13話「出立」
「アキム――――――ッ!! 無事か――――!?」
警戒の合図を鳴らしたのは水汲みに出ていたアキムだ。
だが、警戒音を発した者が見つかり、殺されるという事も少なくない。
そういった事態をなるべく避ける為に、笛の音を鳥の鳴き声に偽装しているのだが、無事を確認するまで安心できない。
左脚を引きずりアキムの名を呼んでいると、沢側の藪がガサリと揺れた。
野盗の残党を警戒し、鉈を握り締め様子を見守る。
「グラム…………」
木陰から恐る恐る呼びかけてくる褐色の少年が居た。
怪我は……無さそうだ。
「無事だったか、もう出てきても大丈夫だぞ」
震える足で歩み出てきたが、俺の怪我を見て動転してしまった様で、慌てて肩を貸そうと走り寄ってきた。
そして、二人で遺跡まで戻ってきた所で、緊張の糸が解けてしまった。
「ん゛ぬ゛ぁぁぁ~~~~、疲゛れ゛だぁ~~!」
広場で大の字になって寝転ぶ。
死体もそのままの状況は、子供達の情操上良くないとは思うのだが、さすがに限界だった。
斬られた太腿は、幸い重要な血管を傷つけるには至っておらず、失血の心配はしなくてもよさそうだ。
小さな足音が沢山聞こえる。
「グラムさんっ!」
「グラム――!」
「パパッ!」
パパはそろそろやめてくれっ。
そう思いながらも、守り通せた者たちの声に心の底から安堵した。
痛みと疲労と恐怖が、少しずつ達成感と満足感へと置き換わっていく。
「よぉー、無事だったな! お前ら!」
ニカッと笑顔を向けると、みんなの顔から涙がこぼれた。
そんなに心配してくれたのか……。
俺を取り巻く泣き顔を見回し、黒髪の少年を見つけて目を留めた。
「あ~、シオン。 刃物は投げてはいけません。大変危険です!」
「うっ……うっく……すみません……」
「でも、助かったよ。お前は命の恩人だ」
そう言って嗚咽を漏らすシオンの頭を抱き寄せた。
「頑張ったな、今回は動けたじゃないか。でもあんまり無茶はするなよ」
「うん……はいっ……」
俺は褐色の少年に顔を向けると、手招きする。
「アキム! お前も良くやった! 一番の功労賞だぞ!」
「そんな……俺、何もできてねぇし……、隠れてただけだし……」
どこか納得できていないらしい、悔しそうに唇を噛んでいる。
「お前の笛が無ければ、奇襲されてみんな捕まっていたさ。俺だってきっと殺されていただろう。先手を打てたから、今こうしていられるんだ」
「でも、俺もシオンみたいに助けたかった……」
そして、シオンと同じくアキムも抱きしめた。
実際、この二人がいなければ俺は死んでいただろう。
守る立場の俺が守られてしまった事に、悔しくもあり嬉しくもある不思議な気持ちになってしまう。
ノーラとハンナは二人揃って後ろから抱き着いてくる。
リーンは手を後ろで組んでモジモジしている。本当に照れ屋さんだ。
――――ああ、これ幸せって奴だ。
残る一人、フィーニアは手をワサワサさせてこちらを見ている。
抱きつこうか迷っている様だ、年を重ねると感情に素直になれなくなるよな。
だが迷っているうちに何かに気づいてハッとする。
「みんなダメッ! グラムさん怪我してるんだから!」
その一言でみんな俺から離れてしまう。さらば至福の時間よ……
その後は俺に無理をさせない様にと、子供達が甲斐甲斐しく動き回ってくれた。
フィーニアは急いで俺の荷物を取りに行き、治療の準備を整えた。
俺は石段に腰掛け薬品を取り出し、縫合道具の煮沸が終わるのを待っている。
続いてフィーニアは、俺のズボンのベルトを外し、ファスナーを下ろ……
「フィーニアのエッチ」
「そっ、そういう冗談は状況を考えてください! それにグラムさん私の何度も見てるんですから、わ、私が見たってお相子ですよ!」
「見たいのか?」
「見っ~~~~!」
ペシッと頭を叩かれた。
辺りに麻酔粉の甘い香りが立ち込める。
最小限の使用に留めているので痛覚はそこそこ残っているが、生傷の耐えない仕事のせいで慣れてしまった。
大腿部の裂傷を縫合し、包帯を巻いたら完了だ。
斬られたズボンはハンナが直してくれた。『お返し』なのだそうだ。
その後、俺は指示を出す事に徹し、燻製作業の残りも子供達が済ませてくれた。
いつでも出発できる様に、荷造りも終わらせた。
