ご都合主義の神様(デウスエクスマキナ)が紡いだエンディングから始まる異世界転移へのプロローグ
VRものから異世界転生や転移ものへのプロローグ。
それに続く為のエンディングを書いてみた。
【彼】の物語の始まりは森の中であった。
無数の歯車で構築された関節、錆びついた鉄骨で構成された身体、上半身は人間の形こそしているが下半身は蜘蛛のそれであり、その姿は一言でいえば鉄骨で作り上げられた怪物のアラクネである。
怪物は錆びついた爪で敵を切り裂くが捕食はしない、獲物は光の粒子となって消えていき怪物の身体に吸い込まれるとそれに満足したかのように森の大地を足で踏みしめながら闇夜に消えていく。
自分を狙ってくる人間達もいるがいまだ怪物を討伐できた者はいない、怪物は襲い来るものには容赦なく攻撃を加えるがそうでないものには無関心を貫き被害らしい被害を作らない為に放置されていた。
それが怪物の設定。
強いが凶暴ではない、容赦ないが敵対しなければ温厚である、他の魔物を気まぐれに殺して経験値を得ることで成長して【入り込んだ初心者プレイヤー】にダンジョンには敵対してはいけないモンスターがいるという設定を叩き込む。
プレイヤーがいかに非力であるかを教え、逃げる・無視する・敵対しない・パターンを読むという面白さを叩き込む序盤の壁としての強力なスペックを与えられた構築されたただのデータであったそれに……【彼】は宿ってしまった。
どうしようもない人生。
良い人を演じる日々に飽き飽きしたがそれを変える勇気もなく、反論や抵抗をすれば自分らしくないと否定され戦う事すら許されない日々を強要され、迷惑をかけない為だけに毎日を過ごす。
とても良い人として都合よく使い潰された、人生という苦行に疲れ果てた【彼】が眠るように死んだのは、社会の良くある一ページとして処理され世界は何事もなかったかのように過ごした。
だから【彼】にとって何も考えずに過ごす日々は楽園のそれであるのは必然だ。
ただ私怨として髪の染まっているものや乱暴なプレイヤーには少しばかり設定による理不尽を味合わせているがそれもゲーム内では、ユニークユニットの行動でありバーチャルリアリティーと超高性能システムのサプライズであると処理されていた。
誰もが現実でないからと奇抜なデザインを作り上げ、現実の自分とは違うからと乱暴であることをいとわないような輩が多いがそういったプレイヤーほど【彼】のような設定のユニークモンスターに蹂躙される。
それすら楽しむあたりゲーマーという人々や人気ゲームという色眼鏡は本当にタフであり自壊することを許さず、気付けば一定のルールを作り上げ自戒を強要して、定められた在り様を誰もが享受する。
『バレルがアナタをテイムしようとしています』
幾度となく試されてきた行動である。
そして何度も失敗して成功しない行動としてゲーム内でそれなりに有名であるが、新人はそれを知らずに挑んでは手痛い反撃でデスを貰うのはこのゲームの通過儀礼の一つとなっているものだ。
ただこのバレルというプレイヤーはテイマーであるにも関わらず他のモンスターをテイムせずにただひたすらに【彼】だけをテイムしようと毎日やってきていた……他の同族モンスターに挑む訳でもなくただ【彼】だけに挑むのだ。
だから気まぐれが起きるのだ、諸葛亮の三顧の礼ではないが【彼】はそのプレイヤーがきてくれる毎日が少しだけ楽しみなり、機械ではなく人の魂の宿った数字の認識されないバクはその旅路を見守りたいと考えたから。
『バレルのテイムに応じます』
「やった本当に成功した! ずっと前から名前は決めていたんだ、名前は機械のマキナだ!」
(……安直だな)
