41 新しい家族
その年の夏の初めに、わたしたち家族は引っ越しをした。
新しい住まいは、駅からほど近い小綺麗なマンションだった。3人で暮らすには少し手狭であるけれど、陽当たりも風通しも良好な気持ちのいい部屋だ。
仕事を辞めて時間がたっぷりあったわたしは、狭いスペースを無駄なく使えるようあれこれと工夫を凝らし、家具や家電を少しでも安く手に入れるために奔走した。
思うように住まいを作り上げていくのは、心が浮き立つような作業だった。
しかしのめり込みすぎれば生来の完璧主義が顔を出し、あれもこれもと自分に要求しすぎて身動きが取れなくなっていく。
さらに、もともとお金を使うことに罪悪感のあるわたしは、何かを買いそろえるたび、こんな贅沢をしていいのかとひどく後ろめたい気持ちに襲われた。
そういうわけで、わたしにとって引っ越しはワクワクすると同時にひどく消耗させられるイベントでもあり、荷物がひととおり片付いた時には、へとへとに疲れ切っていたのだった。
家の中が落ち着くと、今度は夫が突然「猫を飼おう」と言い出した。
確かにそこはペット可のマンションだったが、飼うのはいずれ余裕ができてからになるだろうと思っていたので、正直面食らった。
が、よくよく聞いてみると、夫はハルキに兄弟がいないことをずっと気に病んでいたらしい。
あの頃は生きていくのに精一杯だったから仕方ないけれど、今のハルキを見ていると、もし弟か妹がいればいろいろ違っていたのかもしれない、どうしてもそんなことを考えてしまうのだ、と。
わたしはわたしで、もうひとり生んで育てるだけの器がない自分を、心のどこかで申し訳なく思い続けていた。
それならば、ハルキの弟分を探そう。
「この子でいいか」じゃなくて、「この子じゃなきゃダメだ」と思えるような子猫にもし出逢えたら、家族になってもらおう。
わたしたちがまず考えたのは、保護猫の里親になることだった。
けれどその多くがつらい経験をして心に深い傷を負っている猫たちであることを思うと、それを丸ごと受け止めてやれるだけの自信がどうしても持てなかった。
結局わたしたちは里親になることを断念し、休みのたびにあちこちのブリーダーに足を運ぶようになった。
どこに行っても、可愛い子猫はたくさんいた。
生後数か月といえば一番愛くるしい時期だ。
でも、「どうしても」とまで思える子には、なかなか出逢えなかった。
そんなある日、外出先でたまたまペットショップの看板が目に入り、軽い気持ちで店内に足を踏み入れた。
ガラス越しに目が合ったのは、真っ黒な瞳のアメショーの子猫。
心臓がドクンと跳ねた。
その場に立ち尽くしたまま目が離せずにいると、気がついた店員さんがその子を連れてきて抱かせてくれた。
子猫はわたしの顔を見上げ、小さな体を精一杯震わせ声にならない声で鳴き続けた。
まるで何かを伝えようとしているかのように。
その姿に、胸がきゅっと締め付けられた。
ああ、この子だ。
それまでたくさんの子猫を見てきたが、可愛いぬいぐるみのようにしか思えなかった。
しかしこの子は違う。
見ているだけでどうしようもなく心が震えてしまうのだ。
とりあえずその日はそのまま家に戻ったが、やはり一晩中その子のことが頭から離れない。
わたしはまるで恋する乙女のように胸を焦がし続け、次の週末を待ちかねてそのペットショップに再び駆け込んだのだった。
わたしたちはその子に『蔵之助』と名付けた。
蔵之助は、好奇心旺盛で人懐っこい子猫だった。
家中どこまでも後追いし、いつまでも遊んでほしがる甘えん坊。
とにかく可愛くて、ただそこにいてくれるだけで愛しくてたまらない。
わたしはずっと自分を愛情の薄い人間だと思ってきた。
世の母親たちが「わが子は無条件で可愛くて仕方ない」と口にする感覚がどうしても理解できず、それはわたしが欠落した人間だからに違いないとずっと引け目を感じていた。
しかし今、何の役に立つわけでもなくただそこにいるだけの蔵之助を、わたしは確かに手放しで愛しいと感じている。
わが子への愛情と、ペットに対するそれとは違うかもしれない。
だとしても、自分にこんな感情があったということが嬉しくてたまらなかった。
そして、幼い頃のハルキをこういう気持ちで見つめることができていたら、そんなことを考えては、密かに胸を痛め続けた。




