66 共に生きる
あのとき、キミの心の奥深くに閉じ込められたボクは、それからも激しい怒りと底なし沼のような淋しさを噴き出し続けた。
十代のキミがわけもわからないまま紙の上に苦しみを吐き出さずにいられなかったのは、そのせいだ。
きっとボクは、自分の存在を認めて欲しかったのだと思う。
だからキミの身体を通して、心のかたちを残そうとした。
でもその願いが叶うことはなく、やがてキミはボクをさらに深いところに追いやろうとした。
『普通の生き方』をしようと必死だったあの頃のキミにとって、ボクはこのうえなく不都合な存在だったのだ。
常識を身につけ、空気を読むことを覚え、危うい感情には何重にも蓋をする。
そうやって、ボクとボクが背負わされた闇を切り捨てながら、キミは少しずつこの世界に適応していった。
それが一人前になることなのだと、自分自身に言い聞かせながら。
だが数十年後、それらをあざ笑うかのように、キミの息子はキミがしがみついてきた『普通』をいとも簡単に蹴散らした。
正論や義務感や世間の常識。
長いことキミが囚われてきたものたちを、悪びれもせず飛び越えていくハルキ。
その姿にキミの心は激しくかき乱され、忘れ去られた感情が再び溢れ出した。
そのおかげでボクは、ようやくキミの前に姿を現すことができたんだ。
手に負えない怒りや狂おしいほどの淋しさをボクに背負わせ、意識から切り離した十代のキミ。
でも、そのことを恨んではいない。
だってもしそうしなければ、為す術もなく闇に呑み込まれたキミは、自分で自分を殺していただろうから。
そう、ボクはキミが生き延びるために作り出された存在なんだ。
キミは自分でも気づかないうちに、そうやって自分自身を守ってきたんだよ。
でもキミはもう、ただの無力な子どもではない。
今のキミなら、あのとき封印せざるをえなかったものたちと向き合える。
ボクが出てこられたというのは、きっとそういうことなんだ。
ボクはこれから、キミの心の一角で共存する道を探っていこうと思っている。
キミが圧倒されてしまわないよう、うまくバランスをとりながら。
そう、共存だ。
闘うのでも排除しあうのでもなく、ボクたちは一緒に生きていく。
ボクの中に湧き上がる怒りも嫉妬も、虚しさも恐怖も後悔も、どれも大切なキミの一部なんだ。
ひとつひとつの感情をただそっとすくい上げて居場所を与え、大切に抱きしめてくれ。
そしていつか、生きることの苦しみや悲しみさえも遠ざけることなく寄り添うことができたなら、この狂気にも似た絶望的な孤独は、しんと透き通った淋しさとして、ボクたちの一部になっていくのだろう。
そのときにようやくボクたちは、未熟で弱くて情けない、ありのままの自分自身を許せるのかもしれない。




