涼音の日常
カーテンの隙間から朝日が差し込み、部屋の片隅を照らし始めた。
この部屋の住人「涼音」は読んでいた本から眼を離してカーテンの隙間から表を見た。
徹夜をした眼には明るさがまぶしいのか、眼を細めると右手の親指と人差し指で目頭を押さえて、大きく伸びをする。
「んーーーーーー。もう朝?」
涼音は眠そうな眼をこすりながらつぶやいた。
読みかけの本を閉じながら、傍らの時計を見て我に返る。
「ん?」
時計の針は8時12分をさしていた。」
「あれ?やばい?ギリ?」
彼女の通う学校まで徒歩で10分とはいえ、身支度を考えると始業の8時30分にはギリギリの時間であることに間違いはない。
「やばやばやば。」
そうつぶやきながら簡単に身支度をすると、手近にあった食パンをくわえて玄関から飛び出した。
「急げ、急げ。」
誰に言うでもなくつぶやきながら、学校に向かって走り始める。
「涼音ちゃん、おはよう。」
「あらあら、今日もゆっくりね?」
この近所ではかなりの有名人である証に、彼女を見初めた隣人たちが朝の挨拶をかわす。
「おはよー。」
それに元気よく答えながら走るスピードは緩めず駆け抜ける。
「なんとか間に合うかな?」
と考えたときに、顔なじみの老婆が道の角から突然現れた。
「うぁぁ。」
あわてて急制動!
すんでのところで激突は免れた。
「涼音ちゃん、お早う。」
何事も無かったように老婆が挨拶をする。
「お早うお婆ちゃん!」
お互いが無事であることを確認すると、涼音は駆け出し始めようとした。
が、老婆は彼女を呼び止めた。
「涼音ちゃん、涼音ちゃん。」
「?」
「また持病が出てきちゃってね。いつものやつ、お願いできないかい?」
と言いながら老婆は空のペットボトルを差し出した。
老婆にはひどい痛みを伴う持病があることを知っている。
涼音はにっこりと微笑むと
「いいよ!」と答えた。
「急いでいるのに悪いねぇ。」
という老婆に
「どーせ寝に行くんだから問題ないよー。」
と言いながら、近所のコンビニエンスストアーでペットボトルに水道水を分けてもらうと、両手で挟み込んで祈るような姿勢をとって呪文らしきものを呟き始めた。
すると、ペットボトルの水が神々しい光を放ち始める。
「祝福!」
その言葉だけは聞き取ることが出来た。
その瞬間、ペットボトルが一瞬輝きを増し、ゆっくりと元の明るさに戻っていった。
ペットボトルの中身はまるでウイスキーの水割りのような黄金色になっている。
彼女が有名人である理由がこれである。
普通の水を、「僧侶」の力でたいていの傷や疾病を癒す薬に変質させられる、「僧侶」の中でもかなり高位の知識とスキルを持つ、いわゆる100年に一人の天才が彼女であった。
「はい、お婆ちゃん。」
と言って老婆にペットボトルを渡したとき、予鈴を知らせる鐘が遠くから聞こえてきた。
「悪かったねぇ。」
と恐縮する老婆に笑顔で挨拶をして涼音は鐘の音に向かってゆっくりと歩き始めた。
「さて、寝に行くかぁ。」
数歩進んだときに、コンビニの店頭に貼られたポスターが眼に入った。
「期末試験は実技で対処!森で生きるためのコツ、絶賛発売中」
涼音は「ふっ」と口元に笑みを浮かべてつぶやいた。
「もうそんな季節か。」
涼音はため息をつきながら肩をすくめた。
「また時間が無くなるなぁ。」