29 夏休み
ハルキの通う私立中は、お勉強学校と揶揄される進学校だ。
部活動は形ばかりで、一応どこかの部に所属することにはなっていたが、勉強に支障がないようにと普段の活動は週に3日ほど、もちろん土日に練習などほとんどしない。
ハルキはバスケ部に入っていたが、夏休みの練習も数えるほどしかなく、それさえも面倒がって途中で行かなくなってしまった。
そんな弱小バスケ部が、夏休み中に市内の中学校と練習試合をするという。1年生は応援だけだということだったが、とりあえず会場となっている体育館に足を運んでみた。
予想通りハルキの学校は、対戦相手の地元の公立中にまったく歯が立たなかった。
それでも選手たちは最後まで必死にボールに食らいつこうとしていたし、相手チームにいたっては、日に焼けて引き締まった体つきや俊敏な動きに、日々の努力の跡がはっきりと見て取れた。
そのひたむきさがとてもまぶしく見えて、『ハルキもあんな風ならよかったのに……』そんなことを思ってしまう。
何に対しても真剣になることのないハルキ。
部活動に対してもそれは同じで、ちょっと辛いとすぐサボり、嫌なことはするりと逃げて、努力とはまったく縁のない日々を送っている。
そのマイペースさがハルキらしいところだと思ってはみるものの、必死にボールを追いかける生徒たちを見ているとやはり心がかき乱されて、お前ももっと頑張れと叫んでしまいそうになる。
頭では充分わかっているのだ。
頑張り続けることだけが価値のある生き方じゃない、わかりやすいきれいな形を求めてしまうのは親のエゴに過ぎない、と。
なのに心は、なかなか納得してくれない。
知らず知らずのうちに他の子たちとハルキを比べ、言いようのない焦燥感を抱いてしまう。
少し前のわたしなら、必死にその気持ちを抑え込もうとしただろう。
そしてそれは、ふとしたきっかけで止めようのない怒りへと姿を変え、ハルキのことも自分のことも、深く傷つけてしまったことだろう。
でも、これ以上同じことを繰り返すわけにはいかない。
――湧いてくる気持ちに、必要のないものはない。たとえそれがどんな感情であっても、大切に居場所を確保してあげる。
ユミの言葉を何度も何度も噛み締めながら、わたしは胸をかき乱すその想いを大切に胸の奥にしまいこみ、ひとり静かに帰途についた。
これが、今のわたしにできる精一杯だと自分に言い聞かせながら。
夏休みの残りの期間は、穏やかに過ぎていった。
試合のあとは部活動もなくなり、ハルキはほとんど家にひきこもったまま、山のように出された課題に手をつけることもなく、朝から晩までパソコンの前に座っていた。
何日も風呂に入らず、歯も磨かず、着替えもしない。そばに寄ると笑ってしまうほど臭く、うっかり肌に触れようものなら、べたっとした感触に思わずのけぞりそうになった。
そんなハルキの暮らしぶりが、気にならなかったと言えばウソになる。
しかし、どれほど夜更かししても朝起きれなくても大丈夫という長期休みならではの解放感が、わたしをそれまでになく大らかな気持ちにしてくれた。
ハルキはハルキで、部屋のドアを開けっ放しでパソコンに向かい、わたしが仕事を終えて帰ってくれば「お帰り」と迎え、「行ってくるね」と声をかければ「行かせてやる!感謝しろ!」と俺様キャラで送り出してくれる。
そのゆるゆるとした空気感は、かつてこの家にはなかったものだ。
ましてやわたしが子供の頃には、こんなやりとりなど想像すらできなかった。
あの家では、夜更かしも朝寝坊も、勉強や手伝いをしないことも、ましてや学校を休むなんていうことも、絶対にありえなかった。
少しでも規律を乱せば、母には「みっともない!」と咎められ、父には「もっと他の人のことを考えろ」とたしなめられた。
自分らしく生きろとは、誰も言ってくれなかった。
いい子であれという無言の呪縛。
あの頃わたしが今のハルキと同じことをしたら、両親はいったいどんな反応をしただろう。
考えなくてもわかる、だからわたしはあの家を出たくてたまらなかったのだ。
自分が許されなかったことを許すのは苦しい。
でもそれをしなければ、ハルキはわたしと同じ生きにくさを抱えていくことになる。
それだけは、なんとしてでも食い止めたかった。
ハルキには、生きているのも悪くない、そう思いながら生きていって欲しかった。




