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38 自己肯定感

 自分は発達障害かもしれない。みんなと同じになれなかったのは、わたしの努力不足ではなかったのかもしれない――その考えは、ほんの少しわたしの気持ちを楽にしてくれた。


 しかし、病院で診断を受けようとまでは思わなかった。

 先天的なものでない可能性もあったし、明らかに周囲から浮いていた若いころと違って、今はそれなりに適応し社会生活を営むことができている。今さら正式な診断を受けたとしても、これ以上何かが変わるとは思えなかった。


 それより問題なのは、わたし自身の自己肯定感の低さだった。

 自分を大切に扱えない人間が、子供を受け止めることなどできるはずがない。


 以前ユミが書き込んでいた『たとえそれがどんな感情であっても、大切に居場所を確保してあげる』という言葉が頭をよぎる。


 湧いてくる気持ちを、ただそっとすくいとってあげること。

 その奥の、ありのままの自分に会いに行くこと。


 しかしわたしにとって、決してそれは容易なことではなかった。

 ともすれば自己否定に雪崩れ込んでいく気持ちをどう扱ったらいいのか、いまだにわからないままだった。




 ちょうどその頃、派遣社員として就いていた仕事が期間満了を迎えることになった。折り悪くリーマンショックの影響で景気が悪化、求人は激減し、次の派遣先は当分見つかりそうにないという。


 義父が作った借金の返済には、なんとか目途がついていた。しかし夏には引っ越しを予定していたし、ハルキの教育費だってこれからまだまだかかる。


 考えあぐねているわたしに、夫が切り出した。


「仕事は、もういいんじゃない?」


「え?」


 思わず聞き返すと、夫は続けた。


「うーん……冬子、しんどいんじゃないかと思って。

 今までずっと頑張って働いてきたんだし、家でのんびりするのもいいんじゃないかな。冬子は、家にいるほうが気持ちが安定するみたいだしね。

 もちろん仕事続けたいなら続けたらいいけど、無理して働くことはないよ。その分いろいろ節約してくれれば同じことだし」


 確かに、割り切ることが苦手で自分自身をすり減らすような働き方しかできないわたしにとって、外で働くのは大きなストレスだった。


 イレギュラーなことでパニックになりがちなわたしは、急に何か頼まれても慌てずに済むようにと、そもそも派遣がやるべきではないことまで先回りして準備する癖があった。結果、言えばすぐに必要なデータが出てくると重宝がられはしたものの、いつしかそれが当たり前となり、負担はどんどん増えていった。

 人間関係にも気を使い、他人を不快にさせないように周囲から浮かないようにと張り詰めて、家でもそのテンションを上手く切り替えることができなかった。


 しかし、そこまでやらなければ自分のようなものは受け入れてもらえない、わたしの中にはそんな気持ちが根深く染みついていた。


 そうして過ごした年月は、わたしを表向きは普通の人間に近づけてくれた。

 しかしそのストレスが、乳がんや筋腫という形で表れたとも感じていた。


 それでも働き続けたのは、もちろんお金のためもある。しかしそれ以上に、働かなければ自分を許せなくなるのがわかっていたからだ。


 役に立つ人間でいなくては、受け入れてもらえない。


 この十数年で夫がそんな風に考える人間ではないと充分にわかったはずなのに、わたしの中にはその信念がどうしようもなくこびりついていた。


 気を抜けば、すぐさま頭の中から声が聞こえる。

『役立たずのごくつぶし、本当はお前なんかに価値はないんだ』と。


 その声を振り払うため、無理やり自分を前に前にと押し出してきた。でも本当は、つんのめって転びそうになりながら走り続けることに、ほとほと疲れ果てていたのだ。


 夫にはきっとわかっていたのだと思う、そんなわたしの危うさが。

 だから言ってくれたのだ。


「お金はどうにでもなる。冬子が元気でいてくれれば、それでいいよ」


 わたしはその言葉にすがり、春からの新しい仕事を探すのをやめた。

 そのことが新しい局面を切り開く結果になるとは思いもせずに。

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