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57 白骨死体

 中3の1学期が終わる頃、ハルキは週の半分を欠席するようになっていた。登校する日も遅刻ばかりで、学校生活への意欲がすっかりなくなっているのが傍目にもよくわかった。


 じりじりと高度を下げていく燃料切れの飛行機。どんなにレバーを引いても、再び機首を上に向けることはできない。許しともあきらめともつかない虚しさが、胸の中に広がる。


 週に1度のカウンセリングは続き、以前のようにコントロールできないほどの怒りが湧くことはなくなった。

 しかし、一見穏やかな日常を送りながらも、ハルキがこうなったのはわたしのせいだという根深い自責の念は心の片隅でじくじくと膿み続けていた。



 その頃、夢を見た。


 夢の中のわたしは旅支度をして、ひとりぼっちで荒野を歩いていた。


 ふと気がつくと、焦げ茶色のぬいぐるみがぴったりと寄り添うようについてくる。ふわふわと柔らかい毛におおわれた円柱状のぬいぐるみ。大きさは人の背丈ほどもあり、顔はイヌのようにもクマのようにも思えた。

 わたしはそれに守られるようにして旅を続けた。


 やがてわたしたちは山あいの小さな村に辿り着いた。村人の姿は見当たらず、村の入り口にある家の床下が掘り起こされていて、黒っぽく湿った土がこんもりと盛り上がっている。

 気になって中をのぞき込み、ギョッとした。白骨化した人間の死体が埋められていたからだ。


 わたしは知っている。

 ここで何があったのか、あの死体が誰なのか。


 忘れていたはずの記憶がざわざわと蠢き始めるのを感じ、身体を固くしその場にうずくまった。


 見たくない、思い出したくない。


 ぶるぶると震えるわたしの背中を、ぬいぐるみがそっと支えてくれた。力強いその温もりに勇気づけられ、夢の中のわたしはようやく辛い記憶と向き合う覚悟をするのだった。



 目が覚めてから、ずっと考えていた。

 あの死体は誰だろう。

 思い出したくない記憶とは?


 浮かんでくるのは、やはり父のことだった。

 心の一番深いところに刺さったままの棘。

 消えることのない痛み。


 幼いころから、そうとは気づかないままに、父の言動に傷ついてきた。険しく暗いまなざしや、前触れもなく噴き出す激しい怒りや、「冬子はまったくしょうがねえな」という何気ない言葉の重みは、わたしの自尊心を音もなく奪い続けた。


 しかし、そのことをはっきり自覚するようになってからも、わたしは父に心の底から腹を立てることはできなかった。

 父の苦労を知っているからだ。

 わたしが望む形ではなかったとしても、父なりにわたしたちを愛し守ろうとしてくれていたと、痛いほどにわかっていたからだ。


 いっそのこと、父が自分勝手でどうしようもない人間だったらよかったのに。そうすればわたしは迷うことなく父を恨み、父に否定された自分自身を肯定することができただろう。


 けれど実際の父は、家族のためにいつも自分を犠牲にするような人だった。そのうえ忍耐強く誰よりも思慮深く、周囲からも一目置かれる存在だったのだ。


 そんな父に否定されるのは、わたしがおかしいからに違いない。

 幼いわたしは、そう理解するよりほかなかった。



 だが、母が逝き祖父を看取り、子供たちもそれぞれの人生を歩み始めたとき、守るべきものを失った父は壊れ始め、別人のようになっていった。


 あの頃、ずぶずぶとお酒に溺れていく父の姿を見ながらいつも思っていた。一番近くにいるわたしがもっとがんばれば、父をこの泥沼から救い出せるはずだ、と。

 それなのに、子供の頃と同じように緊張しおろおろとうろたえ、腫れ物に触るような接し方しかできずにいる自分。


 このわたしの態度こそが父を悪化させているのだと、父を喜ばせ前向きな気持ちにしてあげられないわたしがいけないのだと、わたしは自分を責め続けた。そして最後はとうとうその葛藤に耐え切れなくなり、もっともらしい理由をこじつけて家を出た。

