59 ブレイクスルー
美しい弧を描くことができなかった、これまでの人生。
でもそれは、わたしがわたし自身を守ろうとしてきた証だった。
そのことに気づくと、今までに味わったことのない喜びと力が満ちてきた。
いたずらに不安になる必要などない。
答えはいつも、わたしの奥にちゃんとある。
それを信じ、ただ心で知る道をゆけばよい。
だが、同じようにハルキの人生を見守ることは、どうしてもできなかった。
頭ではわかっている。ハルキにもまた、ハルキ自身の人生に必要なものを選び取る力があるはずだ。それを信じてそっと手を離せばよい、と。
それなのに、不安を捨て切れないのはなぜだろう。
幼い頃はどこか気弱なところがあり、よく友達に泣かされていたハルキ。だが小学校に上がってしばらく経ったころから、次第にふてぶてしく頑固な面が顔を出すようになっていった。
失敗しても怒られてもかまわずに、やりたいことを押し通し、やりたくないことは徹底的に拒否し続ける。
まわりに気を遣うことも大人の顔色を伺うこともない、無神経とさえ思える彼の強さをどうとらえたらいいのかわからない。
ひょっとして、幼児期の過酷な家庭環境やわたしの攻撃的な物言いから自分自身を守るため、物事を深く考えないという対処法を身につけてしまったのではないか。
そう考えると不安でたまらなくなり、これはわたしの責任だからわたしがどうにかしなければ、とますます自分を追い詰めた。
中1の終わりに、その葛藤を中学校のスクールカウンセラーにぶつけると、こんな答えが返ってきた。
「ハルキ君はきっと、逃げることで生き延びてきたんですね。
楽天的というのとは、ちょっと違うでしょうね……」
やっぱり――。
取り返しのつかない傷をわが子に与えたという後悔と罪悪感は大きく、以来わたしはそれをずっと引きずっていた。
だがその日、ハルキの成育歴をひと通り聞き終わった阿部は、さも嬉しそうにニヤリと笑い、明るく弾んだ声でこう言った。
「なかなかの力のあるお子さんですね! 思い切り自分を通して生きていると思いますよ」
さらに阿部はメガネの奥から慈しむようなまなざしを向け、温かな声で続けた。
「自分の気持ちを殺そうとしてきた冬子さんが、どうやってこのお子さんを育てたんですか? そういう意味では、とても育てにくかったでしょうね……」
その瞬間、わたしの中で何かがポン、と弾けた。
ああ、そうだったのか――。
辛い環境をやり過ごそうと無意識のガードを張り巡らせた、ハルキの言動には確かにそういう部分もあるに違いない。
でも、今のハルキからわたしが感じていたのは、もっと別のものだった。
そう、ハルキが扱いにくい子供だったのは、わたしの歪さをどんなに押し付けても壊れないほどの強さを、この子が持っていたからだ。
ハルキは、わたしの頑なさに潰されないたくましさを持って、人生をこじらせた母のもとに生まれてきてくれたのだ。
長いこと固くふさがれていた回路がようやくつながり、ハルキに向かって温かいものが惜しげもなく流れ出す。
この子を、愛してもいいのだ。
頑固でわがままで、未熟で不完全でも。
ありのままのハルキを、わたしは受け入れていいのだ――。
こみ上げる想いの中で、ふいに父の姿が浮かぶ。
正しくなければ許せない、いい子でなければ愛してはならないという呪縛。
それが父の愛情の回路をがっちり塞いでいたさまが、目に見えるようだった。
父はわたしを嫌っていたわけじゃない。
ありのままのわたしを愛してはならないと、自らを固く戒めていただけだ。
本当は、手放しで愛したかったはずなのに。
何もかも、許したかったはずなのに。
ああそうか、そのことをわたしに教えるために、ハルキは生まれてきてくれたのかもしれない。
――子どもの問題行動は大体、親を楽にしようとするものなんですけどね……。
最初のカウンセリングで言われたことの意味が、ようやく分かった気がした。




