邂逅
「具がおかかのおにぎりを頬張りながら、涼音が自己紹介をする。
「あたし涼音っていうんだ。元僧侶で今は忍者してるの。」
「私は愛華、見ての通り侍だ。」もうひとつのおにぎりを食べながら侍の少女が答える。「しかし、何だってこんなところで食事をしていたんだ?」
「いやぁ、お腹空いたし。」
「は?」愛華は目を丸くした。
普通の人間ならこのような深い森で休息を取ろうとは思わないだろう。ましてリスク(匂いが止められない)のある食事などよほどの馬鹿か、よほど腕に自信があるか。
愛華の見立てではこの涼音と名乗る少女は忍者になりたてのレベル2であることしか判らなかった。
だからこそ、「侍」の「戒律」に従いこの涼音と言う少女を守ろうとして、あえて声をかけたのである。
幸せそうにおにぎりをほお張り終え、食べ終わった指をぺろぺろとなめている涼音を見て思わずため息を付きそうになったとき、凄まじい敵意を感じ取った。
「そう言えば愛華は何故こんな所に来たの?」と涼音が質問したとき、物凄い殺気を放ちながら愛華が妖刀を抜き始めた。
その眼は涼音のほうを凝視する。
「え、と、本気かなぁ?」と涼音が問う。
愛華は答えず、ゆっくりと抜いた刀を力の限り突き立てる。
涼音もそれに答えるように腰の忍者刀を抜き放ち、真一文字に切りつけた。
すぐ後ろの空間に。
それはこの強力な結界に手首を差し入れ、二人が渾身の力を込めたであろう一撃を2本の指だけで受け止め、更に結界を消滅させながら2本の指だけで二人を弾き飛ばした。
涼音と愛華は吹き飛ばされながらもかろうじて体勢を立て直した。
涼音は先程と同じように、左手親指と人差し指で円を作って敵がいると思われる場所を凝視する。
その正体を知り、涼音は困惑気味に言う。
「守の王?」
愛華もそれを聞き驚愕する。
「も、守の王?何故このような浅い森に?」
守の王(森の王)ライカンスロープが80レベルを超え高位レベルとなり、更にその精神レベルが神聖域に達した姿。「森」の「意思」により、「森」の和を統べるために存在する。その高位なレベルにより人間界側の森に生息することはほぼないはずだが。
「守の王」と呼ばれた獣人がその姿を現しながら嬉しそうに答えた。
「ふふふ、人間に正体を見破られたのは十年ぶりだ。」
「もっとも、高レベルの結界を張っていたからある程度は期待していたが。」
「どれ?楽しませてくれよ、人間共よ。」
「守の王」は額に存在する眼に精神を集中した。
「ふむ、貴様は侍だな。」
「レベル17か。成長の遅い侍にしてはなかなかだ。」
愛華を見て答える。
次に涼音を見ると、露骨にがっかりとした表情を見せ、
「忍者レベル2だと?カスだな!」と言い放った。
「か、カスぅ?」
「ふ、ふふふ。言ってくれるよ。」
涼音は何かを堪えながら答える。
「つまらん。」
「守の王」が吼える。
「貴様達など我「われ」が直接手を下す必要もない!」
「侍の持つ「妖刀」よ、汝に力を授けよう。」
「守の王」はそういいながら右手を愛華に向けた。
その刹那「うわああああぁあぁぁ。。。」愛華が悲鳴を上げる。
電撃にも似た衝撃が愛華の全身を駆け巡る。
意識が急激に何かに目隠しをされる感覚を感じたとき、自分の身体が意思と反して動き始めた。
「血を吸いたい。」
妖刀の意思が愛華に流れ込んでくる。
肉を切り裂き、骨を叩き折る感触が快感の記憶として流れ込んでくる。
妖刀の記憶だ。
鼓動が早くなる。
人間を切りたい。
衝動が止められない。
その姿を見た「守の王」は口元を喜びでゆがませながら呟いた。
「ほぉ、妖刀に精神を取り込まれたか。」
愛華は困惑していた。
「何だこの衝動は!!」
対象を求めてあたりを見回す。
ふと気づくと、目の前に少女がいる。
必死に何かを叫んでいるがそんなものは自分には関係ない!
大丈夫、一瞬で終わるから。
痛みなんか感じないよ!
奥義!
自分の持つ最高の技を眼に映る少女に叩き込んだ。
はずだった。
しかし、目の前の少女の身体には傷ひとつ付いていない。
「ぐぁ!」
愛華は刀を反転させると今度は下腹部から心臓までを手加減せずに切り上げた。
結果は同じだった。
必殺の間合いであったのに、やはり手応えがなかった。
涼音はすべての攻撃を受け流していた。
その過酷な戦闘のさなかに涼音はある種の疑問を感じていた。
「この行為、この感覚。・・・違う・守の王じゃない?」
的確に急所を狙ってくる愛華の攻撃を何回か受け流した後、涼音は念を込めた左手を愛華の肩に置く。
「愛華、しっかりしなさい!」
涼音が愛華の耳元で叫ぶ。
その瞬間、愛華の身体中に「存在した」「意思」がすべての毛穴から抜け出ていく感覚を痛感する。
耐え難い「喪失感」
負の感情を伴いながら意識が戻ってくる。
先程知り合った少女が、心配そうに顔をのぞいていた。
その顔を「涼音?」と認識したとき、身体中から力が抜けていくのを感じた。
「くっ」
目眩にも似た脱力感で動くこともままならない。
涼音は愛華の体重を感じていないような動作で、愛華の身体を巨木の根元に横たわらせた。
「大丈夫?」涼音が問う。
「すまない。」自分がした行為が脳裏に反芻する。
後悔を感じながら涼音に謝罪をしようとした時、涼音の手が額にそっとそえられた。
「暖かい」恍惚にも似た安らぎをその手に感じた。
「とりあえず結界を張っておくね。」その手が離れていくのを寂しく感じながら涼音の声を聞いた。
涼音は愛華の周りにペットボトルの水を撒きながら呪文を唱える。
「封!」
愛華は自分の周りに安堵感がみなぎり、身体から緊張感が消えていくのを感じた。
「涼音。」愛華は涼音を呼ぶ。
涼音はにっこりと微笑みながら軽く答えた。
「大丈夫だよぉ、今ちゃいちゃいって終わらせるからぁ。」
その言葉には緊張感のかけらもない。