第2話 ポンコツ神官のお願い事
聞いていない振りをして市場に向かって歩く俺の後ろを、チャイムがトテトテ小走りでついてくる。
俺の胸くらいに頭のてっぺんが来るようなちんちくりんが、巨大なプリーストステッキをガシャガシャ言わせながらひたすらお願いし続ける姿に根負けした俺は、話だけは聞くことにした。
石塀の陰で立ち止まって人目が無いことを確認する。
差し出した水を、えへらーと嬉しそうに飲んだチャイムは、先ほどのようにキョロキョロ見渡すと耳打ちしようとつま先立ちをした。
「実はですね――」
「いや、届かんだろ」
俺の胸辺りで耳打ちしようと頑張るチャイムを抑えて、俺はしゃがみこんだ。
「あ。恐縮です」
妙にお堅いセリフとともに、チャイムは俺を訪ねてきた理由を話し始めた。
■
この世界には魔王が存在する。
エルフやドワーフ、オークやゴブリンやら、そしてゾンビやドラゴンまで居るこの世界。いわゆる魔法ファンタジーな世界だ。
ある時、このバラバラの勢力をまとめて、人間の敵対勢力とした者が出てきた。
魔王と呼ばれるようになったその者に対抗して、人間を守るため勇者の一団が結成されたらしい。
ここまでは半ば隠遁生活を送っている俺でも知っている話だ。
チャイムがより一層声を潜めた。
「実はですね……」
挑んだ結果、負けたのだそうだ。
やっぱりな。うわさレベルでは聞こえていた。
チャイムもその一団の一人だったが、なんとか逃げ延びることができたらしい。
「わたし、勇者パーティのサポート団のサポートだったんです。よくわからないうちに、撤退ーって言われまして……」
「お前、そんな修羅場に居たの?」
「勇者パーティが魔王に突撃する時に、魔王城手前でベースキャンプを作りまして……そこのサポート部隊のサポートを……魔法治療とMP回復役で詰めていたんです」
後方支援の支援ね。
言っている話は本当なのだろう。嘘やでまかせを言うような子ではなさそうだ。
チャイムの様子も先ほどまではアホの子のようだったが、神妙な顔をしているので少しはきちんと話を聞いてやる事にした。
真剣な顔つきとなったチャイムが、上目遣いで口を開いた。
「あ。あの……できれば、お水をもう一杯……」
前言撤回。アホの子だ。
■
幸せそうに俺の水を飲み干したチャイムが、続きを話し始めた。
魔王城までの道のりは既に制圧。制空権、精霊圏、亡霊交霊圏、全てこちらが握っており、敵勢力は巨大な魔王城の中に押し込められている状態だったそうだ。
空を覆うグリフォンライダー師団の対陣地絨毯爆撃に続いて、魔法火力の砲火が魔王城の門を吹き飛ばすと、鬨の声を上げた自軍が突撃していく。
チャイム達は神殿からの要請で借り出され、城から離れた場所でMPの補給やヒール魔法をひたすら続けていたそうだ。
ほどなく、勇者が負けたという伝令が支援部隊中を駆け抜けた。そして、号令が飛ぶと一斉退却が始まったらしい。
「わたし、怪我をしている人をできるだけ助けたくて、ギリギリまで残っていたんです。すると、一人の伝令の方が現れて……」
チャイムが、両手サイズの奇妙な塊を大事そうに取り出した。
「その人は、こう言ったんです……」
両手のひらに載せたそれは、虹色というか不可思議な色合いの表面をした魔法金属……か?
「――これを持って、次の勇者に渡してくれ。俺たちは失敗した」
「なんで、それを俺に?」
うつむいていたチャイムが、顔を上げた。
手のひらに乗せたその塊をじっと見つめ、そして俺の顔に視線を移した。
意を決したような表情になると……ゆっくりと口を開き、おずおずと答えた。
「そ、そ……それは、あなたが転移者だからです。プラウドさん……いえ、見原礼人さん」
■
チャイムの発したその言葉は、懐かしい日本語だった。
やっぱりな。転移者の事を知っていたか。薄々感じていた予想は正しかった。
こちらに来てからは神様の計らいだろう、ネイティブにこの世界の言葉で会話でき、理解する事ができた。翻訳するというレベルではない。何年もかかる体験や学習をすっとばして自在に扱える状態になっていた。
しかし、日本語を忘れているわけではない。普段は使わない懐かしい母国語に接した気分だった。
――が、俺は表情を硬くして答えた。日本語を使ったということは……たぶん、『そういう』話だ。
「……チャイム、どこまで知ってる?」
チャイムは日本語で話し続ける。万一、陰で聞かれていても最悪、意味は分からないはずだ。
「転移者は、この世界の魔王を倒すことを条件に転移をさせられました」
俺は目を細めて、話の続きを待った。
「礼人さん、いえ、プラウドさんも転移をされた時に、この世界の神という方からお願いをされたはずです」
「ああ」
俺は警戒をしつつ、チャイムの話を認めた。
「この世界は、前に転移させた者が魔物を利用して、改めて人間たちを襲わせているらし
いな」
「そうです。この世界を監視、管理している神様がどうしようもなくなって、再び異世界からの人間を召喚し、その者に魔王を改心させる。……できなければ、排除して欲しい……と」
そうだ。ずいぶん自分勝手な神様だったな。
「それは俺も知っている。魔王の討伐には戦闘レベルをアップしたり、部隊を集めたり、コネやら準備があったりと時間もかかるし、大変な話だ。だから、神様からせめてもの手助けとして、特殊能力や神製武器をくれることになっていた」
「そうです。そうです」
チャイムがずり落ちそうなフードを押さえながら、コクコクと頷く。
「だけどなー」
俺は背伸びをして興味なさげに言った。
「俺、もらいそびれてるんだよ」
「ええええええええーーーーっ!?」
ガシャン
「あああああああああ! ごめんなさい、ごめんなさいッッッ!」
この物語は、拙作のSF「宇宙戦争は、俺の秘密基地で起きている。」(https://ncode.syosetu.com/n4319es/)のファンタジーアレンジ物です。
本編はSFですが、設定やガジェットをファンタジーに変換してノリと勢いで一発書きしています(汗。
ストーリーがなんだか当初の予定から外れ始めました(笑
本編をお待ちいただいている間、幕あいとしてニヤニヤしてもらえれば! と書いています。
もし、このキャラクターたちに興味を持っていただいたなら……よろしければ、本編の方をお読みいただければ、更に更に嬉しいです! 宜しくお願いします!!