3話「初めの儀式」
隷従契約――――主の命令に絶対服従を強いる呪術契約だ。
俺はフィーニアの手引きに従い、その儀式を進めていく。
フィーニアは俺の前に進み出ると跪き、首元を差し出した。
俺はその首に巻かれた赤い首輪に親指を宛がう。
その上から彼女の両手が包み込むように添えられた。
俺達は改めて互いの誓約を確認し合い、教えられた決まり文句を唱える。
「約定に従い我グラム・アヴェインは命を下す者なり」
「約定に従い我フィーニア・インフェルトは命を賜ふ者なり」
「「己が魂に誓いここに隷従の契りと成さん!」」
二人の宣言が高らかに締め括られると、首輪は微かに発光した。
そして首輪は緩やかに赤から黒へと染まり、まるでフィーニアの肌の一部であるかの様に隙間無く密着した。
全てが終わった時、心臓を鷲掴みにされた様な締め付けを感じ、そしてソレはすぐに霧散した。
「――――――ッ! 初めてやったが、あまり気分の良い物ではないな」
「そう……ですね……」
フィーニアも同様の体験をしたのか、胸元を押さえて眉根を寄せていた。
契約を終え、俺は頭上を覆う木々を見上げると「ふぅ……」と張り詰めたモノを吐き出た。
気持ちを切り替えよう。
やると決めたのなら最善を尽くす。それも俺のモットーだ。
時間的な余裕は無い、段取りをしっかりと立てて動かなくては……
手を拱いていると状況はどんどん悪化してしまう。
ならばと、俺は皆の前に立ち、最優先で行うべき儀式を始めた。
「俺はグラム・アヴェインだ。お前達の安全が確保できるまでの間だが、よろしく頼む」
そう、自己紹介だ。
自己紹介など何の意味があるのかと言う者もいるだろう。
だが、そう侮っていい物でもない。
「おい」だの「お前」だのでは不便過ぎるし、何かと角が立つ。
名前はもちろん、得手不得手を知れば適材適所への配置も可能だ。
集団内の雰囲気が良くなれば作業効率も上がる。
これは関係の歯車を噛み合わせる上で、非常に効果的な行為なのだ。
まぁ、外野からは『薄情者』だとか『そもそも一回見捨てようとしたくせに!』とか、中々酷いぼやきが聞こえた気がしたが無視しておく事にする。
次に手を挙げたのはフィーニアだった。
背は百四十センチを少し上回る程度。
小振りな胸に、性毛の無い体。
誰が見ても彼女が成人だとは思うまい……。
若干痩せ気味だが、肉付きは健全な範囲だ。
「フィーニア・インフェルトです。みんなと出会ってからまだ二週間位だけど、それでも大切な家族、友達だと思っています。がんばって生き延びようね!」
若年組みは素直に共感しているが、年長組みはどこか浮かない顔をしている。
フィーニアを生贄にしてしまったと、負い目を感じているのだろう。
フィーニアの自己紹介が終わった所で、俺は金髪の少女を呼び寄せた。
「君の名前は?」
「ハンナ……・ノイエール……七歳」
突然呼ばれて驚いたのだろう、なるべく優しく微笑みかけたつもりだが、少女の目は不安げに泳いでいた。
「服を脱いで背中を出して」
ハンナは背中に裂傷のある少女だ。
俺は手当ての為に荷物から麻酔と大小二つの水筒を取り出す。
患部を見ると砂や埃が付着してしまっていた。
俺は手早く麻酔――――というよりも麻薬に近い成分の粉を患部に振り掛けていく。
本来は吸引や粘膜吸収により楽しむ嗜好品なのだが、鎮痛効果があるため医療機関でも麻酔として広く利用されている。
麻酔粉の甘い香りが周囲に立ち込めた。
「どうだ? 痛みが和らいできたか?」
「背中が暖かくなって……じわーっとして……フワフワーってしてきた」
患部の麻痺と覚醒状態の低下を確認すると、水筒の水をかけ清潔な布で傷口を洗浄して行く。
麻酔粉は中毒性があり、依存症になる可能性もある。
だが、こんな酩酊状態でもなければ傷口を擦る激痛で暴れてしまい、手当が困難になっていただろう。
傷口の洗浄が終わると、小さな水筒からアルコールを布に染み込ませる。
それで傷口周辺の消毒を行い処置を完了する。
あとは自然に乾燥させればいい。
着ていた服から雑菌が付かない様に、洗濯するのを忘れないようにしなくては。
酩酊状態でふらついていたので、フィーニアにハンナを抱っこしてもらった。
うっかり背中を汚したら処置が無駄になってしまう。
ハンナを手当てしている間も自己紹介は続いていた。
「俺はアキム、姓はないよ。俺のお袋も奴隷だからな」
南方の血が混じっているのだろう、褐色の肌をした少年がそう名乗った。
暗褐色の髪は性格を反映した様に元気にはね散らかしていた。
母親が隷属先の家で身ごもったらしく『奴隷の子は奴隷』という世襲を受けた形になったそうだ。
その為、農奴として働いていたが、隷従契約はしていないらしい。
歳は十一。背はフィーニアを僅かに上回る程度、手足が長く子供にしては筋肉の付きがいい。
ということで、アキムには沢の音を追って水汲みに出てもらった。
アキムの話を聞いて気がついたのだが、俺は首輪をしていれば漏れなく奴隷と言う認識だった。
だが、フィーニアの首輪は隷従契約を行った時に赤から黒へと変色した。
そして、他の子達の首輪は全て赤色。
どうやら契約済みかどうか色で分かるようになっていたらしい。
「次はアタシかな? アタシはノーラ・ルコット。 父ちゃんはパン職人だったんだけど生活が苦しくって。そしたら泣きながら謝らちゃってね。まーそんな感じっ」
そう言って明るく笑ってみせたのは、十一歳になったばかりの赤毛の少女。
百四十センチを僅かに下回る背丈だが発育が良く、既にフィーニアに勝る胸を誇らしく張ってみせた。
ジャムにする果実や、惣菜に使う山菜の収穫など、家事や仕事を手伝っていたそうだ。
食べられる物の見分けが付くのは助かる。
「僕はシオン・アズマヤ、東洋人の父と王国民の母のハーフ。十一歳です」
背はアキムよりやや小さい。
少し長めの真っ直ぐな黒髪、線が細く落ち着いた雰囲気のせいか、ともすれば女の子に見えてしまう。
だが、彼は大人顔負けの『立派な男の子』だった。
シオンには鉈を渡し、比較的柔らかそうな草を集めてもらっている。
これは馬に食べさせる為の物だ。
馬は脚が折れ、もはや役に立たないが今死なれては困るのだ。
馬は馬車との連結を解き、近くの木に繋いでおいた。
そして最後は。
「リーン……」
名前だろう。それだけ呟いた少女は、病的な痩せ方を指摘された銀髪の少女だ。
百十センチ位だろうか。身長だけなら六歳の平均に届きそうだが、横幅が無さ過ぎて実際の身長よりもひょろ長く見える。
彼女は相変わらず堪える様に咳をしていた。
以上、俺を含めた七名が生還を目指すメンバーである。