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34 四者面談

 面談は、クラス担任と学年主任、ハルキとわたしの4人で行われた。


 学年主任は、柔軟な考え方をしてくれるクラス担任とは真逆のタイプらしく、威圧的ですぐ東大卒を鼻にかけると言ってハルキはあからさまに毛嫌いしていた。

 実際に間近で会ってみると、なるほど隙のないスーツ姿と彫刻のように整った顔立ちは、ひどく傲慢で酷薄な印象を与えた。


 話の口火を切ったのはその学年主任で、冬休みに出されていた課題の進捗状況を聞かれたハルキは、口ごもりながらもありのままを正直に答えた。


「……最初、3日くらいやったけれど……あとは、ほとんど手付かずです……」


「何やってたの?」


「ゲームとか……」


 その瞬間に、学年主任の目の色がサッと変わった。


「ゲーム=悪ではないけれどね、勉強と両立できないのなら何か手を考えないといけないよね? 2学期も、ゲーム中心の生活で他の事が一切できなくなって、本当にひどい状態だったんだよね? ゲームの持つ魔力には君ひとりでは太刀打ちできないことが、冬休みではっきりわかっただろう?」


 追い詰めるようなその口調に、ハルキは硬い表情のまま目を伏せる。


「ゲームはどのくらいの時間やってるの? ネットゲーム? パソコンはどこに置いてあるの?」


「自分の部屋で、大体帰ってすぐ始めて、夜中の2時ごろまで……」


 ハルキの言葉に学年主任は気色ばみ、今度はわたしのほうに向きなおった。


「お母さん、今おうちでは何もゲームの制限をしていないんですか?」


「はい、していません」


 主任は信じられないというように目を剥いた。


「子どもは自分で止められませんから、それはよくないです。おうちでしっかり管理していただかないと。うちも子どもがゲームやめられないんで、ゲーム機壊しました。そのくらいやらないと!」


 そう言ってどこか自慢げにこちらを見下ろす主任。


 彼の言葉にうんざりするのは、以前の自分がそうだったからだ。

 おまえのためだと言いながら、逐一指示をしコントロールしようとする。そのことが『おまえは自分ひとりでは正しい判断ができない無能な人間なのだ』というメッセージを与えているとも気づかずに。


 おそらく彼の子供は、納得や反省をしてゲームをあきらめたわけじゃない。

 理解してもらうことをあきらめただけだ。


 今のわたしにはそれがよくわかる。


 しかし彼には、何を言っても届かないだろう。

 それを認めることは、今までの生き方すべてを否定することになってしまうから。


 それでも。


 心臓がバクバクと大きな音を立てているのを感じながら、静かに深呼吸をし息を整える。


「……うちも、最初からいくらやってもいいと思ってたわけではありません」


 しんとした教室に、わたしの声だけが響き渡る。


「わたしはずっとこの子に、いろんなことを押し付けてきてしまいました。特に受験の頃の親子関係は最悪で、この子はきっと、どうせ親は自分のやりたいことなんかやらせてくれないと、不信感で一杯だったと思います。


 そのことに気がついて、このままではいけないと危機感を抱いたのです。


 だから受験が終わったハルキが、自分のパソコンが欲しい、ネットもつないで部屋に置きたいと強く要求してきたとき、今またそれを拒否すればこの子はますます心を閉ざし、自分の存在を全否定されたように感じてしまうに違いない、そう思いました。


 非常識だというのは、よくわかっています。


 でも今は、勉強よりも何よりも、傷ついてきたこの子の気持ちを汲んでやることが最優先だと、わたしは思っているのです。だからこれ以上この子に何かを押し付けることは、今のわたしにはどうしてもできません……」


 言いたいことはまだまだあったが、これ以上どう言葉にしていいかわからなかった。途中からいろんな想いがこみ上げてきて、最後は涙声になっていた。


 学年主任も担任も、じっと黙って聞いていた。

 その姿は、この親には何を言っても仕方がない、そう言っているようにも見えた。


 それでもいい。

 何があっても君の味方だと、その想いがハルキに伝わってくれさえすれば。



 結局ハルキは、仲良くなった友達と離れたくないという理由で特進クラスに残ることを望んだ。最終的な結論は3学期のようすを見てということになったが、ハルキに一緒に居たいと思うような仲間ができていることが驚きであり、嬉しくもあった。


 それからハルキは、このままだとまずいと思っているんだったら周りに協力してもらいながら一度ゲームをやめてみたらどうかと提案されて、それを受け入れた。

 これでもっと勉強や部活に力を入れていけるね、なんて嘘臭い青写真が作られていく。うまく誘導されただけにも思えたが、だとしてもハルキ自身がわかったと言っている以上、親が口出しすることではない。


「お母さん、そういうことでよろしいですか?」


「本人がそう決めたのなら、かまいません」


 わたしがきっぱりと答えるのを、ハルキは安心したような表情で聞いていた。

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