46 一筋の光
やがてわたしは、夫の目を気にせず動ける平日の昼間にミーティングを行っている自助グループを探し、足を運ぶようになった。
アダルトチルドレンやネット依存、アルコール依存の家族。
自分が抱える問題にどうアプローチしていったらいいのかもわからないまま、さまざまなミーティングに参加し、人々の体験に耳を傾け、心情を吐露した。
そこで出会った人々の多くは、想像を絶するような傷を負い、日常生活さえままならないほどの深刻な状況に陥っていた。
苦しみは、人と比べるものではないのかもしれない。
しかし、彼らの絞り出すような告白を聞けば聞くほどに、自分の辛さなどとるに足らないものに思え、いたたまれない気持ちになった。
そしていつしかそういった集まりからも、足が遠のいていった。
精神科やカウンセリングにかかることも考えた。
だが、信頼のおけるクリニックを探すのは簡単なことではない。それにここでも、自分の苦しみなどたいしたことない、という負い目がブレーキをかけた。
それでも、あきらめることはできなかった。
今なおついて回る生きづらさを断ち切りたい、それがハルキに流れ込むのを食い止めたい。
そんなときにたまたまわたしは、トラウマに関する悩みを受け付ける無料電話相談の存在を知った。その団体を立ち上げたのは、わたしも名前をよく知っているアダルトチルドレン研究の第一人者ともいうべき精神科医で、同じような悩みを経験をしてきた人たちがボランティアとして電話の受け手をしているという。
見えない力に引き寄せられるようにして、わたしはその番号をプッシュした。
『はい、○○です。どうなさいました?』
すっと心に染み入るような、年配の女性の声だった。
「あの、実は、子供が学校を休みがちで……」
『ああ、そうですか……どういう、状態なんですか?』
たったそれだけのやりとりからじんわりと温かいものが伝わってきて、ギリギリまで追い詰められていた気持ちが緩んでいく。
わたしは状況を詳しく説明するためさらに言葉を続けようとした。そして、
「自分なりには、いろいろがんばってきたつもりだったんですけど……」
そう言った瞬間、喉元に何かがぐっとこみ上げてきて、パンパンに膨らんだ風船を針で突かれたかのように、唐突に熱い涙が溢れ出した。
あとはもう、言葉にならなかった。
その女性は、ほんの少し言葉を交わしたばかりの会ったこともない相手を前にひたすらに電話口で嗚咽するわたしを、ただ黙って受け入れてくれた。
わたしはしゃくりあげ鼻をすすりながら、1時間近くもかけてハルキとのことや自分が抱える葛藤を夢中で話し続けた。
ひと通りの話を終えると彼女は電話越しに深く息をつき、そしてこう言った。
「……あなたは、強い人ですね。そして、息子さんも強いですよ。」
その言葉は温かい滴となって、灰色に澱んだわたしの胸に広がっていった。
ああ、そうだ。
わたしは誰かに言って欲しかったんだ。
例えばそう、こんな風に。
『大丈夫ですよ。
生活が乱れて、勉強もしていないから心配になるでしょうが、その中で彼なりにいろいろ考えています。
少なくともハルキ君は、周囲と妥協したり時には逃げたり休んだりしながら、うまくバランスをとっているじゃないですか。
自分なりの価値観を持っているので、集団生活では目立ってしまうかもしれませんが、本当に大事なところはわきまえています。
お母さんが心配しているよりも、彼はずっとたくましいですよ。
お母さんは今までどおり、温かく見守ってあげてください』
そう、わたしはハルキをそんな風に信じたかったのだ――。
長い間わたしの話に耳を傾けてくれたあと、その女性は最後にしみじみとこう言って電話を切った。
『ほんとうはわたしがこんなこと言っちゃいけないのかもしれないけど……あなたね、カウンセリング受けたらいいんじゃないかしら。お金を払ってでも、とにかく、気が済むまで聞いてもらったらいいと思うわ……』




