18話「過去と未来」
乗合馬車のタイミングが悪く、歩いた方が早いと判断した帰り道。
俺は道のど真ん中で寝ていたらしい。
目が覚めると、最近出会い便宜を図ってくれた老人が座っていた。
「バンク院長……」
「あ~、グラム君、じゃったかな? またお会いできて何よりじゃ」
俺は簡素だが清潔感の有るベッドに寝かされていた。
「色々ご紹介いただいただき、ありがとう御座いまし――――」
ベッドから体を起こし御礼を口にしようとして、別のものが口から噴き出た。
ビシャァァ――――――ッ
清潔な病院の床にどす黒い水溜りが出来た。
「ハァ……ハァ……」
「………………」
院長は動じる事もなく、無言でこちらを見ている。
看護師達も同様に手を止めることなく動き続けていた。
「え~、昨日の件、考えてもらえたかね?」
昨日の件……、院長室に呼びだされた時の会話を思い出す。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ん~、言い辛い話じゃが……」
そう傾注を促すと、俺の状態について言及してきた。
「まず君は今、いつ容態が急変しもおかしくない状態じゃ」
「は?」
重傷で体中に痛みはあるが命に関わる様な感覚はなく、語られた内容が突飛な物に感じられた。
「え~、君の矢傷は腎臓にまで到達しておった。腎臓というのはのぉ、血液を綺麗に掃除する大切な臓器で、大量の血液が集まる場所じゃ」
そんな事は俺も知識として知っていた。
そして人体の急所の一つである事も。
「ん~、それも単に刺さっただけでなく、酷く荒らされておった。つまりのぉ、医学的見地から見ると、病院にたどり着く前に失血死していなければ説明が付かんのじゃ」
もはや思い出したくもないが、あの男の笑い顔が目に浮かぶ。
つり橋で散々傷口を弄られた時か。
「このまま大量出血に至らねば外傷に関しては大丈夫なのじゃろう。医者としては経過を観察したい珍しい症例じゃがの」
「ということは、安静にしていれば大丈夫、という事でしょうか?」
「あ~、君の場合はもう一つ問題があってのぉ」
そう言うとバンク院長は机に金属片を置いた。
「摘出した矢じりじゃ」
薄汚れた矢じりは赤さびが浮いており、所々欠けてガタガタになっていた。
「ん~、一部が砕け、破片が体内に飛び散っておった。出来うる限り摘出と洗浄をしたが、全て取り切れたとは言えん。それに川に落ちたそうじゃな。川の水も綺麗に見えて菌がおる。現に君の傷口は腫れてしまっておる」
「つまり……、どういう状態ですか?」
バンク院長は一度俺の表情を確認すると続けた。
「む~、既に君の状態を現代の医学で判断して良いものか分からんのじゃが。可能性の話をするとじゃな、経過が悪く感染症を発症した場合、腐った血液が全身に回り体中の臓器が侵さてしまうのじゃ。我々も日々努力してはおるが、この症状が出た場合取れる手立てが無いのじゃ」
「………………」
「しかも、症状が確認されてからの進行は非常に早い。数時間で昏睡状態に陥り、そのまま目覚めないという事もあり得る。君の場合は特に腎臓が起点になる点で性質が悪い。知ってもらう事で後悔の無いようにと思っての」
「………………はい」
「薬は処方するが、正直なところ本人の免疫力次第じゃ」
探検家をやっている以上、死も覚悟していた。
だがやはり、医者に死ぬかもしれないと言われれば堪えるものだ。
「ん~、それでじゃな……、商売柄というのも変な話じゃが、子連れで来院した親が亡くなり、身寄の無くなった子供が路頭に迷うという事があるんじゃが」
そこで院長は俺の顔を覗き込むと、声を潜めて続けた
「こういう場合は子供を他の親族に預ける事を勧めておる。じゃが、あの子達は未契約の奴隷じゃろう? あの子達のその後を考えるなら、奴隷として売りに出してしまう方が幸せかもしれんと思うてな……」
なるほど、これが本題という訳か。
おそらく身寄りの無い子を奴隷として提供させる事で、奴隷商人からマージンを受け取っているのだろう。
