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12話「襲撃」

 今一度状況を確認する。


 野盗は七人、二頭立ての荷馬車が一台に、鞍をつけた馬が三頭

 構成的にも、奴隷を回収しに来たと見て間違いないだろう。


 だがまだ交戦になるとは限らない。俺は藪に潜み成り行きを見守る。

 子供達が道を戻ったと判断して、ここから立ち去るかもしれない。

 今は自分が呼び水にならぬよう、息を潜める事が一番だ。

 突然、野盗の一人が辺りを見回す。


「山火事っすかね、何か臭いやせんか?」


 薫煙が盛大に漏れ出ていたことを思い出し、焦燥感がこみ上げた。

 しかし、まだ子供達に脅威が迫ると確定したわけではない。

 そう言い聞かせて心を静める。

 だが願った希望はあっさりと裏切られた。


「御頭ー! こっちに何かが通った跡がありやすぜ! ひょっとしてコレですかね?」


 この六日間、毎日餌やりや水汲みで通った場所だ。

 道を通り過ぎるだけなら気を止めなかっただろうが、探す気になって見ればハッキリと分かる程度の獣道が出来てしまっていた。


「そこの二人、お前らは見張りだ。馬車を出せるようにしておけ」


 御頭はそう命じると残りを連れて獣道へと向かって来る。

 俺は出来うる限り音を立てない様に先回りする。

 見張りの二名はとりあえず無視だ、戦力が分断されるならありがたい。


 俺は藪から草むらに切り替わる辺りで陣取り野盗共を待ち構えた。

 獣道を来るのは五人、まずは奇襲で人数を減らす! 

 手持ちの矢は全部で四本。

 右手に矢を二本取り、その内の一本を番えてタイミングを待つ。


 四人……五人……。


 全員が通り過ぎるのを待ち……、息を吐きながら矢筈を開放する!

 弦音が響き、弧を描くことなく一直線に最後尾の男に矢が迫る。

 命中確認を待たず、続け様に番えた矢を放つ!


 第一矢は無警戒だった最後尾の男の首を射貫く。

 幅広な鏃が首を水平に薙ぎ、傷口から血がしぶいた。

 続く第二矢は、振り返る四番目の男の左目を穿ち、脳幹まで抉る。


「ぐぎゃぁぁっ!!」


 男は突然の激痛に苦悶の声を上げ崩れ落ちる。

 俺は急いで三本目を番えるが既に遅い!

 絶叫を聞いた三人は身をかがめて草むらに飛び込んだ。


 当てずっぽうにでも射掛けるか?

 そんな刹那の迷いが生じたが、無駄と切り捨てた。

 それよりも遺跡に向かう方がいい。


 俺は弓と矢をその場に放り出し、音を立てることも気にせず、草むらを突っ切って行く!

 野盗共に先行されている以上、隠密行動などと悠長な事を言っていては遺跡が制圧されてしまう。

 他に協力者がいるならいざ知らず、たった一人では人質をとられたらお手上げだ。


 ガサガサッ――――――!!


 右方向から草擦れの音!

 身長を越える程の雑草のせいで姿が認識できない!

 攻撃の軌道が分からない以上手は一つ。

 俺は左側に飛退くように身を投げ出し、雑草をなぎ倒しながら地面を転がる。

 間一髪! 男の繰り出した袈裟斬りが空を切る。


 転がった勢いのまま体をひねりこみ男に向き直る。

 右手には鉈を真っ直ぐ正眼に、左手には逆手でダガーを持ち、格闘技の様に小さく構える。


 周囲を警戒するが、他に近づく音は聞こえない。

 こいつを足止めに使って先に行ったか!?


 男の獲物は刃渡り九十センチほどの直剣、ロングソードだ。

 此方の鉈は刃渡り四十センチ、間合いの面では圧倒的に不利だ。

 しかし、この環境では俺に分が有る。

 

 さすがは野盗というべきか、荒事にはなれているらしく、打ち込みは中々鋭い

 だが、たかが草とはいえ剣を振れば腕に絡み、太刀筋を邪魔する

 俺は己の体を抱く様に小さく構え、後ろへ後ろへと身をかわす事に専念した。

 一向に届かぬ剣に、手足に纏わり付く茎に、男は苛立ちを募らせていく。

 一気に間合いをつめて、決着をつけようと上段に振りかぶった所でこちらも勝負に出る!


