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17話「奴隷商人」

「……………………する?」

「俺は…………がいい」


 今朝は騒がしいな、遺跡でもこんな喧騒は聞いた事がなかった。

 子供達の声で微睡む意識が覚醒していく。


「アタシは絶対パン!!」

「あーん、もうっ! みんな静かに! まだ寝てる人がいます!!」


 フィーニア、お前の声が一番大きい……。

 どうやら朝食の意見で対立しているようだ。


 だるい……。ゆっくり寝たというのに、全然疲れが取れていない。

 まぁしかし、こんな騒がしい朝も悪くない。

 そんな寝覚めの幸福感が『胃』を締め付ける…………。


「ほら、もぉー。グラムさん起きちゃったじゃない!」

「グラム! おっはよー!」

「おう! おはよう!」

「グラム~、俺もう腹ぺこぺこ。病院で寝たら夜飯食べ逃して朝だもんな~」

「僕も一食損しちゃった気分だよ」


 みんなの腹の虫が輪唱している。

 当人達には辛い状況だろうが、思わず笑ってしまった。


「受付の奥に食堂があるからみんなで行ってきな、金は前払いしてあるから安心して食べて大丈夫だぞ。フィーニア、任せてもいいか?」

「はーい。あっ、こらっ! 他のお客さんもいるんだから行儀良くね!」

「「はーい!」」


 思わず鼻から息が漏れる。

 嵐だなこれは。俺も準備して向かうおう。


 部屋の隅に置いた荷物から、ガーゼと包帯を取り出そうと立ち上がる。

 だが眩暈がして膝を付いてしまった。


 きっと疲労が抜け切っていないせいだと思い、手早くガーゼを替えていく。

 古いガーゼをゴミ箱に捨てようとして、黒く粘り気の有る液体がこびり付いているのが目についた。


 『言い辛い話じゃが……』

 

