2 理想の押しつけ
ずっと自分自身に無理な要求をしながら生きてきた。
誰に言われたわけでもないのに、いい娘、いい妻、いい嫁、そしていい母であらねばと強く思い込み、そうなれないことに失望し、勝手に傷ついた。
今思えば、おそらくハルキに対しても同じことをしていたのだろう。
素直で賢くて思いやりがあって我慢強く……そんな理想の枠にきっちりはめこんでいくことがこの子のためだと信じて疑わなかった。
しかしわたしの目から見たハルキは、理想の子供像とは大きくかけ離れていた。
こだわりが強いくせに飽きっぽく、わがままでなんでも人任せ。
さらに体格のよさにそぐわない中身の幼さにも、焦りと苛立ちを感じていた。
その不安に輪をかけたのが、ゲームの存在だった。
ハルキが通っていた幼稚園は自然の中でのびのびと育てる方針で、外を走り回ったり泥んこになって遊ぶのが当たり前だった。
しかし卒園とともにその環境はがらりと変わり、新しい友達はみんなゲーム機を持ち寄って遊んでいる。
釈然としない思いを抱きつつも、友達の輪に入れなくなることを恐れて、携帯ゲーム機を買い与えた。
プレイ時間には制限をつけたが、ハルキは何かと理由をこじつけて時間を引き伸ばそうとした。
この年頃の子供にはよくある光景なのだろう。
しかしわたしには、それがひどく危うく感じられて仕方なかった。
ギャンブルにのめりこんで家族を崩壊させた義父、そしてお酒に飲まれて身を滅ぼした実父の姿が重なってしまう。
ゲームにのめりこむのは、現実に喜びを感じられないからだ。
日常がつまらないのは、母親であるわたしの責任だ。
わたしが生活を回すだけで精いっぱいのつまらない人間だから、ハルキの好奇心を刺激してやることも、愛情で満たしてやることもできないのだ。
そんな風に思えて仕方なかった。
その考えは、わたしをじわじわと追い詰めていった。
ゲーム以外に何か好きなことが見つかれば何か変わるかもしれないと、週末に将棋サークルに連れて行ったりスイミングを習わせたりしてみたりもした。が、ハルキはどれにも夢中になることはなかった。
さらにハルキは友達が増えるにつれ、ゲームソフトやカードを手に入れるために小遣いを増やしてほしいと言い出した。
わたしたちがお金のことで苦労するのを見てきたはずなのにと、苦い思いを噛みしめる。
あるとき、あまりにしつこくお金を欲しがるので、堅実さを教えるいい機会だと思い、1万円札をハルキの前に置き真剣な面持ちでこう言った。
「これはね、お母さんが欲しいものも買わずにずっと我慢して、やっとためたお金なんだよ。わかる? ハルキがそれでもどうしても欲しいっていうのなら、これを持っていきなさい」
ここまで言ったらわかるはずだ、わたしが伝えたいことが。
不器用なりに、一生懸命育ててきた息子なのだから。
しかし、そんな都合のいい思い込みをばっさりと切り捨てるように、次の瞬間ハルキは頬を紅潮させてそっとお札に手を伸ばした。
「……ありがとう」
……え?
意表を突かれ、何も反応できずにいるわたしをわたしを尻目に、大喜びで新しいゲームソフトを買いに走るハルキ。
小さな背中を見送りながら、ただ茫然とするばかり。
どうして?
どうしてこうなってしまうんだろう。
いったい、何が間違っているの?
答えの出ないその問いは、わたしの心をますます苦しく追い詰めていった。