3 仲間外れ
ハルキは、体の大きな子供だった。
同い年の子より頭ひとつ分ほど背が高く、それだけで大人びて見られることが多かった。
しかしひどく不器用なところがあって、運動神経はいまひとつ。
そんなハルキが野球を始めたのは、小3のときだった。
仲良しの男の子に誘われて、市内の少年野球チームに入ると言い出したのだ。
メンバーの顔ぶれを聞いて驚いた。
学年でも目立って運動が得意な子ばかり。
そんな中にハルキが入って、大丈夫なんだろうか。
一抹の不安を感じつつも、とにかくゲーム以外のことに興味を持ってくれたことが嬉しくて、いそいそと準備を整え初日を迎えた。
嫌な予感は、見事に的中した。
練習が始まってみると、新しく入ったメンバーの中でハルキだけが異質だった。手足の動きはバラバラで、バットを振ればフォームはぐにゃぐにゃ、ゆるいキャッチボールでも3回に2回は落としてしまう。
対照的に、ハルキを誘った友達は3年生の中でもずば抜けてうまく、結果、ハルキだけが完全に浮いてしまう形になった。
「3年生は遊びの延長みたいなものだから、深刻に考えなくて大丈夫だよ」
入団前はそう言ってくれたお母さんたちの顔にも、落胆の色が見え隠れする。最初は優しく指導してくれたコーチも、飲み込みが悪いハルキにうんざりしているようすが見てとれた。
その空気を感じているのか、いつもは強気なハルキが借りてきた猫のようにおとなしい。
なまじっか体が大きいばかりに、勝手に期待されて勝手に失望される。これまでにも何度となくあったことだ。
とはいえ、その空気はどうにも居心地が悪い。
その後もハルキは、毎週休まず練習に参加し続けた。しかしその顔から次第に表情が消えていくのがわかった。
練習を見に行くと、ひとりだけぽつんと浮いている。
「野球、楽しい?」と時折聞いてみるが、判で押したように「楽しいよ」という答えが返ってくるが、どこまで本心なのかわからない。
そんな状態が、半年ほど続いた。
やがて季節は秋になり、市内の大きなグラウンドで数チーム合同の運動会が開かれた。
毎年恒例の行事らしく、去年は優勝できなかったから今年こそは、とみんなが息巻いている。その熱気に包まれながら、チーム対抗リレーが始まった。
トップ争いに絡んだデッドヒート。
応援の声が激しくなっていく。
「次は? 誰の順番?」
みんなが固唾を飲む中で誰かが答えた。
「……次、小日向だ……」
チーム中から一斉に深い失望のため息が漏れた。
「あーあ、よりによって小日向かよ……」
「なーんだ、ダメだこりゃ」
親のわたしが近くにいることなど気にも留めていないかのように、口々にハルキを蔑む言葉を口にする子供たち。
そして、全員参加がルールだから仕方がないよと言いながら、恨みがましい視線をグラウンドのハルキに注ぐ保護者たち。
いたたまれずに、そっとうつむいて唇を噛んだ。
やがてわたしたちの目の前をハルキが走っていった。
首を左右に振りながら、ジャンプしているかのように上下に揺れるいつものフォーム。
本人はいたって真剣だ。しかし傍からはほとんどふざけているようにしか見えず、それがまた人々の神経を逆なでしてしまうのだ。
当然ながらリレーの結果は散々で、なんともいえない空気のままその年の運動会は終わった。
それからしばらく経ったある週末のことだ。午前中だけで練習が終わり、子供たちは学年ごとに昼食をとっていた。
わたしはたまたま何人かの母親と、ハルキたちのすぐそばにいた。
と、ハルキと同い年のリーダー格の少年が口を開いた。どうやらこのあとも自主練習をするつもりらしい。
「帰ったら、第二公園に集まろうぜ。いいよな? 角谷」
「うん」
「水木は?」
「いいよ」
「辻はどう?」
「大丈夫だけど……」
少年はあえてひとりひとりに確かめながら、ハルキの名だけを飛ばした。
気づいているはずなのに、誰も何も言わない。
もちろん、ハルキ自身も。
チームメイトたちの困ったような憐れむような視線を浴びながら、虚ろな瞳でただ黙々とおにぎりを食べるハルキ。
そばにいた他の母親たちも、そのやり取りが聞こえていたのかいないのか、そ知らぬふりだ。
その光景に、いじめられ仲間外れにされていた昔の自分が重なり、胸が苦しくなる。
もう無理だ、と思った。
ハルキがどう言おうが、もうこれ以上放っておくわけにはいかない。