32 フリースクール
2学期のハルキの欠席は、全部で10日ほどだった。
日数は思っていたほど多くなかったが、連日ギリギリの時間まで登校するかどうかわからないというストレスは、想像以上のものだった。
本当にこれでよかったのだろうか。
好きなようにさせているからいつまでも甘えてしまうのではないか。
後退しているようにさえ見えるハルキの姿に、いったんは覚悟したはずの心は揺らぎ、負のスパイラルに入り込む。
助けが欲しい。
ネットや本だけでなく、もっと確かな支えが。
目の前の誰かに温かく力強い声で、「あなたのしていることは、間違っていないよ」そう言って欲しい。
そんな思いでわたしは市内にある不登校の支援機関を探し始めた。
しかし支援センターも親の会も、まだ本格的な不登校とまでは言い難い今の状況では場違いな気がしてならない。
悩んだ末にわたしは、臨床心理士が在籍し生徒と保護者のカウンセリングを担当するというあるフリースクールに、面談の予約を入れた。
電車で3駅、沿線のターミナル駅で降り、にぎやかな繁華街を抜けて15分ほど歩いた場所にその建物はあった。
玄関で出迎えてくれたのは、長い黒髪に鮮やかなロイヤルブルーのセーターを着こなした若い女性のスタッフだった。
2階の一室に通され、面談用のシートに必要事項を記入する。
その後いくつかの質問に答えながらこれまでの経緯をひととおり話すと、彼女はとても神妙な顔をして、中学受験をして中高一貫校に入った生徒の不登校がとても増えていることを教えてくれた。
ハルキだけではなかった――それがわかっただけで、救われるような気がした。
わたしは、一番確かめたかった疑問をおそるおそる口にしてみた。
「あの……今は、本人が休みたがるときは無理強いせずに休ませているんですが……そういう対応でいいんでしょうか?」
すると彼女は大きく目を見開いて言った。
「素晴らしいです、皆さんなかなかそれができないんですよ。子どものありのままを受け入れることは、親にとってはとても大きな壁なんです」
その反応に、自分がしてきたことは決して間違っていなかったと安堵する。
しかしその後ハルキがネットゲームにかなりの時間を費やしていることがわかると、心なしか彼女の表情が曇った。
「お母さん、しばらくは毎日ネットゲームをやっている時間を記録して、それを見せながら本人に話をしてみてください。そうやって客観的に自分のしていることを見ることも、とても大切なんです」
耳の奥にざらりとした違和感が残る。
そんなことをして、果たして今のハルキが受け入れるだろうか。
思わず黙り込んだわたしに彼女はなおも、生活のリズムを整えることの重要性と親のサポートの必要性を説き続けた。今は自分で管理する力がなくなっているので、その部分は補ってあげる云々。
無論、彼女は間違ったことなどひとつも言っていない。
なのにどうしてその言葉がこんなにも遠くに聞こえるのだろう。
昼夜逆転のネット漬けの生活が、不登校の原因?
違う、そこにはネットに逃げ込まずにいられなかったハルキの気持ちがあるはずなのだ。
みんなと同じレールの上を走れなくなるだけの、そもそも走ることに意味を感じられなくなってしまうような、何かが。
わたしが求めているのはハルキを学校に行かせるテクニックではない。
レールからはみ出したハルキに、別のレールを上手にあてがうだけなら意味がない。
彼女はわたしの反応がさらに鈍くなったのを感じたのか、スクールのパンフレットを広げてシステムの説明を始めた。
と、わたしの目はパンフレットのある部分に釘付けになった。
それは、最初のページに書かれた理事長の言葉だった。
『挨拶やお手伝いができることできない子では、9歳以降の発達が違います』
それらを強要してきた結果が、今のハルキではないのか――。
全身の力が抜けていく気がした。
「また何かあったらいつでもいらしてくださいね」
最後につるりとした笑顔で彼女はそう言った。
もう二度と来ることはないと知りつつ同じ笑顔を返し、わたしはその場を後にした。




