52 同級生
中学時代のわたしは、表向きは成績もよく羽目を外すこともない真面目な優等生だった。しかし内面はすっかりこじれ、深夜にこっそりとリスカや鎮痛剤の過剰摂取を繰り返した。
はっきりとした理由があったわけではない。ただいつもぎりぎりのところで生きている息の詰まりそうな感覚だけがあった。
他愛のない冗談やテレビの話題で楽しそうに盛り上がっているクラスメートたちが、まるで別世界の生き物のように見えた。
わたしには心から笑うという感覚が理解できず、他人とどう関わっていいのかもわからなかった。
そんなわたしに、いつも声をかけてくる女子の3人組がいた。席が近かったせいもあってか、休み時間のたびにおしゃべりの輪にわたしを引き込もうとし、「トランプやろう!」などと能天気に誘ってくる。
わたしは『悩みのない恵まれた人たち』の無神経さに傷つけられることのないよう、いつも身構え見えない壁を作りながら彼女たちと接していた。
ミサはそのうちのひとりだった。
背が低くみっちりと太った、赤ら顔の元気な女子。お世辞にも可愛いとは言えなかったし、勉強も得意ではなかった。
だが、そんなことはまるで気にかけていないようすで、いつも大声で楽しそうにお喋りし、テストの順位が発表されれば「冬子はホント頭いいよね!」と屈託なく笑っていた。
わたしはそんなミサを、鈍感で何のプライドもないおめでたい奴だと、心のどこかで見下していた。
彼女と再会したのは卒業してから十数年後、地元で開かれた同窓会でのことだった。
相変わらず小太りで赤ら顔でケラケラとよく笑うミサ。聞けば早くに結婚し、すでに三児の母だという。
ミサだけではない。すでに親になっているクラスメートが男女を問わず何人もいた。
「うちの子、ホントいうこと聞かなくて嫌になっちゃう」
そうぼやきながらも、守るべきものを得た者のたくましさを感じさせる彼女たち。
わたしにはその姿がまぶしく見えて仕方なかった。
ミサからは、その後年賀状が届くようになった。新年のあいさつと、『今年こそ会えるといいね』そんなひと言を添えて。
しかし、結婚し義父の借金に追われるようになっていたわたしにとてもそんな余裕はなく、約束がようやく果たされたのは、再び十数年が過ぎ、ちょうどハルキが不登校になりつつあった頃だった。
待ち合わせは、小さなイタリアンレストランだった。
久しぶりに会ったミサは肩までの髪をさらりと後ろに流し、青いエスニック柄のブラウスをお洒落に着こなしていた。
顔立ちも体型もたいして変わっていないようなのに、以前よりもずっと垢抜けて見えるのはなぜだろう。
「冬子は何にする?」
彼女は2人分の注文をテキパキと済ますと、地元に残っている同級生たちの近況を楽しそうに話し始めた。
中学の頃のわたしは、傲慢でひとりよがりで他人の善意をよせつけようとせず孤独を気取る、痛い奴だった。
だが、大人になりさまざまな経験を重ねるにつれ、自分がどれほど周囲を不快にさせてきたのかをひしひしと感じるようになっていた。
わかっている、今さら過去は消せない。
それでもわたしは、あの頃の自分をミサに謝りたかった。
そして聞いてみたかった、わたしが彼女の目からどんな風に見えていたのかを。
パスタの皿が空になり、デザートとコーヒーが運ばれてきたタイミングでわたしは話を切り出した。
「あのね……中学の時のわたしって、どんな風だった?」
ミサは首を傾けてしばらくの間視線を空に彷徨わせ、やがて微笑みながらわたしを見た。
「うーん、そうだな。
冬子は、何か悩んでるんだろうなって、そう思ってたよ。
たぶん、あのふたりも、それは感じてたんじゃないかな……」
『何を考えてるかわからなかった』『結構傷つけられた』そんな答えを覚悟していたわたしは、思いもよらないミサの言葉にうろたえた。
優越感と劣等感の狭間で揺れていたあの頃。彼女たちを羨むと同時に見下して、必死に心のバランスを取ろうとしていたのだと、今になってそう思う。
ひょっとして彼女はそれさえも見透かしていたのではないか?
わかったうえで、何も聞かずにさりげなく見守ってくれた――。
これまで見えていた景色が、ドミノ倒しのように姿を変えていく。
誰が何も考えていない鈍感な奴らだって?
鈍感で無神経だったのは、わたしのほうじゃないか。
彼女の隠れた優しさにも気づかず、勝手に殻に閉じこもり孤独を気取っていたわたしは、いったいどれだけ子供だったのだろう――。




