7 なんで俺がこんなこと
ハルキが中学受験への道を選んだその頃、わたしは子宮筋腫と乳癌というふたつの病気を抱えていた。
幸い癌はごく初期で、日帰手術と放射線だけで治療は終わった。
しかし筋腫のほうは貧血が進み、息切れや倦怠感がどんどんひどくなっていく。
だがハルキは、受験すると言いながら相変わらず部屋でゲームばかり。
がんばると誓ったあの言葉は何だったのか。本気でないならやめてくれ、そんな甘いもんじゃないと、何度怒りをぶつけたことか。
しかしいくら叫んでみても、ハルキは変わらなかった。勉強しないだけでなく、食器もゴミも当然のように散らかしっぱなし。
「小さい子じゃないんだから、自分の使ったものくらい自分で片付けなさいよ!」
体調の悪さが苛立ちに拍車をかけ、語気が荒くなる。
が、ハルキは忌々しそうにこちらを一瞥して吐き捨てるだけ。
「知らねーよ、なんで俺がそんなことやんなきゃいけないんだよ!」
小さなときから、自分のことは自分でと、いつも周りのことを考えなさいと、ことあるごとに言い聞かせてきたつもりだった。
父が入院した時も、老人ホームに入ったあとも、面会には必ず連れて行った。わたしの乳癌手術の時も、夫と一緒に立ち会わせた。
老いたり病んだりしていく姿から、何かを感じとって欲しかったのだ。
なのにどうして、こんなにも思いやりのない子になってしまったのか。
多少勉強ができたとしても、いったい何の意味があるのか。
あれこれ考えていると、情けなくて泣けてくる。
苛立ち、時にふさぎ込むわたしを見るに見かねて、夫は時折ハルキを叱った。
「お母さんがこんなにがんばっていろいろやってくれてるのに、どうしてお前はわからないんだ!」
滅多に怒ることのない父親の並々ならぬ剣幕に怯え、さすがのハルキも真剣な表情で机に向かう。
が、それもそのときだけで、しばらくすれば何事もなかったかのようにあっけらかんとゲームを始め、当たり前のように皿を置きっぱなしにした。
こいつの心には、何ひとつ届いていない――。
息を切らし食器を片付けるわたしの心に、虚しさと底知れぬ不安がこみ上げてくるのだった。