「あの……本当に予定通り、明日出発するんですか? その脚で?」
「ああ、本当は今すぐにでも出発したいんだがな」
フィーニアは俺の傷を心配するが、そんなことは言っていられない。
野盗共を追い払いはしたが、既にこの場所は知られてしまった。
今日の内に再襲撃してくる可能性だってある。
だが、今からでは夜間に森を移動する事になり、下手すれば遭難する危険もある。
どちらかのリスクを取る必要があるなら、今日は休んで明日出発する方がいいだろう。
何かあれば起こすように伝え、俺は先に仮眠を取った。
夜半からは交代して夜通しの見張りだ。
この見張りの交代制は旅路でも同様に行っていく。
早朝、空が白み始めた頃に子供達を起こして回った。
初めて荷物を担いでの移動だ、どれだけのペースを出せるか分からない。
出発はなるべく早いほうがいいだろう。
既に炊き上がっていたご飯を、みんなで手分けして握り飯にしていく。
これは昼と夜の弁当にする予定だ。
そして、俺達は遺跡での最後の食事を済ませる。
昨日の襲撃や、これからの旅路に対する不安のせいだろう。
食事中、子供達の口数がいつもより少なかった。
全員、荷物を背負い最終確認を済ませると、俺に続いて歩き出す。
草むらを目前にして立ち止まり、朝日に照らし出さた遺跡を振り返る。
この特別な六日間の感傷が後ろ髪を引いてくる……。
俺に釣られる様に、みんな遺跡を振り返っていた。
みんなが思いを振り切るまで少し待ち、そして再び歩みだす。
「さぁ、行こう!」
目指す方角は北だ。だが、まず西へ向かって歩を進めた。
草むらを掻き分け、踏みしめて移動の痕跡を残しておく。
草むらを抜け藪に差し掛かったところで引き返し、途中から北上を開始した。
考え過ぎかもしれないが、野盗共が戻ってきた時に備えた偽装工作だ。
先日の予行演習で付いた足跡も偽装の役に立ってくれるだろう。
そうしてしばらく進むと、遺跡に来る時につけた目印が見つかり、無事帰還ルートに乗れたことを確認する。
7日分の荷物が重い、だが初日という事もあり皆顔つきは元気だ。
今後、荷物は徐々に減り負担は軽くなっていくが、反比例するように疲労が蓄積していく事になる。
旅程通りに進めればいいのだが……。
最初の野営地に到着したのは午後三時を回った辺りだった。
これは予想していたペースより大分早い。
皆の疲労の具合も確かめるが、まだ大丈夫という声まで返ってくる。
頼もしいものだ。
「余裕があっても今日はここまでだ。野営の準備もあるしな。無理をしたところで時間はそれ程変わらない。しっかり休養を取って体調を整える事、余裕を持つ事の方が大切だ」
そう子供達には言ったものの、俺は少し先行して帰路の藪を均して行く。
明日の準備もあるが、もう少し進んだところに給水できる場所があるのでそこまでの道を作っておく。
子供達には周辺で薪を集めてもらい、食事の準備に入ってもらった。
夕食は朝作った握り飯と、焼肉少々、大根の塩漬けとなった。
携帯食として持ってきた食材は日数分ぎりぎりしかない。
遺跡での山盛りの食事に比べると、腹八分目にも満たない量だった。
夕食後は昨日と同じ交代制で、アキム、シオン、フィーニアにはしばらく起きていてもらい、十時ごろには見張りを交代した。
移動初日で気持ちが張っていた為に疲労に鈍感になっていた様だが、各自むしろを敷きボロ布を羽織り横たわると、あっという間に眠りに落ちてしまった。
帰路二日目、この日は予行演習のときの反省を活かして二班に分かれた。
給水ポイントで炊事班に夕食の分まで準備してもらう間に、俺とアキムは先行して道を均して行く。
無駄に渋滞して全員で行動するよりも効率が良かったし、荷物を預けて身一つで藪漕ぎが出来たのは体力的にも楽だった。
適度に休憩しつつ、先行して均した道を進む事で、子供達の体力もかなり温存できた。
その後、三日目、四日目と順調に旅程を消化していったが、五日目にはリーンが嘔吐し、体調を崩してしまった。
やはりリーンの体には長旅が酷く堪えてしまう様だ。
五日目、六日目と俺は常時リーンを背負う事になったので、先導役を俺、アキム、シオンの三人で分担して行っていった。
そして、旅程最終日、遺跡を出て七日目の朝が訪れる――――