 わたしは父から逃げ出したのだ。



 その数年後、父は逝った。


 あのときわたしは、いったいどうすればよかったのだろう。

 どうしたら父を救うことができたのだろう。

 その問いは父亡き後も打ち寄せる波のように繰り返し訪れ、そのたびにわたしを苦しくさせた。



 ハルキが学校を休み始めたとき、心に浮かんできたのはそのときのことだった。


 いつも思っていた、自分は母親失格だと。

 ハルキをどう愛していいかわからず、怒り過ぎたり許し過ぎたりを繰り返してきた。その不安定さがハルキの不登校の原因だと、ハルキがこうなったのはわたしのせいだと、崩れ始めたハルキを見ながらわたしはわたしを責め続けた。

 それはまさに、壊れていく父に対して抱いていたのと同じ想いだった。ハルキの不登校は、父との間で解決できなかった問題をあらためてわたしの目の前に突き付けたのだ。


 あのときわたしは、いったいどうすればよかったのだろう。

 そして今、ハルキに何をしてやればいいのか。

 その答えが知りたくて、心理学の本や掲示板、コミュニケーションメソッドや自助グループ、そしてカウンセリングと、気になるものには何でも手を伸ばした。


 そうして暗いトンネルを手探りで歩き続けるうち、ようやく見えてくるものがあった。


 不登校はわたしが解決すべきものでなく、ハルキ自身の課題だった。わたしがどうにかしてやらなければと思ってしまうのは、ハルキとの間に境界線をうまく引けていないからだ。


 他人との境界があいまいで、上手く距離をとることが苦手なわたしの(いびつ)さ。それがいつも、わたしたち親子の関係を難しくする。


 そう、頭ではもう充分わかっているのだ。

 ハルキはわたしから自立したひとりの人間で、そして失敗する権利も後悔する権利さえも持っているのだと。

 愛情という大義名分のもとにその機会を奪い、親の不安を解消しようとしてはならないのだと。


 わたしがすべきは、ハルキが抱えている問題を解決してあげようとすることでなく、ハルキに寄り添いありのままの気持ちを受け止め、ハルキの選択を尊重してあげることなのだ。


 そしてそれは、父に対しても同じだったはずだ。


 ハルキのことをきっかけに、置き去りにしてきた自分の気持ちとじっくり向き合うようになってよくわかった。

 怒りも苦しみも悲しみも、どんなに深く閉じこめたつもりでも、決して消えはしない。それらはただ、別の何かに変質するだけだ。


 だから父は、壊れていったのだ。


 将来の希望も祖父への憎しみも子供たちへの手放しの愛情もすべて押し殺し、強く正しくあろうとし続けた父の心は、目に見えない深いところで変質していった。そうして生涯をかけて作り上げてしまった闇はいつしか手に負えないほど膨れ上がり、人生の最後に父を根本から壊していったのだ。


 今ならわかる。父が抱えていたものは、わたしがどうにかできるような生易しいものではなかったと。

 おそらく誰にも父を救うことなどできなかったし、救おうなどと思ってはいけなかったのだ。それがどれほど苦痛に満ちていたとしても、父の人生は父のものでしかないのだから。


 もしわたしにできることがあったとすれば、それは父の不幸をどうにかしようとすることでなく、その辛さに、淋しさに、ありのままの気持ちにただ寄り添うことだったに違いない。


 けれど、あのときのわたしはまだ、父との間にうまく境界線を引くことができなかった。父に絡めとられたままの心で、この不幸の責任はすべて自分にあると思い込んでしまったのだ。



 今でも時々考えることがある。


 もし今父が目の前に現れたとしたら、わたしはただ寄り添ってあげることができるだろうか。

 いたずらに自分を責めることなく、静かな気持ちでそばにいてあげられるのだろうか、と。

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