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74 最後の戦い

 どこまで行っても終わりなどないように思えたトンネルの出口に、ようやく辿り着いたわたしたち。


 振り返ってみれば、ハルキが自分の足で歩きだそうとする瞬間は、わたしの中で長らくもつれていた糸がほどけていく瞬間と見事なほどリンクしていた。


 わたしの胸の奥に埋もれていた固いしこりがひとつひとつと解き放たれていくたびに、ハルキの心も動きだす。

 その光景は、まるで奇跡のようで。


 そう、だからこそわたしは迂闊にも思い込んでしまったのだ。

 越えるべき課題はすべてクリアした、わたしたちはもう大丈夫だ、と。


 だが現実は、それほど単純で甘いものではなかった。



 新たな希望を胸に通信制の高校に進んだはずのハルキの生活は、ふた月もするとふたたび乱れはじめた。

 夜中までゲームやアニメに夢中なのも、昼夜逆転の生活も、中学時代と大差ない。


 唯一の希望は、週に一度のスクーリングには欠かさず出席し、出来栄えがどうであれ課題を提出していることだった。

 どうやら、最低限のラインを死守するつもりはあるらしい。


 だがわたしは、それ以上の努力を1ミリたりともしようとしないハルキに性懲りもなく揺さぶられ、不安を掻き立てられていた。


 ――このままじゃダメ、もっとがんばらないと!


『小さい冬子』がふたたび力を盛り返し、心の内でハルキを糾弾し始める。


 なぜだろう。

 あのときは確かに、どんなハルキも受け入れられると思ったのに。

 彼の人生を彼自身の手に返そうと、何度も腹をくくったはずなのに。

 想像していたものと違う今の彼を、わたしはまた許せずにいる――。


 そんなわたしのジレンマをはからずも解消してくれたのが、ゴールデンウィーク明けからハルキがはじめたアルバイトだった。

 家から歩いて5分という近さに惹かれて某ハンバーガーショップの面接に臨んだ彼は、こともあろうに『早朝スタッフ』として採用され、毎日5時半に出勤することになったのだ。


 3年間、普通の時間に登校することさえままならなかったこいつに、そんなことができるわけがない。


 だが彼はそんな周囲の予想をはねのけて、ときには徹夜明けで眠気のピークを通り越しそのままシフトに入るという荒業を使いながら、2年近くもそのバイトを続けたのだった。


「学校は何のために行かなきゃいけないのかよくわからなかったけど、これは給料もらえるからね」


 そう言いながら嬉々として漫画本やアニメのDVDを大人買いし、思い通りのスペックを備えたどでかいパソコンを自作し、原付バイクを手に入れていく姿に、わたしはようやく『こいつは自分が意味を感じることならがんばれるのだ』と思えるようになった。


 ハルキのそんな生活が一変したのは、高校2年の冬だった。

「そろそろ大学受験の準備を始めるわ」といって、ずっと続けてきたバイトをあっさりやめてしまったのだ。


 ほどなく予備校に通い始めた彼は講義のない日も自習室で勉強し、手始めに高卒認定試験を受けてさっさと受験資格を手に入れた。


 このまま順調にいけば、大学生になるのも決して夢ではない。


 だが残念なことに、その勢いは長くは続かなかった。

 徐々に元来の飽きっぽい性質が顔を出し、本格的な夏を迎えるころにはちょくちょく講義を休むようになっていたのだ。

 夏期講習があるはずなのに、毎日昼過ぎに気怠そうに起きてくるハルキ。

 その姿に数年前の五月雨登校の記憶が蘇り、激しく胸が掻き乱される。


 不登校を乗り越えたつもりでいたけれど、実は何も変わっていないのではないか? 

 アルバイトは、目の前にお金というニンジンがぶらさがっていたからやっただけ?


 山ほどある言いたいことを、わたしはそれでもぐっと呑み込んだ。

 それをぶつけることは決してハルキのためでなく、わたし自身が不安を解消したいだけだとわかっていたからだ。


 彼の人生は彼自身のもの。

 なんとしても、彼自身の手に返さなければ。


 念仏のように繰り返し唱えながら、わたしは黙ってハルキを見守り続けた。

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