 そう口を開いた院長の顔が脳裏に蘇る。

 忌々しげにガーゼを握りつぶすとゴミ箱に叩き込んだ。


「まだ決まった訳じゃない……」


 俺は上着を羽織ると、食堂に向かった。


「あ、グラムさん、ここです!」


 フィーニアが手を振って俺を呼ぶ。

 まぁ、そんな事をしなくとも、一目で分かる状態だったのだが。

 奴隷の子供が六人並んで食事を取っている光景は、周りからかなり浮いていた。

 客が隣の席を避けて空席になっているので、余計と目立ってしまう。


「グラム、美味いよこれ!」

「このパンならアタシ勝てるかも……」

「しっかり食べておけよ、ちゃんとした食事は久しぶりなんだから」


 そう言って食堂に一歩踏み出すと、溶けたチーズや新鮮な肉汁の香りが俺の鼻を刺激してきた。


 その瞬間、胃がその中身を逆流させようと蠢く。

 咄嗟に口を押さえ、入り口近くの共用便所に駆け込んだ。

 胃の中のものを全て吐き終えると、ようやく体が落ち着きを取り戻す。


「グラムさん、大丈夫ですか?」


 フィーニアが入り口の前から声をかけてくる

 体調の変化は一時的な不調かもしれない、明日になったらきっと……。


 それでも頭の冷静な部分が答えを返してくる。

 何であれ、可能性に備えて準備しておくしかないと。

 おれは便所を出ると、心配そうに見上げるフィーニアに声をかけた。


「すまん、ちょっと用事が出来た。お前達は今日部屋で休んでいてくれ。まだ疲れも取れていないだろう」

「それを言うなら、グラムさんが一番休まないといけないんですよ? もう一度病院に行きますか?」

「大丈夫だ、昨日見てもらったばかりだろ」

「でも、顔色が……」


 それでもしつこく食い下がるフィーニアに苛立ちを感じてしまう。


「いいから! お前達は部屋で――――っ!」


 これでは『命令』になる。そう思い慌てて言葉を飲み込んだ。

 つり橋で聞いた絶叫が、耳の奥で再び聞こえた気がした。

 もうこの娘には命令などしたくない。


「悪い、仕事の話だ。日にちをずらせないんだよ、分かってくれ」


 それでも引き止めたそうにしているフィーニアだったが、そこから先は従ってくれた。


「本当はみんなの服とか、身の回りの物とか、揃えに行きたかったんだが……」

「いいえ、そこましてもらう訳には……。気をつけて行ってきてください」

「ああ……」


 宿屋前の停留所から乗合馬車に乗り、院長から聞いた店に向かう。

 街を南北に貫く中央通り沿いにその店はあった。


 自分には縁遠い物だったので意識した事は無かったが、その堂々たる佇まいを見るに、リアンカスでは思った以上の市民権を得た商売の様だ。

 看板には堂々と『ガルディー隷人商会』なる文言が刻まれていた。

 中に入ろうとすると大柄のいかつい男に止められた。


「おっと、お客人。ここは会員制でしてね、一見さんはご遠慮いただいてるんですよ」


 身長二メートルはあろうかという筋骨たくましい大男。

 上品な執事服を着ているが、どう見ても補佐役というより門番だろう。

 だが、こちらも用があっての来店だ。

 はいそうですかと帰るわけにはいかない。


「ふむ、会員になる条件は?」

「金貨二十枚の保証金を準備していただく事になりやす。奴隷を落札された場合にはそちらを落札代金に当てさせていただきやす」


 明らかにそんな金持って無いだろうという顔で見てくる。

 もちろん無い! 手持ちの資金はリーンの寄付金で手一杯だ。


「色んな輩がいやしてね。以前は緩くやってたんですが、ストリップ代わりに見に来る阿呆や、背伸びして破産する馬鹿やら、そんな事では商会の品位も落ちるってもんです。分かりやすね?」


 もっともな話だ。何より競売所は国の認可を受けなければできない商売だ。

 リアンカスは中立の都市である為少々事情は変わるが、それでも上からの認可を得て公認という形で商売している。

 悪評が立てば認可取り消しだってあり得るだろう。


「もっとも、どなたかの紹介があれば別ですがね? そういう当ては御座いやすか?」


 男は微かにニヤついた顔はそのままだったが、引き下がろうとしない俺に多少は感じ取るものがあったのか、後ろ盾の確認をしてきた。


「『当て』になるかは分からないが、ここの話はバンク院――――――」

「おお――――っと、旦那様! それは、あまり大っぴらには……どうぞお通りください!」


 客人から旦那様に格上げされてしまった。

 あの院長、予想以上に黒い繋がりがあるのだろうか。

 まぁ、今の俺にとっては有りがたいので詮索はしないが。


 競売所へ入ると通路の左右に二人ずつ、豊満な肉体を極小のレースで隠した女性が出迎えた。

 生地のサイズもそうだが、透けているので衣服の体を全く成していなかった。


 どの女性も容姿端麗で見とれていると、その中の一人と目が合ってしまった。

 その女性は一礼すると一歩前に出て寄り添ってくる。


「本日の御用聞きを担当させていただきます、ミミルと申します」


 来店者一人ひとりに御側付きが割り当てられるのか。

 高級店の接客に圧倒されてしまう。


「本日の出品まで三十分ほどお待ちいただく事になります。宜しければお時間まで個室の方でご奉仕させていただきますが」


 そう言って豊満な胸を腕で持ち上げてアピールしてくる。

 こんな状態なのに本題を忘れて奉仕されたい気分になってしまう。

 それほど情欲を刺激される所作だった。


「すまない、今日は奴隷を売りたくて来たんだが」

「かしこまりました、では支配人室へご案内いたします」


 用件を伝えると扇情的な仕草を止め、秘書の様な上品な応対へと変わった。

 催し会場横の階段を上り、二階にある支配人室へと案内された。

 部屋に居たのは、こんな商売をしているとは思えない美丈夫な紳士だった。


「ようこそいらっしゃいました。当商会の支配人、ガルディー・ガングレアと申します」

「グラム・アヴェインです」


 貴族然とした実に優雅な挨拶だった。


「グラム様、本日は当商会にて奴隷を売却したいとの事ですが、肝心の商品の方は本日はお持ちでは御座いませんか?」

「申し訳ないが今日は現物を用意していない。契約や取引内容、商談相手として認めてもらえるかを確認しに来た」

「かしこまりました」

「売りたいのは七歳と十一歳の男女、男二人、女二人だ。男児の内一人は南方の血が入って褐色の肌。もう一方は極東の血が入っている。健康状態はバンク院長の診断書がここにある」

