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48 カウンセリング

 都心のとある地下鉄の駅から歩いて数分、薄汚れた雑居ビルが立ち並ぶ一角にその場所はあった。

 看板も目立たず、すぐ横を通っても気づかないほどひっそりとした佇まいのカウンセリングルーム。


 ドアを開けてすぐ目の前の狭いスペースに、古びたソファが向かい合わせに置かれている。その奥にある窓口で予約時間と名前を告げると、クリップボードにはさまれた問診表を渡された。


 ソファに腰かけ少し緊張しながらゆっくりとすべての空欄を埋めていく。それが終わると、狭い廊下の突き当りの小さな部屋に案内された。


 室内はよく見ると適度に散らかっていて、そのことが張り詰めた気持ちをいくらか楽にしてくれた。布張りのゆったりとしたアームチェアをすすめられ、おずおずと腰をおろす。


 テーブルをはさんで斜め向かいに座ったのは、上品なベージュのニットに身を包んだ小柄な女性だった。


「小日向さんを担当させていただくことになりました、阿部といいます。よろしくお願いしますね」


 ふっくらとした頬に穏やかな眼差し、丸みを帯びた鼻の上にはえんじ色のフレームのメガネ。年齢はわたしより少し下のようにも思えたが、物腰は柔らかくとても落ち着いている。


 ここまで来るのにどれくらいかかりましたか、雨が降らなくてよかったですね。当たり障りのない会話がしばらく続いたあとに、カウンセリングを受けようと思った理由を尋ねられた。


 不登校気味の息子がいること、息子との関係に悩むうちに自分がずっと抱えてきた生きにくさに改めて目を向けるようになったこと。


 阿部はわたしのひと言ひと言に小さく頷きながら熱心に耳を傾け、手元のカルテに書きつけていく。


 その日は初回ということで、家族構成や生まれ育った環境、これまでのいきさつなど、今わたしが置かれている状況を理解してもらうことにほとんどの時間が費やされた。


 それらをあらかた聞き終えると、最後に阿部はこんな質問をした。


「息子さんは、今の姿を通して冬子さんに何を伝えたいんだと思いますか?」


 わたしはしばらく考えたあと、こう答えた。


「……息子はいつも、わたしが一番して欲しくないことをしてくるんです、まるで試そうとするみたいに。きっと、そんなことでいちいちピリピリしない、大らかで愛情深い母親になって、そう言ってるんじゃないかな……」


 だからもっと頑張らなくては、ハルキのためにもわたしが変わらなければ。そんな焦りにも似た想いが、いつもわたしを追い立てていた。


 だがわたしの答えを聞いた阿部は、なぜか一瞬目を伏せた。


「冬子さんは、そう感じるんですね……うーん、どうでしょう。子どもの問題行動は大体、親を楽にしようとするものなんですけどね……」


「親を楽に……ですか」


 なぞかけのような言葉に困惑し首をひねるばかりのわたしに、阿部はなぜか寂しそうな笑みを向けた。


 だがそのときのわたしには、その表情の意味がまったく理解できなかった。

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