「え~……リーン君じゃったかな、背中に矢を受けた子は体が弱過ぎて難しいかもしれんが、他の子達は商品になるじゃろう。必要なら、店を紹介してもよいが?」
そもそも俺達はそういう契約の元に行動を共にしたのだ。
それは他でもない、俺自身が初めに子供達に説明した事だ。
当初の予定通りに渡りをつければ、それで俺の仕事は終わる。
この老人の提案は契約完遂の役に立つ。渡りに船とは正にこの事だ。
胃がギシリと引き絞られるような感じがした。
合理的に捻じ伏せようとする自分を、心と体は見破っていた。
『嘘だ』と。
「よろしくお願いします。出来ればリーンが入れそうな保護施設も有れば助かります」
院長は俺の言葉を聞いて満足そうに頷くと、手元の紙に住所を書き出し俺に寄越した。
「あ~……そうそう、まだ宿を決めていないなら正面のを使いなさい。患者の家族用に使っておるのでな。ほれ紹介状じゃ」
「ありがとう御座います……」
受け取った用紙に目を落とすと、言葉にならない想いが渦巻く。
覚悟と準備だけはしておかなくては。
「一度掛け合ってみることにします、ありがとう御座いました」
「あ~、お大事に」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
そんなやり取りだった。
院長はこちらの返答を待ってくれている。
「はい、寺院にも商会にも話を通してきました」
「それは何よりじゃ」
朗らかな笑顔を向けてくる。
善意もあるのだろうが、それだけではないことも理解している。
「ん~……今の状態。自分でも把握していると思うがのぉ、次に寝たら目を覚まさない可能性もある。後悔せん様にな」
「はい……」
念の為、子供達を残して逝ってしまった場合には、それぞれの場所へ連れて行ってくれる様に頼んだ。
俺は強めの痛み止めを受け取ると、宿へと戻った。
宛がわれた部屋の前、ドア越しでも子供達の元気な声が聞こえてくる。
俺は沈んだ気持ちを悟られぬ様、手で表情をほぐすとドアを開けた。
「グラムさん、お帰りなさい」
「「お帰りー!」」
子供達が揃って出迎えてくれた。
「ああ、ただいま。ゆっくりして疲れは取れたか?」
「それが、実は……」
朝食の後、部屋で大人しくしていたのだが、部屋の中でゴロゴロしていても退屈だったらしく、みんなで街を見て回ったのだそうだ。
「俺は街って初めてだったからさ、こんなに人が居るってだけで、何かスゲーってなったよ」
「僕ら目立ってたみたいで、それはちょっと恥ずかしかったかも」
「アタシは街のパン屋が気になったなー、ウチはちっちゃいお店だったし。お金ないから買えなかったけど」
などなど、子供達の小探検の成果が次々と報告されていった。
「それから服屋の前を通ったんですよね」
「そーそー、暖かそうな服いっぱい売ってたね、アレがあったらみんなで遺跡戻っても冬越せるんじゃないかなって話してたの」
フィーニアとノーラの発言。女の子ならもっと着飾る話題になりそうなものだが、随分と実用面に偏っていた。
「今年の冬は無理でもさ、春になったら戻ってもいいんじゃない? 俺、田んぼ耕すよ」
「僕は竹細工教えて欲しいです、竹斬るの少し上手くなったんですよ」
「私も竹細工やる! 藁も裁縫も楽しかったけど、もっと色々作りたいなー」
アキムにシオンにハンナ。
彼らの話題も遺跡での生活に根付いたものになっていく。
「遺跡での生活は大変だったけど、楽しかったですね。リーンはどう?」
「ん……楽しかった……。またあのお家に行くの?」
喉もと過ぎれば何とやら、だろうか。
街に比べたらあんな何もない遺跡、ただただ不便なだけなのに。
それでも子供達にとっては楽かった思い出になっている事が、俺には嬉しかった。
「そうだな、またみんなで戻れたらいいな……ホントに……」
「次はさー、鍬持って行こうよっ」
「色々な物を作ったけど、金物は作れないですからね」
「私は布切るはさみが欲しいー」
遺跡生活の改善点に花が咲いてしまい、夜が更けていくのも忘れてしゃべり尽くしてしまった。
実現する可能性の無い未来の話に期待を膨らませて…………。