 振り下ろされる剣の腹を、回し受けのごとく鉈で切り払って軌道を逸らすと、半身になって懐に体をねじ込んだ。

 そのままの勢いにまかせ、左手のダガーで男の両目を横薙ぎにする!


「ギャァァァ!」


 男は叫び声を上げ、剣を手放し顔を抑えようとするが、返す俺の鉈の方が早い。

 頚椎ごと断ち切り、男の首が宙を舞った。

 これで三人!


 再度の奇襲を警戒しつつ、一気に草むらを駆け抜ける。

 視界が開けると、そこに男が二人!

 内一人は……こちらに向けて弓を構えている!?


 ヤバイッ!


 視認すると同時に、反射的に仰け反る様にして転倒した。

 回避などとは口が避けてもいえない無様な姿だが、矢は胸元をかすめ草むらに消えた。

 避けられたのは幸運だったに過ぎない。

 だが幸運もそこまでだった、体勢が悪すぎる。

 間髪入れず男は間合いをつめ、剣を振りかぶる!


 「くそっ!!」


 せめて一矢! そう思いダガーを投げつけるが、いとも容易く避けられる。

 死を覚悟したその瞬間、上空から陽光を反射して飛来する金属片が見えた。


 ガイーンッッ――――!


 そんな音を立てて、俺の顔の横に研ぎ跡だらけの鉈が落下する!


「うっおぉっ!!?」


 危ねぇっ! などと考えている暇はない!

 体をひねって転がり、同時に男の右太腿を切り払って距離をとる。

 怯まず追撃に出た男を賞賛するべきだろうか。


 男は頭を押さえながら片手で横薙ぎに一線する。

 俺は立ち上がりかけの低い姿勢から、さらに体を低くして剣の下にもぐりこみ、残る左足の脛に鉈を叩き込む。

 ベキィッ! という骨を割る音が聞こえ男の足が砕け、仰向けに倒れた。


 両足を負傷した男は既に無力化されたも同然だが、咄嗟に頭ほど有る石塊を拾い上げ、男の顔めがけて投げつけた。


 ゴシャッ!


 石塊と石畳に挟まれて、男の後頭部から血花が咲いた。

 

 何が起きたのか分からず、荒くなった息を整えながら、素早く視線を走らせる

 正面、十メートル程の位置に御頭が見える。

 奴はこちらに体を向けたまま、視線を右に向けている。

 俺も釣られるようにそちらに視線を向けると、何かを投げた様な格好で、息を荒げ震えるシオンが見えた。

 どうやらシオンの投げた鉈が、俺に止めを刺そうした男の頭部に直撃した様だ。

 刃は当たらなかった様だが、その衝撃で男は一瞬意識を手放したのだ。


 助かったのだが、刃物を投げるなんて危ない事を叱るべきだろうか。

 などと場違いな事を考えてしまった。


 この場における敵はあと一人、他の男達よりも少し細身な御頭と呼ばれた男だ

 その御頭は俺を見据え、同時に周りを警戒している。

 他にも伏兵がいる可能性を考えているのだろう。


 だがそれも僅かなことだった。

 大人の伏兵がいるなら子供が出るよりも先に仕掛けているだろう。

 伏兵の可能性を捨て、御頭は俺に意識を集中し問いかけてくる。


「お前は何だ?」


 ――――む? 対話の意思ありか?


「さぁな? 保護者かな?」

「ふん……」


 奴は今、何を計算をしているのだろうか。

 先手を打って仕掛けるべきか?

 などと、此方も出方を決めかねて思案する。


 シオンがまた何かやらかそうとしていたので「隠れていろ」と嗜めておいた。

 もし、飛び道具で狙われたら助けられる位置関係じゃない。


 俺は警戒を解かずに、予備のダガーを懐から取り出し左手に構える。

 ジリジリとすり足で間合いをつめていく。二人の間合いは今、約八メートル。

 改めて御頭は俺に問いかける。


「俺のところで働く気は――――」

「無い!」

「即答だな。ならば奴隷どもを俺に売れ。まとめて金貨三十、即金で金が入るんだ美味い話だろう?」

「はした金で売る馬鹿がどこにいる?」

「そうか……」


 そう言うと御頭は、細身の長剣を瞬きする間に抜き放った。

 背筋がチリチリとあわ立つ。

 抜刀と共に叩きつけてきた発気が、場の空気を一気に緊張させる。

 間合いは約五メートル、二人の間合いが交錯するまでもう少し。

 緊張と集中が、そのタイミングに向けて極限まで高まっていく


「なら、死ぬか?」

「はん! お断――――――――ぐぅっ!?」


 速いなんてもんじゃねぇ!

