけじゃないが、飯だけを見ても今すぐ出発するのは無謀なんだ。分かってくれたか?」

「はい……」


 早く問題を解決したくて、焦ってしまったのだろう。

 フィーニアが責任感の強い娘だという事は、これまでのやり取りでよく分かったつもりだが、少し空回り気味かもしれない。


 気を取り直し、俺達は広場の南西の建物を拠点に決めた。

 そこは既に俺が野営で使っていた為、砂埃などの掃除は終えてある。

 全員入った上で荷物を置いてもまだまだ余裕のある大きな建物だった。


 建物の入り口は二箇所あり、南側の階段にリーンを座らせる。

 そしてリーンの隣に脱がせた貫頭衣を敷き、ハンナをうつぶせに寝かせてやった。

 麻酔粉の影響でそのまま眠りこけてしまったのだ。


「リーンは休憩な」

「ん……」

「それと、ハンナが寝返りを打たないように見ててくれ」


 リーンは小さな声で頷いた。

 荷物の運び込みが終わった所で、年長組みの四人と物資の確認をする。

 今回運び込んでいない物も、いずれ手に入る物としてリストに挙げていく。


 馬車から回収できた食材は干し肉三食分と、堅パン六食分、豆が一袋に容器の割れた塩。

 他には幌に使われていた麻布、毛布代わりのボロ布、麻紐の束、錆の浮いた鉈が二振り。

 あとは空樽が一つ、水汲み用の桶二個に天秤棒、以上だ。


 堅パンは保存が利くので帰路の為に取っておく。

 干し肉は悪くなる前に早めに食べてしまおう。

 塩は一度ろ過しないと危ないな。


 そして、これまでの遺跡調査で分かっている事も確認しておく。

 かなり疎らだが田んぼ跡で野性化した稲や麦が見つかった。

 東側の森では竹が自生していることを確認している。

 また、井戸も水路も枯れているため水汲みは必須だ。

 これはアキムが汲みに行った川の方が近いだろう。


「こんな所かな。これらを踏まえた上で必要なのは、まず生活基盤の確立だ」


 まともに生存できない環境では旅の準備などできる筈もない。

 これから大変な作業が待っているのだと、俺の言葉に四人が憂鬱な顔で頷く。

 だけど生きる為にはやらなければいけない、そんな覚悟も同時に持っていた。


「幸いな事に俺達にはこの遺跡がある。それを最大限活用する、そこで四人には……」


 俺は四人の顔を見渡し、少し溜めてから言葉を続けた。


「宝探しをしてもらう」

「「宝探し!?」」


 アキムとノーラが見事に食いついた!