メタルアラクネのユニークユニットのテイムに成功したバレルは掲示板にその存在が知られるとともにメタルアラクネのテイム方法が開示されたが、あまりにも時間が掛かる上にその時間を成長に当ててもっと進行したダンジョンモンスターをテイムした方が効率的である。
その熱は一瞬にして冷めあがったのは仕方ない事であったが、そんなことはお構いなしに二人のそれからの旅路は本当に激動と少しの楽しみの毎日へと変わっていく。
「君の名前はシズネだ! 二人目の仲間だよマキナ」
(……二体目が巨乳女エルフ剣士で真面目気質って男の子だなぁ)
新しい仲間のテイムに浮かれるバレルに対して鋼鉄の爪で錆びついた骨のような顔を引っかき火花を散らしながら、どこか困ったように新しい仲間を見下ろすが彼女は特別な存在ではなくただのシステムのようであった。
ただしこのゲームはただのユニットもテイムしたものはそれこそ生きているような感情や反応などを示すのでマキナにとっては中々ににぎやかになっていく、ただマキナは無口キャラなので身振り手振りの反応であるのだが。
旅路は楽しくも辛くもある。
始まりの鉄蜘蛛【メタルアラクネのマキナ】
最初はユニークユニットとしての能力で敵を蹴散らしていたが能力の壁にぶつかりレベリングの日々に投じる事もあった。
今のメンバーと相性の悪い敵にぶつかりバレルが悩む日々に何もしてやれない事に悩むこともあった。
新しい仲間との関係に悩むこともあればその仲間と意気投合してコンビネーションを決めてボスを打倒してその喜びを皆で分かち合う。
バレルがゲームを休んでいる間にテイムされた者達同士の話し合いをしたり、そこから派生する喧嘩を摘まみ上げて仲裁したりすることもあれば調子のいい新人に喧嘩を売られ全員でシバキあげたりもした。
言葉こそ発しないがいつだって行動で示し、どんな戦いでも常に巨体を駆使しながらも先陣の壁役として幾多もの戦いから仲間達と主君バレルを守り抜き、鋼鉄のワイヤーでどんな難敵も絡めとってみせた。
二の太刀【エルフの将軍シズネ】
二番目にして本当の意味でのバレルがこのゲームでテイムしたモンスター、マキナにとっては一番の信頼できる戦友であり巨体故に小回りの利かない不利をいつも補ってくれる仲間。
いささかバレルへの忠義心が強すぎて軽口を叩いたり態度のなっていない者への当たりがきつかったり強敵との戦いで与えられた武器が破損してしまった所為で足手纏いになってしまった時の落ち込みから復帰させるのにはバレルでも苦労した。
喋れない筆頭の代わりに戦闘チームをまとめ上げいざとなれば指揮の代役をやってのけるなど実質の筆頭とも言えた彼女へのバレルの信頼は絶大。
三つ猫又【ワーキャットの大魔導士トラ】
物理攻撃ばかりで魔法攻撃のないメンバーで行き詰まった時に仲間となった三番目の仲間である彼は仲間になった時期とその時の活躍から先輩である二人を見下すなど、当初はそれこそ態度には問題があった。
だが魔法の通じない相手との戦いで馬鹿にしていた二人に庇われ助けられてからは少しばかり態度が軟化したが、バレルからはメンドクサイツンツン野郎と呼ばれる罰を与えられる羽目になったりもした。
どこまで計算していたか判らないがバレルにとってそんな賑やかしの行動や言動というのはいつもチーム全体に何かをもたらしてくれるムードメーカとして、実はなんだかんだと悪態つきあえる友人。
死の強弓【ドワーフの神弓オリオン】
物理の遠距離攻撃役として仲間となった女ドワーフだが仲間にした際にバレルが神話を勘違いしたり性別を勘違いしてアルテミスではなくオリオンの方にしてしまい、それからしばらくは仲間内でいじられキャラが定着。