 五メートルはあった間合いを、一足で詰めて首元に切っ先を届かせやがった!


 とっさに鉈で軌道を逸らしたが、首筋に薄っすらと赤い線が刻まれた。

 俺が防御重視のスタイルでなければ、今の一撃で確実に取られていた。

 背中を汗が伝う……


 驚愕で出鼻をくじかれたせいもあるが、俺は下手に動けず、奴の動きに注視する事しか出来なかった。

 繰り出された突きとは正反対に、随分とゆっくり剣を引き戻していく。

 瞬きせず此方を見据えたまま剣を引く様は、此方の行動に合わせて、返し技を叩き込む気だったのかもしれない。


 そして、剣先は動きを止め、片手持ち中段の構えへと至る。

 どう見ても突き主体の構えだ。

 手の内を予測されようがお構い無しに捻じ伏せられる、そんな自信がありありと感じられた。


 奴はまるで此方の呼吸が整うのを待つかの様に一呼吸を置き、微かに口元を歪ませると再び剣戟が繰り出される。


 ギィィィィンッ!


 まるで一合打ち合っただけかのような金属音。

 しかし、一つに繋がった反響音は、都合三度の打ち合いにより生じた音だった。

 あまりの回転の速さに、二刀で捌く事に徹してなお一歩届かなかった。

 肩口や袖、幸い皮膚までは届かなかったが、奴の刀身は俺の衣服を切り裂いていった

 ――――野郎、嬉しそうに歯をむき出して笑いやがる!


「何が可笑しいんだてめぇ!」

「お前、死ななかったな。良いぞ、もう一度聞く、俺の下で働――――」

「断るっ!」


 コレだけの腕の奴がなぜ仕官しないのか。

 そう思ったが、どうやらこいつの本質は戦闘狂だ。

 俺に問いかけた時の落ち着きや、御頭としての振る舞いも、ひとたび戦闘が始まればすっぽり頭から抜け落ち、殺し合いの快楽に身を焦がす。

 只それだけの存在に堕ちるのだ。


「ヒァッハァァァ!」

「ちぃっ!」


 眉間、喉、肩、心臓、雨のごとく降り注ぐ怒涛の連戟。

 まるで数人の槍使いを同時に相手しているような気分だ。

 体捌きでの回避など、とても間に合わない。

 ほとんど手打ちに近い打ち払いで、僅かに攻撃をいなすのが精一杯だ。


 俺の戦い方は剣術というよりも武術に近い。

 格闘技の回し受け十字受けなど、手足の延長として武器を振るっている。

 打ち込みは直線よりも円弧。

 硬く握り込み力ずくで叩き斬るのではなく、隙を突いて鞭のように切り裂き、ダメージの蓄積によって優位に立つことを目的にしている。

 故に防御重視、スピード重視。


 だというのに圧されている。悔しいが奴が自信を持つのも当然だ。

 剣士としての腕は明らかに奴のが上だった。


 ギィィン! ギャィン!


 だがそれでも、コレだけ打ち合っていれば目も慣れる。

 回転の隙を縫ってジワリと間合いをつめる! 俺の間合いまでもう少し!


 そう思った瞬間、奴の切っ先が視界から消える!


 切っ先は今までにない位置、奴の右脇へと移動し、左手が柄頭に添えられている。

 両手持ちの横薙ぎ!? 深く入り込んだ所を狙って太腿を薙ぎに来た!!

 攻撃を意識していたせいで前のめりになった重心の移動が間に合わない!

 上体を残しながらも、可能な限り後ろに跳ねた!


「ぐっ!」


 斬られた!! 左太腿から血飛沫が舞う。

 切っ先が皮膚を切り裂き、肉に届いたのが分かる!


 俺はそのまま蛙がつぶれたような無様な格好で着地した。

 急いで上体を起こすが、既に渾身の力で打ち伏せようと、両手持ちで上段に構える御頭の姿が目に映る!


 奴は既に終局までを読みきり、必殺となる一撃を振り下ろしてきた。

 咄嗟にダガーを盾に左腕で頭部を庇う。


 だが奴の力なら、容易くダガーごと腕をへし折り、頭を打ち割るだろう。

 俺には踏み込みが利く脚も残っていない、鉈の刀身では奴の体に届かない。

 それでも諦める訳には行かない!


