15話「年長者」
『私』が橋を渡り終えた時、炎に包まれ落ちていく彼の姿が目に焼きついた。
笑って手を振ったのが見えた。
「あぁぁぁぁぁぁっ!!!」
胸が引き裂かれる。
何もかも投げ出して私も谷に飛び込んでしまいたい。
頭が、心がそう叫んでも、彼の命令が体を投げ出す事を許してくれない。
うずくまり、自分の体を抱きしめる様に両腕に爪を立てる。
少しでも自分に罰を与えたかったのかもしれない。
引っかいた腕に血が滲んだ……。
「お姉ちゃん……」
「フィーニアさん」
自分を呼ぶ声が聞こえる。
何も出来ない私に期待しないで! 放って置いて!
そう吐き捨ててしまいそうだった。
堪えられたのが自分でも不思議だった。
『みんなを連れて逃げろ』
彼の言葉を思い出す……、託されたものを思い出す。
投げ出しそうになる心に鞭を打ち、ゆっくりと自分の家族を見渡す。
目に涙を浮かべ、不安そうに此方を見つめている。
みんな辛いはずなのに、私が一番子供みたいに泣きじゃくっている。
ううん……、多分これはみんなの気持ちとは少し違うものだ。
――――私はきっとグラムさんの事を……。
両手で思い切り自分の両頬を打ち据え、すくりと立ち上がる。
「ごめんね、もう大丈夫だから! みんな、行くよっ!」
「う……うん……」
元気の無い同意が聞こえる。
私はリーンを抱き上げ、再び街へ向けて一歩を踏み出す。
崖から見渡した時、街に繋がる道が見えた。先ずはそこに向かおう。
幸い街は川下だ。
もしグラムさんが生きているなら、街を目指すはず。
そんな確率がどれだけあるかなど考えない。
今はただ、心が挫けない為の理由が欲しかった。
焦りが知らず知らずの内に足を速めてしまう。
そして、みんなと距離が開いては慌てて立ち止まる。そんな事の繰り返し。
歩いていても、考えないようにしても、涙が止まらなかった。
それでも一歩、また一歩と踏みしめた足は、私達を街道へと導いてくれた。
道行く人達を見渡すと、歩行者は少なかった。
長距離移動の旅商が大半なのだろう。
たまに見かける歩行者も、薄汚い奴隷の一団には無関心を装った。
街はもう視界に入っている、だけど既に子供達は限界だった。
ハンナは朦朧としてフラついている。
年長組みも視線を落とし、ただ無心に重い足を引きずっている。
私自身もリーンを抱える腕が痺れてしまっている……。
一度立ち止まったら、もう歩き出せないだろう。
彼に付いて行けば大丈夫――――そう思わせてくれる背中はもう無い。
支えを無くした事で心労が疲労を加速させてしまっていた。
ドサッ――――
重いものが倒れる音が聞こえて慌てて振り返る。
最後尾でアキムに手を引かれていたノーラが、うつ伏せに倒れていた。
アキムも繋いでいたはずの手を見つめ、倒れているノーラと見比べるように視線を這わせるが、疲労の極地で頭の理解が追いついていない。
それを切欠にしてみんな座り込んでしまった。
「ダメッ! みんな立って!」
もう水も食料も無い。
こんな状態で立ち止まっても、回復するより衰弱の方が早い。
もう街は見えてるっていうのに、こんな目前で行き倒れるなんて。
地べたに座り込み虚ろな目をする子供達を見回す。
託されたのに……、こんなところで諦める訳には行かない。
私が何とかしなくちゃ!
「お願いします! 馬車に乗せてもらえませんか!?」
街道に向かい力の限り叫んだ。
声に気づき、一瞥する者も居たが直ぐに顔をしかめ通り過ぎていく。
当たり前だ、見るからに奴隷の一団。
しかも一人は背中に矢を受けている。
そんな者達に関わったらどんな面倒事に巻き込まれる事か。
『所有者はどうした?』『奴隷商人は?』『逃げ出して来たのか?』
『そんなものを拾ったらこっちが難癖つけられるじゃないか!』
誰も彼もがそんな顔でこちらを拒絶する。
「お願いします! 馬車に乗せてください! どなたかっ!」
世の中、同情を引くだけで何とかなるほど甘いものではない。
馬車が野盗に襲われたあの日、グラムさんですら見捨てようとしたのだ。
だから、私は私に残された、たった一つの価値を使うしか手がなかった。
――――本当はもう、他の誰かになんて渡したくないのに!
「リアンカスまで乗せてください! お礼は私の体で――――――」
「おおっと、いけない! それは既に売約済みですよ?」
――――――!!
聞き馴染んだ声が聞こえた。その瞬間、体が硬直する。
でもそんな事あるはずが無い。
「お困りの様ですね? ここはひとつ探検家の知恵などいかがですか?」
そう、彼ならこんな時、空気を読まずにこうやっておどけるのだ。
でも幻聴だったら? 幻聴でなかったとしても、別の誰かだったら?
振り返るのが怖い、期待を裏切られるのが怖い。
「お安くしておきますよ? って、御代はもう貰ってたか」
背後から子供達の喜ぶ声が聞こえる……
「グラムー!」
「うぁーん、良かったぁー」
彼だと分かっているのに、足がすくむ、顔を見られない。
今、直ぐ後ろに居ると、空気を通して体温を感じるのに……。
クシャっと髪を優しく撫でられ、そのまま後ろから抱き寄せられた。
「ただいま、フィーニア」
道行く人たちが振り返るのも気にせず、泣き出してしまった。