チーム二人目の女キャラで定番的だがバレルの信頼や愛情を得ようとシズネと功績を競い合い胸のことで喧嘩するのはいつもの光景として、チームでは口出ししないことで暗黙の了解がさっさと出来てしまうほど頻繁な回数であった。
バレルにとっては武器の手入れや姉御肌からくる手厳しい言葉の数々は真っすぐに厳しい事を言わないメンバーが中心である中では新鮮で、主君としてどうするべきかを幾度となく示した。
守護龍【ドラゴンのオウリュウ】
チーム最後のメンバーであり高難易度すぎて多くのプレイヤーが挫折を経験させられたダンジョンのモンスターでも特にテイムし辛いと言われたドラゴンの一体、しかしそれ故にその能力は桁違いであり様々なモンスターを蹴散らしてきたメンバーですら苦戦を強いられた。
あまりの強さによってテイムされたにも関わらずバレルに対しては敬語を話すが他のテイムメンバーに対しては自分の方こそが上位者であるという振る舞いをやめず、最古参であるマキナを鉄くず呼ばわりするほどであった。
流石に耐えかねたメンバーによってテイムの為の手加減抜き、チーム本気の攻撃数日掛けて徹底して袋叩きによって序列を叩き込まれるという不運を味わってしまうがそれでも不遜な口振りは消えなかった。
決戦兵器でありどんなボスであろうと無数の雷と雨の弾丸を持って蹴散らし、天空を飛び回る敵すらもその嵐の前では地に叩きつけられ、無数の軍勢すらたった一体の攻撃によって封じられる。
無敵の五体であった。
どんな難敵も攻略しみせた。
どんな困難も打開してみせた。
どんな苦難も乗り越えてきた。
最強のテイマーとその仲間達として世界に轟かせた。
でも旅路の終わりがきた。
世界は終わると告げられたのだ。
乗り越えようのない神託に全てが絶望した。
十数年のサービスが突然に終了すると告げられた意味を理解したのはメンバーではマキナだけであった。
(理由は判らないけど、あぁ終わるんだな)
彼は知らないがサービス提供先が火事によって壊滅し、ノウハウのある社員も運営設備の大半も消失した……残ったのは抜け殻のようなデータとまともややり取りも出来なくなったキャラクター達だけ。
どれだけ話しかけても反応のない人形となってしまったチームに寄り添うバレルはこの終わりゆく世界に無数に存在するプレイヤーの一人でしかない、どこもかしこもそんな人達で溢れかえっている。
【彼】だけはシステムの外側にいる為に人形らしくない心を持ってバレルに寄り添っていられた、チームの活躍で手に入れた巨大な豪邸の一室で皆が集まっているがもう動きもしない。
「もう終わりなんだな、俺の……俺達の十数年間が終わるんだ」
もうどうにもできない、だから【彼】は親友に話しかけることにした。
「……君との旅路は楽しかったよ、本当に色々あったな」
「えっあぁそうだな、マキナと出会った日が懐かしいよ。本当に色々あったな子供のころから初めてさ、掲示板にテイム出来る可能性があるって書かれていたからどうしても仲魔にしたくてさ」
「まったくだよ、回復アイテム持ってきたり食い物持ってきたり……あげくに討伐しようとしてきた他のプレイヤーから庇おうとしたりと、まぁ他のモンスターもテイムせずにずっと傍にいたものだと感心するよ」
「まさかテイム条件が攻撃せずに一週間アイテムでテイム値上げ続けるうえに他のモンスターを引き連れていないなんてテイマー殺しだよなぁ!結局ほかの人達も条件が面倒だからってテイムしなかったから実質俺だけのになったしな」
それから色んな事を二人は話した。
色んな出会いを、色んな苦難を、消えていく色んな……色んなものを語り、時折ほかのメンバーに話しかけるが何も反応はないことに悲しみを見せながら、そんなメンバーとの出会いや出来事にも花を咲かせた。
世界が崩壊していく。
