9話「演習」
五日目、ようやく馬肉の熟成が終わり、天日にさらして乾燥させる。
糒も今日で天日干しが終わる予定だ。
それらの準備を終えたら、本日は旅の予行演習だ。
炊いたご飯をみんなで握り、竹皮で包んで弁当にした。
旅装束一式を身につけ、竹筒の水筒を肩から提げたら準備完了だ。
「さぁ、山菜取りに出発するぞっ」
「「おー!」」
やることは普段とさほど変わらないのだが『お弁当を持ってみんなでやる』というだけで気分が変わるのだから不思議なものだ。
みんなの返事も元気がいい。
フィーニアだけは今日も浮かない顔をしていたが……。
散策ルートは直ぐ戻れる様に、遺跡を中心に同心円状に回っていく。
リーンが元気なうちに背負子の使い勝手を確かめておきたいので、最初から背負って移動する事にした。
俺達は遺跡の南側からスタートし、反時計回りに回っていく。
すると直ぐに初日お世話になった荒田に差し掛かった。
まだ多少は稲や麦が見られたが、野生化した穀物はほぼ取り尽されていた。
「グラム、米と麦はまだ収穫した方がいい?」
「脱穀が終わってない物はどれぐらい残ってる?」
アキムと話し合ったが、穀物の備蓄は十分だった。
もう穀物の収穫は終了して問題ないだろう。
野生化した稲でアレだけ収穫があったのだ、本格的に開墾すれば俺達七人の食を十分に賄えそうな気がする。
越冬の備えさえ出来るなら、本当にここで暮らしていく事もできるかもしれない。
そんな事を思ってしまった。
そして俺達は荒田を抜け遺跡の北側へと回り込む。
神殿を裏手から見上げると、こちらからの景観を想定していなかった様で、少し作りが寂しかった。
台座部分に隠し通路があって抜け道が有るのではと、つい想像の翼を広げてしまう。
そのまま西側へ抜けた所でノーラが新しい発見をした。
「グラムっ、これ大根の葉っぱじゃない?」
「確かにそれっぽいな」
「収穫していく?」
試しに一本引き抜いてみたが、雑草に栄養を持って行かれて貧弱な生育状態だった。
それでも、大根は葉の方も食べられるので有り難い発見だ。
「大根にしては細いけど、さすがに嵩張るな。位置は分かったし、後でいいよ。荷物が重くなり過ぎても困るしな」
「ほーい」
ノーラとアキムの散策で野生化した野菜が献立に加わっていたが
稲に比べると目立たない為、収穫は足を使って探すしかなかったのだ。
大根は塩漬けにして持っていくのもいいかもな。
「パパ……」
「リーン、どうした?」
「しゃがむと……、怖い……。足ぶらぶらするし……」
「あぁ、ごめんな。気をつけるよ」
背負子に『あぶみ』でも付けた方が良いかもしれないな。
荷物を載せる標準的な構造にしたのだが、実際にリーンの感想を聞くと足りない部分が見えてくる。
コレだけでも予行演習した甲斐があったと言える。
畑跡で野菜を見つけた後は特に新たな発見もなく、徐々に回転半径が大きくなっていった。
そして、開始から一時間ほど過ぎた所で藪に分け入る事にした。
旅路の大半はこうした藪を進む行程になるので、今日の演習もそちらに時間を多めに割り振っている。
安定感が不安という事で、ここからはリーンにも歩いてもらった。
俺が先行し竹杖で蛇など危険がないかを確認する。
鉈で草や張り出した小枝を切り払い、足で草を掻き分け均して行く。
踏み均すだけでよかった草むらに比べると、やはり移動速度が大幅に落ちてしまう。
お陰で隊列は常に渋滞していた。
予定している旅路は一度切り開いた道だ。
季節的に枝葉の再生も遅い為、一から切り開いている今の状況よりはましだろう。
その後、一時間程藪を漕ぎ、竹薮にたどり着いたところで昼食にした。
おにぎりの具やおかずは毎度の焼肉と野菜炒めだったが、食べる場所が変わると新鮮なものに感じる。
「どうだ? 籠で肩が痛くなってないか?」
「僕は大丈夫です」
「アタシはもうちょっと肩紐が短いと嬉しいかも、グラグラする」
ノーラの籠を受け取り長さの調節をしながら、子供達の感想も聞いてみた。
「お前達の方は何か気づいた事はあるか? ここが大変だったとか」
「うーん、俺は初めてだからちょっと楽しかったけど、少し退屈だったかな」
「まぁ確かに、付いていくだけってのは退屈だな」
この後、アキムとシオンには先導役の練習をしてもらうか。
他にも開墾班と水場での補給班に分かれるなど分担を考えておこう。
渋滞するぐらいなら子供達を休憩させた方がいいからな。
「あ、はいっ! お尻が冷たい!」
ノーラは挙手すると、みんなに見えるようにお尻を向けてきた。
森の湿気で腰掛けていた岩肌が濡れていたらしく、貫頭衣には尻の形に合わせて丸い濡れ跡が二つ付いていた
「あ~、『むしろ』を作っておいた方がいいな、忘れてたよ」
こうやって休憩する時にも、就寝時の敷物としても有った方がいい。
演習が終わったら各自で自分のむしろを作る事にしよう。
これまでも仕事によっては仲間との共同作業はあった。
しかし、皆大人であり各々が責任を持って行動していた為、自分の意識は一人旅とさほど変わらなかった。
だが、今回は子供達を引率しながらの旅程になる。
普段とは違い、粗がいくつも見えてしまった。
やはり、事前に試しておいて良かったと改めて感じた。
あとは、時間や労力、重量のバランスだな。
完璧など目指せる物でもないし、どこかで割り切らなくては。
問題点の洗い出しが終わり、俺達は雑談しながら昼休憩を満喫した。
リーンは歩き疲れたのか俺に寄り添ってウトウトしていた。
そして、やはり気になるのはフィーニアだ。
昨日のやり取りが不味かったのか、今日は輪をかけて落ち込んでいる。
一人静かに握り飯を食べながら俺達の様子を眺めていた。
「フィーニアは何か気になった事はあるか?」
「特にありません……」
「体調や気分が悪かったら早めに――――」
「大丈夫です……」
――――取り付く島も無い。
人付き合いが苦手な俺に女の扱いなんて分かるはずも――――。
男女の色恋の様に考え掛けて慌てて訂正する。
いや、これぐらいの娘を持った父親って皆どうしてるんだろうな……。
昼休憩を終えた後、俺は寝てしまったリーンを抱っこし、アキムとシオンに交代で先導役をしてもらった。
そして一時間程して演習は終了。
演習ついでの山菜取りの成果は、菊芋とムカゴを見つけることが出来た。
「どうだった? 疲れたか?」
「少し、でもまだまだ行けるよ!」
「アタシも余裕!」
「おお、頼もしいな。野営地までの距離次第だが、本番は今日の倍の時間進む事になる。荷物も増えて上り下りも多少あるが、何とか頑張ってくれ」
「「…………お、おーっ!」」
少し間があったな……。
遺跡に戻った俺達は藁を使ってむしろを作った。
工作作業はやはりハンナが一番上手い。
それでも、みんなで何かを作る作業は出来不出来に関係無なく楽しめた。
機材が無いのでかなり粗い仕上がりだが、機能は十分果たしてくれるだろう。
俺は背負子の調整を終え、残りの時間は今日も自由時間とした。
残っている作業は馬肉の燻製のみ。
旅の準備はこれで一区切りついたと言っていいだろう。
出発は明後日の朝。
旅に備えて明日は休養日にする事を皆に伝えた。