 俺は残った全ての力を込めて、鉈を奴の長剣に打ち付ける!

 だが、しっかりと両手で握りこまれた太刀筋は、ぶれる事無く俺の脳天に落下した。


 ガイィィィン!


 御頭の長剣が跳ね上がる……。

 俺は奴の剣の威力を殺しきれず、自分の左拳で強か頭を打った。

 左腕にヒビくらい入ったかもしれない……。

 ダガーも半ばから折れ曲がってしまった。

 もう予備は無い。


 御頭は何が起きたのか分からないという顔で呆けていた。

 振り下ろされた俺の鉈は、奴の立つ位置までは届いていない。

 鉈は刀身を這わせた先にあった奴の右親指を跳ね飛ばしたのだ。

 その為、俺に打ちつけた瞬間右手の握りが外れ、左腕だけの片手打ちとなり、威力が殺された。


「あ……あぁぁ……あ゛あ゛あ゛あ゛っ!! 貴様! きさまぁぁぁぁ!」

「ハァ……ハァ……何だよ……、想い通りに……行かなかったからって……癇癪か?」


 してやったりだが、こっちだってもう余裕は無い。

 追撃する手段なんて考えようにも頭が真っ白だ。

 だが、まだ終わりじゃない! こいつのほかに見張りが二人いるのだ!

 止めを刺してそちらに向かわなくては!

 御頭は左手で剣を構えながら、ジリジリと立ち位置を入れ替える。


「んぬあぁぁぁ!」


 裂帛の気合と共に踏み込んでくるが、利き腕ではない一撃など容易くはじき返してやる。

 だが、御頭は止まらずそのまま俺の横を走りぬけた!


 見張りと合流されてなるものかと、一歩踏み出したところで脚が崩れる。

 左脚の太刀傷が邪魔をしたせいで、奴との距離が離れ始めてしまう。

 止めなくていけない。だが今の脚では追いつけそうもない。

 それでも追わなくては! と、視線を向けた視界の隅に光明を見つける。

 血花を咲かせた男の残した弓だ!!


 急いでそれを構えると、走り去る御頭目掛けて射る!

 ガサッ! という音を立て、矢は草むら中に消えていった。


 ――――外れた!?


 使い慣れない弓に手間取りながらも、残る矢をすべて射る!

 二射! 三射! 十分な狙いをつける余裕もなく、それでも少しずつ調整した四射目がようやく御頭の右太腿を射抜いた!

 それを確認すると、俺も直ぐに駆け出す!


「ハァ……ハァ……」


 それは実に無様な追いかけっこだった。

 二人とも足を引きずり息も絶え絶えなのである。


 速度はほぼ同じ、距離は縮まらない!

 このままでは見張りと合流される。

 そうなったら今の体で、残りの体力で迎え撃てるか?


 考えるまでもない無理だ。

 なら取れる手段は……、と考え俺は闇雲に追うのを諦めた。

 最初に狙撃した死体から無事な矢を一本と狙撃場所に放置した弓と矢を回収した。


 そして、御頭は俺より一足先に道へ駆け戻る。


「お、御頭、何があったんで!?」

「馬車を出せ! 退くぞっ!」

「へ……へい、でも他の奴らは……?」

「構うな! もう死んだ!」

「えぇっ!? へ……へいっ!」


 馬車に転がり込んだ御頭の右腕を矢が貫く!


「がぁっ! 早く出せ!」


 俺は藪の中から第二射を構える。

 呼吸が粗い……、手元がブレる……。

 放たれた矢は狙いを外れ見張りの男を素通りする。


「くそっ!」


 馬車が走り始めると同時に、御頭から指令が飛ばされた。


「残った馬を殺せ!!」

「へっ! へいっ!」


 手下の男は馬上から、残る二頭の首に深々と刃を突き立てる。

 切りつけられた二頭は突然の事に驚き、血を噴出しながら駆け出した。

 あれではそう遠くない内に息絶えるだろう。

 俺は藪から這い出し最後の矢を射たが、殿の男に打ち払われてしまった……。


 あわよくば馬が手に入ると思ったのだが……


「ハァ……ハァ……野郎ぉ……ずいぶん冷静……じゃないか!」

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