「拝見いたします」


 ガルディーは脚を組み背もたれに体を預けて診断書に目を通していく。

 客の前でとるには不適切な態度だが、余りにも様になりすぎていて不快に感じないのが驚きだ。


「バンク様が診断書を出している以上問題ないと思いますが、背中に傷の有る少女は少々値段が下がってしまうかもしれませんね」

「値段については気にしていない。購入者の人格を不問とはしたくないが、全て売り切る事を優先したい」

「それでしたら、問題なく裁けるかと思います」


 そして俺は最も重要な条件を提示する。


「それから、売主は売却される奴隷本人としたい。代金は売買成立時に当人に現金払いで」

「おや、それはまた……。なるほど、そのような形での対応も可能です」

「そうですか、良かった」


 これで売買が成立すれば契約完遂となるだろう。

 ほっと息を吐いて、柔らかなソファーに背中を沈める。

 ふと、傍に控えるミミルの首元に目が行った。


「隷従契約……」

「はい、私もお仕えする身ですので」


 ミミルは黒く染まった首輪に手を添え、嫌な顔をするでもなく答える。

 自分とフィーニアとの関係が脳裏をよぎり、聞かずにはいられなかった。


「その……、ミミルさんは不安ではないのですか? 突然命を奪われるかもしれないのに」


 ガルディーもミミルも俺の言った事の意味が分からないという様子だった。


「絶対服従、生殺与奪権の譲渡が隷従契約ですよね?」

「あぁ、なるほど。確かに昔はその様であったと聞き及んでおります」


 ガルディーがようやく合点がいったと答えてくれた。


「昔?」

「ええ、何でもセルシア王国の魔術契約が元になっていたとかで、使い魔の作成の為だったとか、何らかの呪術的効果を得る為の儀式だったとか言われています。それを奴隷を服従させる為に導入したのが始まりだったそうです」

「今は違うと?」

「ええ、もちろん。何しろ奴隷は大切な資産ですから。仮にこの場でミミル君が壷を割ってしまったとしましょう。そして本心ではないのに一時的な激高で『死んで詫びなさい!』と口走ってしまったとしたら? 誰にとっても不幸な結果になってしまいます」


 その例はまさしく俺達が置かれている状況そのものだ。


「ですので、第三者を介した契約内容の公正な判断を行い、時価に基づいた拘束力により縛る形式をとります。過度な強制力はなく奴隷には身体の自由が保障されています。もしも命を奪うような罰を下す時は口頭ではなく自らの手で首をはねる事になります」

「主の命令にある程度抵抗できるわけですか」

「ええ、もっとも抵抗し続けていたら隷従契約の縛りが厳しくなり、相応のペナルティが科されますが」


 ガルディーの説明が一通り終わったのを見計らうかのように、階下から木槌を打ち鳴らす音が聞こえる。

 どうやら会場では競りが始まったようだ。


「ちょうど落札された奴隷と隷従契約をする所ですね、ご覧になりますか?」


 そう言ってガルディーは支配人室の窓から階下に視線を促した。


 奴隷と購入者、そしてもう一人居る。

 奴隷が跪き、購入者が差し出す手を両手で恭しく受ける。

 そして三人目の人物が奴隷の背後から両手で首輪に手を添えた。


「債権に基づき私○○○は令を下す者なり」

「債務に基づき私△△△は令を拝する者なり」

「調停者□□□は本契約の公平性を保障する者なり」

「「「財貨の天秤に従い隷従の契りとなす!」」」


 口にした文言も俺達の時とは違う。

 これが本来の奴隷相手の隷従契約……。


 ――――なら俺たちが交わした契約は……。


「これで彼らの間には金銭に基づく隷従関係が生まれました。隷従契約以外にも法的な取り決めがございますが、返済さえすれば隷従関係を破棄できます。もちろん隷従契約ではなく、契約書による奴隷売買も可能ですが、今ではあまり一般的ではございませんね」


 これまでの話を聞く限り、俺がフィーニアに対して抱くような危険性を子供達が負う事は無いと分かったのは良い収穫だ。

 子供達の件とは別に俺にはもう一つ奴隷商人に聞きたい話題が有った。


「ちなみに、途中で隷従契約を破棄する事は可能ですか?」

「買戻しをせずに契約自体を無かった事にする事は不可能です。魂に刻まれる誓約ですのでそこまで縛りの緩い契約ではありません。もし相手を騙し不当に安価で買い戻すなどの詐欺を働いた場合には契約の反動により手痛い代償を払う事になるでしょう」


 どうやら俺とフィーニアの契約を解除する事は難しいようだ……。

 俺達にとっての『買戻し』に当たる条件が不明な事、そもそも契約の仕方が違う以上同様の手順で契約を解消できるのかさえ不明だ。


「また、当商会は会員制ですので、グラム様が危惧される様なお客様の手に渡る可能性は低いかと存じます」


 そもそも自分は選り好みできる状況ではない。

 もしかしたら彼の腹の中には別の算段もあるのかもしれない。

 だが、俺はこの支配人を信じてみたいと思った。


「わかりました、明日には結論を出して来ます」

「ええ、お待ちしています」

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