 シオンも興味津々の様だが二人ほど表面には出してこない。


「焼物は使える状態の物が幾つか残ってたからな。他にも役に立ちそうなお宝があったら持ってきてくれ」


 そう伝えると、俺は四人に銀色の笛を手渡した。

 鳥の鳴き声に似せた音色が出るようになっている。

 一人で過ごした三日間は獣の襲撃など無かったが念のためだ。

 何かあれば一回、それが脅威になる物なら二回吹くように言い含めておいた。


「それじゃあ、みんな、出発ぁーつっ!!」

「「おー!!」」


 俺は子供達を見送ると、桶を抱えて水汲みに向かった。

 沢に出ると思ったよりも水量の多い川だった。川幅は五メートルぐらい。

 ちらほらと魚が見えたので、罠を作れば捕れるかもしれない。

 運んだ水を樽に注ぐと、河原から持ってきた石で錆の浮いた鉈を研いでやった。

 細かな研ぎ傷がついてしまったが、野良作業で使う分には問題ないだろう。


 研磨作業が終わった頃、子供達の戦利品報告が始まった。


「おー、思ったよりも沢山残っていたな」

「俺一番でかい壷もって来たぞ!」

「アタシお皿と~、壷と~、ちっちゃい壷!」

「僕もお皿です。重かったので置いてきたけど、大きな鉢もありましたよ」


 どうやらアキムとノーラは競争していたらしい。

 大きさと数、違った評価基準でお互いに自分の勝ちを主張している。

 シオンはどちらかというと、俺相手に成果を見せたがっている感じだった。

 一人静かにしていたフィーニアは、三人を見守りながら荷物持ちになっていたそうだ。


 結果は人数分の皿と、大小さまざまな壷が六点ほど集まった。

 中には細かい溝がびっしり刻まれた鉢も混ざっていた、どうやらすり鉢の様だ。

 大きな重い鉢とやらは、馬用の水桶にでも使うことにしよう。


 その後は食器洗いをフィーニアにまかせ、シオンには水汲みを代わってもらった。

 俺、アキム、ノーラの三人は、雑草の中に疎らに生えた稲や麦を収穫する。


「アキム、俺達七人で約二週間分の米が欲しいんだが、ココに生えてる分で足りると思うか?」

「意外と籾に実が入ってるね、麦と混ぜれば足りるかも」


 この辺りは農奴経験のあるアキムの方が詳しいだろう。

 アキムは稲を刈り取ると、稲藁を利用し器用に束にしてまとめていった。

 俺とノーラも見よう見まねで収穫していく。

 収穫作業は順調だったが、アキムは今後の懸念を漏らした。


「収穫するのはいいんだけどさ、脱穀と籾摺りが大変かも。千歯扱きなんて無いよね?」

「さすがに無いな、俺は一人分だったから素手と石でやったが……」


 全部素手でやることを想像したのか、アキムの顔がしかめっ面になった。

 俺も自分がやった行程を思い出してゲンナリした。

 脱穀はまだしも、籾摺りには尋常ではない時間が掛かってしまうのだ。

 何か代用できそうな物が無いか思案したが、作るしかなさそうだ。


「ん? そういえば陶器のすり鉢があったな、アレで籾摺りは行けるんじゃないか?」

「ちょっと時間掛かるけど、たぶん大丈夫だと思う」

「あと千歯扱きは無理だが、簡単な脱穀道具は作っておくよ」


 アキムはそんなの作れるんだ、と意外そうな顔を向けてきた。

 竹筒にY字の溝を刻み、そこに稲藁を挟み込んで籾を引き剥がす構造だ。

 大した物ではないが、素手よりは幾分楽だろう。


 空が赤く染まる頃、収穫できた藁を干して初日の収穫を終えた。

 俺とノーラは老人のように腰が曲がり、腰を叩いていたが、アキムは比較的平気そうだった。 慣れの違いか……。


 その日の作業を終えたみんなが広場に集まってきた。

 もうみんな腹ペコだろう……


 俺は懐から琥珀色の液体と銀色の粉が入った二層構造の小瓶を取り出した。

 かまどの薪を組み上げ、火打ち石の準備をしていたフィーニアがこちらに気づいた。


「それは?」


 俺は薪に液体をたらすと、もう一方の注ぎ口から銀色の粉を振りかける。

 ボッという音がして炎が点った。


「着火液。探検家の便利道具の一つだ」

「わぁ、これは楽ですね」


 可燃性の液体に、特殊な金属が触れると反応して発火する仕組みだ。

 結構な危険物なので、野放しでは放火やテロに使われる恐れもあり、入手するには資格が必要になる。

 俺は化学分野の専門家ではないが、帝都大学の嘱託という肩書きのお陰でこういう便利道具にありつけている。


 かまどに火が入ると夕食の準備が始まった。

 調理担当は『料理ができます』アピールをしたフィーニアだ。

 しかし食材が限定的過ぎて、できる事などほとんど無いのだが……。


 調理用具一式は俺の探検道具を提供したが、一人用なので少々小さい。

 調味料も手持ちのスパイスだけ、この人数では直ぐに尽きるだろう。

 そうして出来上がった本日の夕飯は、干し肉を軽く炙り、豆の水煮を添えたもの。

 主食はここで取れた麦と玄米のブレンド、という献立だ。

 豪勢とはいえないが、それでも腹をすかせた俺達にとっては十分なご馳走だった。


 共同生活初日ということで、環境の変化や慣れない作業に追われ、子供たちも既に限界だったのだろう。

 夕食を食べ終わると一人、また一人と寝息が増えていった……。


 子供たちを寝床へ運び終えた頃には帳が落ち、起きているのは俺、フィーニア、ハンナの三人だけとなっていた。

 ハンナは麻酔の影響で昼間寝てしまった為に目が冴えてしまったらしい。


「これから、どうするんですか?」


 ひざを抱え、獣よけに炊いた篝火を見つめながら、フィーニアが聞いてきた。

 俺は稲藁を縒りながらチラリと表情を伺う。

 忙しく動いている時は気にならなかったのだろうが、落ち着いてしまうとどうしても不安に支配されてしまう様だ。


 ハンナは俺の手元で加工されていく藁を、楽しげに見つめている。

 遊びの様に見えたのかもしれない。


「そうだな――、最善は、善良な旅人を捕まえて、馬車に便乗する事だが、さすがにそんな幸運は望めないだろう」


 道に見張りを立ててもいいのだが、仮に誰かが通りかかったとしても、件の野盗ぐらいであろう。

 意趣返しに奴等の馬を分捕るというのも有りかもしれないが、子供たちを抱えての戦闘など極力回避したい状況だ。


「そうなると俺が来た道を行く事になる。険しい道だがラフォーレを目指すよりは楽だろう。道中で野盗に出くわす心配もないしな。だが準備もなしに踏破出来る行程じゃないから、昼間言ったように当面は旅の準備に当てることになるな」

「…………」

「食糧の備蓄に携帯食、旅に必要な装備も作る必要がある。街に戻ってからの事は……、無事にたどり着いた後でも十分間に合うだろう」

「スー……、スー……」

「フィーニア?」


 視線を向けると、ひざを抱えた姿勢のまま寝息を立てていた。

 思い返してみれば一番疲労していたのはこの娘だろう。

 野盗の襲撃に合い、年長者として子供達を支え、その後は俺との契約を取り付けたのだ。


 精神的にぎりぎりのところで張り続けていたに違いない。

 出会ったばかりの俺を信用できた訳ではないだろうが、隷従契約のおかげで『年長者』という責任が俺へと移り、肩の荷が下りたのだろう。


 「とても十六とは思えんな……」


 重責から解放された寝顔は、あどけない少女のものだった。


「ねーねー! ソレ何!?」

「ん?」


 完成した藁細工を不思議そうに眺め、訪ねるハンナ。

 背中の傷に汚れた服が張り付くのを避ける為、ハンナはボロ布を巻きスカートのように履いている。


 「草鞋だ」

 「ワラジ?」

 「そう、草鞋。みんなの新しい靴だ」


 藁細工に興味を持ったハンナに手解きし、初日の夜は更けていった。

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