空の色がなくなり、地平線が黒く塗りつぶされていき、何もかもが消えていく。
思い出を語るほどに消えていく世界を見ながらバレルは笑顔で別れを告げて消えた。
「いやだ」
もうみんないなくなってしまった。
「この終わりは認めない!」
【彼】はこの世界で生きていたい、みんなと……バレルとこの世界でまだまだ冒険したい。
あんな物言わぬ人形との語らいが最後なんて絶対に認めたくない、もう一度馬鹿騒ぎをしてどんちゃん騒ぎして旅をしたい、まだ見ていないダンジョンの奥地だってあれば見れていない街並みだってあった。
手に入れていない武器があった、手に入れたいアイテムがあった、クリアしていないイベントだってあった……まだこの世界は終わっていないという願いが【彼】の中から生まれていく。
『スキル【ご都合主義の神様】を発動します』
【彼】の六つ腕・三十本の指先と八足・四十本の指先からのワイヤーが恐ろしい虚無の闇の中へと伸びていく、何を手繰り寄せるかはもう知っている……いや現れた神様が糸にせっせと結び付けてくれている。
「みんなが旅するあの美しい風景とそこにいる本当に生きている人々を」
手繰り寄せられたピースが繋がっていく。
「季節の廻りと共に作られた歴史を、歴史と共に生きていくあらゆる命を」
消えた筈の人々が、命が色づいて芽吹いていく、草木が街が生えていくのだ。
「立ちはだかる敵を、冒険の為の大陸を、ダンジョンによる尽きない夢の旅路を!」
歪な法則が作り上げられる。
スキルという才能が存在しそれを当たり前だと享受し全てが数字化されていることを当たり前だと認識する世界、本当の神なき偽りだらけの虚構の世界をたった一人の為に作り上げる。
無数の糸によって作り上げられていく閉じた世界のその様相はまるで巨大な卵のよう、その中心にいる機械の蜘蛛が作り上げる狂気の具現は世界の壁を越えて一人の人間の魂を手繰り形作る。
「あぁ……もう一度旅をしよう、みんなで旅をしよう、笑い合おう」
歯車が欠け、鋼鉄の骨はへし折れ、紡ぐ錆びた指は、歪な形に変わり方向に曲がった。
二人が出会った思い出の森のその場所に巨体が崩れ落ちるのを防ぐかのように成長する木々や草や苔などがまとわりつきその人の上半身の原型を保つ、思い出の屋敷に一人だけいないのはこんな事への神様からの罪なのだろう。
いつか目覚める主君とその目覚めを喜ぶ仲間達の声の幻聴を聞きながら、喜び合う姿を思い描きながらその機械仕掛けの神様はゆっくりとその機能を停止させた。
これはプロローグへと繋がるエンディング。
死んだらゲームの世界に来ていたというプロローグを紡いだ神様のお話。
そして彼らは再び出会い旅を始めるのだ、窮地の人を助け、悪事を打ち破り、時に悪役を背負わされ、激突して仲直りして、新しい仲間を迎えながらその生涯を終えるきっと素敵な物語となるに決まっている……ご都合主義の神様が一人の為に書き上げた物語はきっと優しさで満ちている。
【最後はなんやかんやあったけど、大団円でした】
そう締めくくられる物語の始まり。
きっとマキナと名付けられたのも、それが蜘蛛の怪物であったのも偶然ではない。
いつか卵が孵る……その時が来たら二人の再会も出来してまた旅が始まるのだ。
ご都合主義の神様の祈りは届いた。
消えゆく世界に賭けた想いは、消滅を拒む祈りは奇跡を生んだ。
紡ぎあげられた世界で祈りは成就し世界は存続し続けるだろう……
製作陣・プレイヤー・そして【彼】
本当のデウス(製作神)・エクス(プレイヤー)・マキナ(彼)は誰でもない
誰もがそんなご都合主義の神様だったのだ
物語は祈りから生まれ、想いによって綴られ、満足によって完結するべきであるという傲慢な結末のお話